映画・テレビ

マイティ・ハート

アメリカ出張から戻ってきて時差ぼけが取れない夫が、それでも映画に行こうと言うので選んだのがこれ。

薄暗いシアターに入るや否や早速こっくり、こっくりと頭が船を漕ぎ出す…

そんな事だろうと思ったけどね。

それでもジャーナリストが誘拐され人質に取られ殺害された事件の重みに良心が目覚めたのか、単に『ここで寝ては料金がもったいない』と思ったのか、最初の10分ほど居眠りをした後は、しっかり起きて見ていた様だ。

実話に基づいているので、娯楽映画のように盛り上がりがあるわけでもないし、もちろんカーチェイスも出てこない。見終わって、こういう時代なんだなあ、と悲しくなる。

地球のあちこちで、困難をたくさん抱えた地域で、異文化の摩擦が暴力を生む。戦争、内戦、部族間の紛争、宗教・宗派間の争い、個人に対する抑圧・暴力。どれにしても暴力は破壊であると同時に、その一方で矛盾と軋轢の解消のためのはけ口になっている。

人間はそもそも暴力的なんだろう。これまでもそうだった様に、暴力は形を変え、矛先を変えながら地球上にはびこり続ける。

みんなが豊かになれば、みんなが異なった価値観の人に対して寛容になれれば、人と人が傷つけ合うことが少なくなるだろうか。みんなが等しく豊かに世界の富と人類共有の英知を享受できる、そんな世の中になれば暴力の応酬はなくなるだろうか。この地球という星は果たして『みんな』のためにそれだけの場所と資源と時間を残しておいてくれているだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ボーン・アルティメイタム

すっかりマット・デイモンの代表作になってしまった、ジェイソン・ボーンシリーズ。3部作の最終作だから、もっと筋書きが凝っているのかな、と思ってみたんだけど、以外にあっさりしていて、時間も2時間弱。スッキリ終わった感じだ。

このくらいの感じが良い。最近2時間半とか、それどころか3時間を越える映画が多くて、同じ料金で長く楽しめて得をした!と思う代わりに、あー疲れた!っていうのが多いから。

そして、このくらいの落とし方が良い。見終わった後に、あの謎は一体どうなってたんだっけ?なんて検証をしあわないといけないのは、やっぱり娯楽作品としてはちょっとシンドイ。

そして、コレでもかと言わんばかりに観客を圧倒するような効果音とBGMでクライマックスを盛り上げないのが良い。アクションならアクションで、心理戦ならその作戦でしっかり詰めているのがいい。

ジェームズ・ボンドの洗練ももちろん素敵だけれど、ジェイソン・ボーンは全く異なった魅力をもっている。(マット・デイモンは不思議な役者だね。ちっともハンサムでなくて、野暮ったくさえあるのに、なぜか彼の演じる人物はとても輝いている。そんなわけだから、今最も観客を動員できる役者と呼ばれるんだけど)

ボーンの面白さは、敵が外にいるのではなくて、内部にいるっていうことか。皆、自分と同じように、国に奉仕したい、国民を守りたい、という愛国の願いに燃えている。命令に対しては『なぜ』と問うことなく無条件に従う。疑問を抱かない事があたかも愛国心であるかのように。記憶をなくしたことで『なぜ』と問い始めたボーンはたちまち国家にとっての危険人物とみなされる。そして『なぜ』と問いかけない暗殺者たちに命を狙われる。彼らは、かつてのボーンの姿そのものなのだ。

今さら詫びたところで取り返しがつくことではないが、自分が殺した者の家族に謝るボーン、そのボーンをひそかに援護する事で自らも償おうとしているかのようなニッキー、それからパメラ。

ロンドン市内の監視カメラの多さは有名だけれど、その監視の目の中をかいくぐるボーンの駆け引きがとっても面白かった!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブレイブ・ワン

