回転扉
初めて回転扉に出会ったのは大人になってからだったと思う。数年前に悲壮な事故があった自動式の回転ドアじゃなくて、人が中で押しながら回る旧式のやつ。
アメリカでは意外とこのタイプのドアがあちこちにあって(日本ではあの事故以来回転ドアそのものが流行らないのだと思うけど)、出食わす機会も多かったように思う。回転扉の前に来ると妙にドキドキする。先に入って行った人が出たのを確認して、他の人が入ろうとしていないのを確認して、一人づつ入って回って出る、というのが正当な使用法だろうが、出入りの激しい出入り口ではそう悠長なことは言っていられない。うまく人の波のリズムに乗って同じリズムでドアの羽根の間に滑り込む。結構ドキドキする(した)ものだが、これはどう考えても危ないよね。いくら手動といっても、ドアは慣性によって回っているし、その同じリズムですり抜けようとする人々と阿吽の呼吸でバーを押すけれど、心配症の私は「ここでもし立ち止まってしまったらどうなるんだろう?」なんて余計な事を考えたりして緊張が増してしまったり。
子供を連れている時は本当に『一人づつルール』を守らないといけない。たとえ一マスの中に二人入れたとしても、親子で手をつないで一マスに入るのはだめだ。私はやってみたから知っている。手をつながなければ回転扉には入れないくらいの子供なら、親が抱っこしてやらないといけない。マスの中で子供は前に進むことが出来なくて転んでしまう。たとえゆっくりとでも動いている回転扉の中で転倒しようものなら大事故につながる。で、ある程度大きな子供なら、独立したマスを使う。一つのマスに一人、はもちろん、前の人が完全に向こう側に出てしまうまではマスに入らない。親子でも一人づつ。初めにママが入って向こうに出るから、出た後で合図するまでは絶対に入ってきちゃだめ、を徹底したものだ。
OKのサインをもらって回転扉を一人で回して出てくる時の子供の誇らしそうな顔といったら!
どうして回転扉の話なんかしたかというと、人生って回転扉みたいなものかな、と思うから。空間を仕切るドア。普通ドアは二つの異なった空間―内と外―を隔てるのが役割だ。だが回転扉はそれ自体空間を形成する。四角いフレームで囲まれた何枚かの羽根(扉)が回ることで、そこには内でも外でもない空間が形作られる。この羽根にはさまれてあるのは空気だけ、なのに、その空間は摩訶不思議な気がするのは私だけなのだろうか?(きっと私だけだ)
ドアのこっち側から何枚かのガラス越しに見ている向こう側は、これから自分が進もうとしている世界だ。でも、この回転扉を回して足を踏み入れる向こう側の世界は、ガラス越しに見ていたのとはどこか違う気がする。ひょっとして入るべき羽根を間違えたんじゃないだろうか、もし違う羽根に入っていたらこれとは別の世界に来ていたんじゃないだろうか―回転扉ってそんな妙な気持にさせる不思議な空間を作っている。羽根を回そうとしてバーに手をかける子供に一瞬だけ不安がよぎる。次の瞬間子供は決心した顔で両腕を延ばしてバーを押す。羽根が回って空気が動き、子供がドアのこっち側にはじけて飛び出す。ほんの一瞬の出来事だけれど、知らない世界に連れ去られたのじゃなかった、ママがそこに待っていてくれた、その安堵感と同時に、ささやかな冒険は何事もなく終わってしまったとかすかに失望も見え隠れしている。
(回転扉にこんなことを思うのはきっと私だけに違いないけれど)
人生はいくつもの回転扉を開けて行くんだろうと思う。開ける前には見えているはずの向こう側の景色が、開けてみると実は少し違っている気がするように、決断する前に思っていたのとは似ていてどこか違う道を歩んでいたりする。間違った、と分かる場合は多くないものだ。どこかで狂ってきたのかな、と思っても、どこで間違えたのかは分からない、きっと回転扉の入るべきマスを間違えたんだよ。どれも同じに見えるって?そう、だから間違えやすいんだよ。別のマスに入って別の羽根のバーを押していたら、ひょっとしたら違う道を進めたかもしれないのに。でもこれでおしまいなわけじゃない、まだこの先いくつも回転扉があるからね。今度こそよーく気をつけてタイミングを逃さないように…それだってやっぱり紛らわしくてよく分からないかも知れない。同じに見えるかもしれない。回りをよーく見て、他の人がちゃんと出たのを確かめて、自分を追い越して行く人がいないのを確かめて…それは前にやった、と言うなら、今度は別の入り方をやってみる?人の波のリズムにしっかり乗って…それとも今入ろうとしている他の人のマスに割り込んじゃう?
いくつもの回転扉を抜けているうちにだんだん上手になるだろう。最初はそうじゃない気がしていたけど今はこれが自分の進むべき道だ、と思えるようになるかもしれない。そのうち子供が回転扉を回すほど大きくなる。最初は「ママが先に行って、向こうで合図するから、そしたら入ってバーをしっかり押すのよ!」と教えてやる。そのうち子供は自分でタイミングを計って入れるようになる。ママの合図は要らなくなる。子どもは成長したんだ。でも、ある時子供の顔に不思議な失望が浮かんでいることに気付く。意図していた風景と違う風景をまあたりにしているんだ。子供に教えてやる方がいいんだろうか、回転扉の魔術のことを…よそう、子供は自分で扉を回せるんだ。ほらここから見えるよ。扉の向こうにいる君が。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)


最近のコメント