友人に勧められて、見ちゃいました。ジョディ・フォスターはもともと顔立ちがはっきりしているので、個人的にはあまりにもはっきりしすぎているので、こんな怖い役をするとホントに怖いよね。

犯罪の犠牲者であった主人公が、暴力の恐怖に打ち勝って再び自分の人生を取り戻すために、正当防衛からの殺人、そして次は正義を下すための殺人へと…それはどこまで許されるのか、と。

問いかけているものはクリアといえるだろう。それにしても絵空事じゃないんだよね。背筋が凍るような犯罪が、アメリカの話じゃなくて、日本で、ほんの隣町で起っているわけだから。

2.5☆かな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

グッドシェパード見ました

The Good Shepherdはキリストを意味するようだ。なぜCIAにはtheが付かないのだ?と聞かれて、Godにはtheを付けない、と答えるシーンがあったけれど、CIAは神の上に立つもの、あるいは神そのものなんだろう。

アメリカの人たちはそれにしてもCIAが好きだなあ。感心してしまう。様々な事件や現象の裏側できっとCIAが陰謀しているに違いないと、その活動について疑惑を抱いている人は多い、というか、たいていの人たちはCIAなら何でもありだろう、と思っているみたいだが、それだけにCIAはよく映画になる。全米でIRAほど憎まれてはいないにしても、ここまで疑問視されつつも受け入れられているのはアメリカという国は世界のShepherdだと思っているからなのかな。

映画だけど、見る前はこんな長い映画(三時間近い)疲れるだろうな、途中で寝るかな、と思っていたんだけど、どうしてどうして全然長いと思わずに見た。スローなテンポで、というかゆっくりと始まって同じリズムで20年の歳月を行ったり来たりして、単調といえば単調なんだけどちっとも退屈ではなかった。

もうちょっと政治的な内容に突っ込むのかな、と思っていたけれど、そんなのではなくて、あくまでも国家への忠誠心と家族への愛との板ばさみにあう男の個人的なストーリーになった。長い映画を見終わって退屈というのでもなければ、では何かメッセージが伝わったか、というとどう受け取れっていうんだよ、ってところで。何だか宙ぶらりんな気持ちになった。

むしろ、シアターを出るときに脳裏に焼きついているのは、アンジェリーナ・ジョリーってよっぽど今旬なのね。本編前のトレーラーにも出まくりで、本編でも女子学生時代からからオバサンまで頑張ってつとめて、うーん、何だか彼女でお腹いっぱいになった気がする。それにしても、彼女の女学生はちょっときつかった!勘弁して欲しかった!

主演のマット・デイモンの場合は若くても年をとってもあんまり違和感ないよね。20の時から40歳みたいな顔をしてるんだから。(デイモンファンさんごめんなさい)きっとホントのCIAの諜報員って、007みたいなカッコ良過ぎるタイプじゃなくて、こういうどこにいても目立たない、地味なタイプが相応しいんだろうな、などと信じてしまいそうだ。デイモン君はこんな役をすると年齢不詳、個性埋没、自己主張喪失、に徹してしまえて実にうまいよね。もともとの野暮ったそうな風貌をうまく使って。

Jason Bourneシリーズではまた全然別の彼になるんで、やっぱり才能があるんでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Sickoは必見です!

昨日マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画『Sicko』を見た。
『華氏911』『ボーリング・フォー・コロンバイン』と、常に議論を巻き起こすドキュメンタリーを作ってきた彼ですが、これも、すごいです!

アメリカで6年を過ごし、娘は今も(きっと今後も)アメリカにいて、息子もそうしようとしていて、おまけに私達夫婦は老後をアメリカで過ごすっていうオプションを検討中で、そんな中でこの映画見ちゃって、もう夫と二人で放心状態になったぐらい。

しばらくアメリカを離れていて、アメリカの医療の現実が薄れかかっていたんだわ、そういえばこんな国でした、アメリカっていう国は。一言で言えば、政府管掌の医療保険がなくて、保険は全て民間の任意保険で、保険会社のやりたい放題の国でした。

当然医療費は馬鹿みたいに高くて、ちょっと高額の治療を受ける時は保険でカバーされるかどうか保険会社の承諾なしには治療を受けることができない、そんな国でした。

アメリカにいる時、夫は胃ガンになったけれど、確かにその検査費用だけでも何千ドルもかかりました。胃の摘出手術が必要という事になって、最初アメリカでの手術を本人は希望していたけれど、医療費の点でというよりは技術的な面で、日本の病院の方がこと胃ガンに関しては格段に経験が豊富だと、帰国しての手術を勧められた。

アメリカでは胃ガンの死亡率が日本と比べてかなり高かったのと、医療費が余りに高いので、周りのアメリカ人には『一家でがん患者が出たら、家を手放さなければならない』のはアメリカでは常識だ、と言われて哀れみの目で見られた。幸いに日本の実家の近くの国立病院に入院する事ができ、転移直前でガンを摘出してもらって、(その後永遠に続いている後遺症との闘いは別として)彼は幸運だった。10年経った今もちゃんと生きている。そして私達家族も、大黒柱を失わずにすみ、そして(持ち家はその時もなかったけれど)無一文にもならずにすんだ。

数週間の入院だったけれど(検査のために1週間、手術とその後で3週間ぐらいだったと思う)、個室を使った差額ベッドを除いて、実際の検査・手術・治療に私が支払ったのは合計十数万円だったと思う。夫が無事に退院して再びアメリカに戻ったときに知り合いのアメリカ人に「1,500ドルぐらいかかった」と言ったら、目を丸くして「日本にはそんなに良い医療保険制度があるかもしれないけど、アメリカの医療は世界一の水準だ」と自慢されてしまった。

この映画を見ながらあの時のことをまざまざと思い出した。映画を作ったムーアさんもきっとそう思っていたんだろうが、アメリカ人ほど外国の事について知りもしないで自分の国が世界一だと思っている国民はいないだろう。確かに先端の高度医療の技術そのものはどの国よりも進んでいるのかもしれない。でも、その医療を受ける事が出来るのは一体国民の何割いるのか、というのは病気になって思い知る大事な点だ。世界最先端の高度医療を受けられるかどうか、ではないのだ。実験的な医療を望んでいるのではない。望んでいるのはスタンダードな普通の医療だ。それを、一家が破産することなく受けられる―アメリカ以外の多くの先進工業国では当たり前のことなんだけど。

高額の医療費―保険会社の承諾がなければ治療が受けられない、必要な治療ではなく資力に応じた治療を選ばざるを得ない、入院代を払えない患者はまるで家畜か何かのように路上に放置される、アメリカとはそんな国に成り下がってしまった。カナダでも、イギリスでも、アメリカ人の嫌いなフランスでも、挙句は敵視しているキューバでさえも実施している医療費の無料化がアメリカでは出来ないでいる。ムーアさんは、アメリカでも出来るはずだ、きっと出来るからやってみようとアメリカに呼びかけている。

ちょっと待って!日本はどう?かつて日本の健康保険は頑張っていた。健保の本人は初診料だけ払えば後は無料だった。それが1割負担になり、2割負担になり、3割負担になり…みんなが半分諦めている『高齢化社会になって国の医療費そのものが膨らんで財政を圧迫している。利用者負担が増えるのは仕方ない、時代の流れだ。』なんて思ってはいないだろうか。私もそう思いかけていた。

でも、この映画見て思った。カナダも、イギリスも、フランスも、キューバも病院にただで行けるんだよ。フランスなんて、往診までしてくれるんだよ。

イギリスの誰かが言っている。『戦争やって失業がなくなるのなら、医療を充実させても失業がなくなる』って。

日本の健康保険制度はどうか?年を追うごとにアメリカの私保険依存に近づいているようだ。これって逆行じゃないか。

年々公的制度が貧弱になり、それに補填する形でみんな競って民間保険に加入する。保険会社は政府がサボってくれた方が得なのだ。『ガンになったら、何十万円、何百万円かかりますよ。だから保険に入りましょう。』ガンになっても保険会社が言うほどお金はかからない。健康保険からの7割払われている。不安を煽って保険をたくさん売りたいのだ。

アメリカと同じ道を日本はたどろうとしている。みんなー、この映画見て!アメリカに右へ倣え!するばかりが良いんじゃないよ!

私達はむしろもっと公的制度の充実を求めるべきなんだよ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Harry Potter and the Order of the Phoenix(映画)見ました!

見ました、Harry Potter and the Order of the Phoenix。

過去4作のうち前2作があまり良いと思わなかったので、期待はしていなかったのだけれど、それでも見に行った。もうここまで来ると、自分のお気に入りのストーリーが様々の監督によってどんな風に料理されているのかを見届けたいぐらいの気持ちしか持っていない。Harry Potterに限らず、原作の小説のファンが映画を見るときって、これは原作とは全く別のもの、と割り切って見に行くんだと思うけど、それでも自分の抱いているイメージと映画とがかけ離れていたりすると衝撃ではある。

小説のファンが映画を見ると、よく『原作と違う』とか言って、不満を口にする。私もその口で、特にThe Lord of the Ringsが映画化されたときは原作の世界をいかに忠実に描いているかが最も重要な事と思った。LOTRの場合は映画製作者の側が『いかに原作の世界を映像で表すか』を狙っていたわけで、その意味では忠実なフィルム化こそがポイントだったわけだけど。

Potterの場合は、ちょっと違うよね。はじめの1、2作を別として、それ以降はフィルムの世界での自己完結を狙っているのかな。忠実にストーリーを再現しようとしていた1・2作目と比べて、3作目は明らかに映画として独立した。その一方で複雑な横糸を大胆に無視してしまった結果としてストーリーが分かりにくくなった。

この3作目を見たときに私個人としてはもうPotter映画をやめようかな、と思っていたのだけれど、やっぱり『かわいい』Potterストーリーがどんな風に加工されていくのかを見届けたい気持ちからだと思う、4作目も見た。見はしたものの、実はそれほど面白くなかった。何だか俳優が、正確に言うとRadcliff君が魅力がないなあと思った。それに、3作目から代わったDumbledore役の俳優が合わなくて…。本当なら(原作なら)私がシリーズの中で一番好きな作品なのでちょっと残念だった。

さて5作目である。ストーリーは非常に込み入ってくる。謎も深まり、主人公をはじめとして登場人物たちの心の動きも複雑だ。エピソードの多さがその複雑さを物語る。これを一本の映画にするのは実際骨が折れる。始まりがすでに前作の続きなのだから始末が悪い。大変だと思う。

そんな中では確かによくできていたと思う。Radcliff少年は4作目に比べればかなり成長して良くなっていたし。でも何といっても、一番良かったのが騎士団(the Oder of the Phoenix)たちとDeath Eaterたちとの戦いの場面。大人の魔法使い・魔女達の戦いってこんなにすごいんだ!カッコいい!

数あるエピソードを全部入れるわけにはいかないから削って削って、でもストーリーを変えない程度に残して、そうすると何だか継ぎ接ぎ細工のようになってしまうけれど、説明不足にしとくわけにもいかないし。っていう苦労がいつものように感じられる、としてもね。

あの少年少女たちが大人になってしまう前にあと2作撮りおえられるかな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ダイ・ハード4見た

今日見た映画―ダイ・ハード4。

もう20年近く前になるのかなぁ。ダイ・ハード(1)見てアメリカ映画っておっもしろい!って感動したの。

あの時から見るとやっぱりブルース・ウィリスって年とったねぇ。アクションではとてもじゃないけど苦しい、苦しい…でも、まあ、今回のはその、かなり体力にガタが来たマクレーンおじさんの頑張りが売りなのだけど。

激しさを増した切れ間のないアクションシーンの合い間に、「そんなうまい事行くか!?」とつぶやいたのは私だけじゃなはず。こんなに活きのいい若い悪者ニンジャ達と打打発止出来るわけないじゃん!戦闘機相手にマジで戦える?なんてね…

まあ、サイバーテロっていうテーマはまさに時宜を得てるよね。見てて楽しい。これがフィクションであると知っているから。

でも、ここまで大規模じゃなかったとしても、あのハリケーンへの対応で後手後手に回った政府が巧妙に仕組まれたサイバーテロに対処できると思うか?と聞かれれば、アメリカ人の多くは、確信を持てないだろう。

相棒役のロングもコミカルないい味出してたし。次のダイ・ハードも楽しみ!かな?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

これで完結―パイレーツ

珍しく夫が土曜日に家にいる。週末の土・日とも家に居る、こんなことはお正月以来だ(明日も家に居ればの話だが)。いつも私をほったらかしていると反省したのだろうか、映画に行こうと言う。

『パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド』

1作目を見てしまったので仕方なく2作目、そして決着をつけるために3作目を見る、という典型的な例。確かに1作目『呪われた海賊』は面白かった。ジョニー・デップの魅力が全開で、何より彼自身がとても楽しんでいるのがよく分かった。オーランド・ブルームも、キーラ・ナイトレイも、初々しいカッコよさが際立った。ディズニーの海賊映画なんて、聞いただけでつまんなそーに思えるものを、よくぞここまで面白くしたな、とあの時喝采した。と同時に『これの第2作が出たとしても絶対1作目以上にはならないから、見ないでおこう』とも思った。

ああ、悲しいかな、映画会社の戦略に乗ってしまってその後しっかり『デッドマンズチェスト』を見てしまうとは。そして2作目の終わり方といったら、次作に続く、って感じで終わってしまったわけで、仕方ないので3作目も劇場に足を運ぶ事になってしまった。

まだ封切り直後なのでネタバレしないでおこうかな…。

正直言って、混乱した。事前に1作・2作の復習をしておかないと、よく分からない。私には2作目があまり印象が強くなかったので、特にそうだったのかもしれないけれど。3時間は長くて、夫は隣で寝ていたけれど、そんなにつまらない映画じゃなかった、彼が疲れていただけ。

でも難しく考える事はない。単に娯楽アクション映画で、いくつかの種と仕掛けを見逃したからといって、たいした事じゃない。(この手の映画の謎解きに躍起になっている『パイレーツ』ファンの人たちには悪いけれど、ストーリーが込み入っているわけでも、高尚なメッセージが込められているわけでもないので、笑ってみればいいだけのこと。)

その上で、デップはやっぱり楽しそうだ。彼は人間的に付き合いたい人かどうかは別として、役者としての才能は半端じゃない。ファンの中にはジャック・スパロウ役みたいなのが最もはまり役、って思う人もいるだろう。私は彼の特別なファンではないけれど、彼の演技力はすごいなって。

私としては、『シークレット・ウインドウ』で見せたサイキックな役がはまり役なのかな?と思っていたけれど、『ネバーランド』を見て驚いた。こんなストイックな役もできるんだ。『パイレーツ』の彼よりもむしろ『ネバーランド』の彼の方が私としては好みで、こっちの系統の役をもっと見たい。『パイレーツ』のドタバタが冷めたら、ぜひよろしく。

映画は面白かったよ。脇役も個性的で、楽しかった。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

Blood Diamond

すっごく久しぶりの映画。ここ2、3ヶ月夫が週末忙しくて、なんとなく一人で行くのは悪いかなあ、とか気兼ねをしたわけでもなかったけど、ご無沙汰だった。(ほんとは見たい映画がなかっただけなんだけど。)

でも、もともと映画は一人で見るのが好きなので、ちょうど今週末は彼は出張でいないし、気兼ねなく出かけた。
Blood Diamond(ブラッドダイアモンド)―

こんな映画を見てしまったら、もうダイヤは買わないぞ、欲しくもない。
どうせダイヤなんか持ってないじゃないか、という声が聞こえてきそうだが、実は私も多くの人の例に漏れず一つだけ持っている。例の『給料の3か月分』の値段のダイヤの指輪―そう婚約指輪。(今は箪笥の肥やしだ。)

ダイヤがこんな血にまみれているのなら(そうじゃない物もたくさんある、そうじゃない物の方が多いけど、加工されて市場に出てしまえばダイヤの出身は分からない)、もう一生ダイヤは要らない。

ダイヤの責任ではないだろう。責任はその利権を争っている人間達にある。悪いのは利益の追求のために内戦を利用している者達だ。

私は単なる小市民で、遠い地球の裏側にいて何の権力も持たないけれど、ダイヤを買うことで(買ってもらう事で)そんな汚れた利益に少しでも貢献したかもしれないとなると、無関心でいてはいけないのじゃないか。

人は他人に対してどこまで酷い事ができるのか、という事例は、何もアフリカまで行かなくても日本でも溢れている。新聞の社会面を開けば、何がしかの犯罪のニュースが毎日のように賑わしている。

それでも、この内戦は地獄絵さながらだ。映画だからとか、これは過去の事だから、と思いたいのは山々だが、最近のソマリアやウガンダあたりの内戦のリポートを聞くと、誇張ではなくて現実の事なんだと信じざるを得ない。

人が人に対してする行為だ。人間は生善であるかどうかが問題なのではない。人の『行為』が問題なのだ、と映画の中で言っていた。そのとおりだ…

せめて子供を兵士にするのをやめよう。今世界には200,000人の子供の兵士がいるという。憎しみを後世に受け渡すのはやめよう。民族の戦いをやめよう。

ところで、レオナルド・ディカプリオが良い演技をしていた。知り合いの中にはTitanicで一番良かったのはディカプリオが海に沈んでしまった事だ、と悪口をいう人もいるけれど、その人に言ってあげよう。この映画は違うよ。

今までどうもあの自意識過剰な雰囲気が鼻について好きになれなかったけれど、これでかなり見方が変わった。良い役にあたったのだろうけれど、見事だ。個人的にはこれが一番の出来と思う。

(これまででディカプリオの一番の当たり役はCatch Me If You Canだったかな、って思っていたので。)

アフリカの大地に沈む夕日が美しくて悲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

スパイ・ゲーム

寒ーい、冬みたいな日。だのに誰かさんはもうすっかり春休み気分で、家に埋もれていた「スパイゲーム」のDVDを観ている。
そばで私もちらちらと盗み見てしまう。買ったのは私。

一昔前のスパイ映画、というよりもむしろ、同じ組織の中にいるCIAのエージェントたちがお互いにちっとも信じあっていなくて騙しあいをしている姿がこっ けいだ。今となってはニュースにこういう実例がよく登場するので、彼らは基本的に隠し・騙し・暴露しあっている人たちなのだと分かるけれど、そういうとき にも「なんか映画みたい」って思ってしまう…

当時ブラッド・ピットがまだ若々しくて良かったなあ。共演のロバート・レッドフォードがいくら退職寸前のCIAエージェントとはいえ、あまりにもふけているのが痛々しい。(と思うのは私だけかしらん。)

誰かさんはこれにスペイン語の字幕をつけて、ひたすら会話をカバーしようとしている。スペイン語の勉強をしているつもりだ。

| | コメント (0)

日本の裁判の実態って…

日本映画はほとんど観ないのだけれど、トレーラーがよかったので観に行った話題作『それでもボクはやってない』。

警察・検察の捜査・取調べのずさんさ、権力を笠に着た横暴ぶり、それに追従しようとする司法、そしてある日突然にその罠に取り込まれてしまった冤罪の被告。ごく普通に生活を送っているごく普通の市民が、刑事裁判に巻き込まれたらどうなるのか。殺人事件のようなありそうにない(いや、あるかもしれないけど)事件ではなくて、電車内で痴漢に間違えられるという、ひょっとしたら明日こんなことが私の家族にも起るかもしれないようなそんな身近な事件の裁判である。

この映画のモデルは実在しているわけで、娯楽映画として観る事は出来ない。これが司法国家日本の現実なのですよ、と見せ付けてくる。赤かぶ検事のような慧眼で人情味のある検事や、青島刑事のような刑事は、フィクションの世界の話だし、裁判になればきっと真実が暴かれると期待するのは空想的なのだ。主人公が映画の中で言うように『裁判は真実が聞いてもらえる場所ではない』のだ。

だが、今は裁判を専門家の手にゆだねているから、こうして私達は裁判所の批判をしているけれど、いつまでもそう言っていられない時が来ようとしている。裁判員制度がやがて始まろうとしているのだから。いつからだっけ?あと2年ほどでしょ?そうしたら、ほんとに私達市民が問われることになる。一人ひとりの良識と良心と人間性が。被告を『自分が裁かれたいと思うやり方で裁く』ことができるのだろうか?

――――――――――――――。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ラッキーナンバー『7』とは!

週末に観た映画から。

どんな映画か予備知識もなく、つまんなさそうなタイトルだったし、単にキャストが良かったので見てもいいかなあ、ぐらいの気持ちだった。期待していなかったので取り立てて文句を言う筋でもないが、やっぱり一言…

始まったとたんにシマッタと思った。なんでしょう、このタイトルは。邦題です。『ラッキーナンバー7』って。最初のクレジットで、帳簿っぽいノートを背景にタイトルがさりげなく出てきて、Lucky Number Slevinってちゃんと書いてあるじゃないの!私はこの手のちょっとだけ邦題を変えてるハリウッド映画って嫌なのだ。思い切ってちゃんとした日本語のタイトルつけるとか―昔の洋画みたいに―そうでないなら、そのまま英語の語感を残して欲しいものだと常々思っているから。タイトルだけで見たいかどうかが決まるもの。

ちゃんと『ラッキーナンバースレヴン』にしなさいよ!それじゃ日本では意味が通じないから、っていう理由で変えたんでしょうが、このあたりの感覚が分からない。いかにも時代遅れな響きがするんだけど、『7』だと。

そんなわけで、最初の5分は映画配給会社に憤慨した。

それから、一体何分ごろかは覚えてないけど、えっ、これって2大マフィアの対立の構図?って気付いた時に、ものすごいショック。今どき、マフィアの抗争を主軸にしてもお客さん来ないでしょ、って思った。(私は何にも知らなかったから見に行ってるんだけど。)

それから、途中まで、映像やストーリーのテンポ、会話にひねりを効かせすぎて、妙に話が分かりにくく、どの人物も薄っぺらで怪しげに見えて、うーん、帰ろかなあ…なんて正直思っちゃった。

それでも席を動かずにいたのは、単に列の真ん中にだったので出難かったから。

ここまで書くと、これはひどい映画だってことになりそうだが、意外に面白かった。暴力シーンとか結構多いし(R指定されている)決して感動的大作じゃないが、試みとして面白いなって。ヴァイオレンスやその源にある愛憎を掘り下げて描写しないで、ウィットを聞かせた速い台詞と凝った映像で引き付けられた。古臭く見えて時代の匂いの全くない、ひねりの効いた娯楽ものになっている。終盤はきれいに謎解きをしてくれているので、混乱してしまった人も映画館を出た後まで、あれはこうだった、あそこはどうだった、と悩む必要はない。(この謎解きがちょっとくどいかな、という気はする。)

だから、最初の期待度に較べれば十分満足の合格点。ジョシュ・ハートネットって、やっぱりブラッド・ピットに似てる。

日本では今頃ロードショーやってるけど、実はもうDVDが売られてるんだね。もう一度見ようとまでは思わないけどね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)