日記・コラム・つぶやき

回転扉

初めて回転扉に出会ったのは大人になってからだったと思う。数年前に悲壮な事故があった自動式の回転ドアじゃなくて、人が中で押しながら回る旧式のやつ。

アメリカでは意外とこのタイプのドアがあちこちにあって(日本ではあの事故以来回転ドアそのものが流行らないのだと思うけど)、出食わす機会も多かったように思う。回転扉の前に来ると妙にドキドキする。先に入って行った人が出たのを確認して、他の人が入ろうとしていないのを確認して、一人づつ入って回って出る、というのが正当な使用法だろうが、出入りの激しい出入り口ではそう悠長なことは言っていられない。うまく人の波のリズムに乗って同じリズムでドアの羽根の間に滑り込む。結構ドキドキする(した)ものだが、これはどう考えても危ないよね。いくら手動といっても、ドアは慣性によって回っているし、その同じリズムですり抜けようとする人々と阿吽の呼吸でバーを押すけれど、心配症の私は「ここでもし立ち止まってしまったらどうなるんだろう?」なんて余計な事を考えたりして緊張が増してしまったり。

子供を連れている時は本当に『一人づつルール』を守らないといけない。たとえ一マスの中に二人入れたとしても、親子で手をつないで一マスに入るのはだめだ。私はやってみたから知っている。手をつながなければ回転扉には入れないくらいの子供なら、親が抱っこしてやらないといけない。マスの中で子供は前に進むことが出来なくて転んでしまう。たとえゆっくりとでも動いている回転扉の中で転倒しようものなら大事故につながる。で、ある程度大きな子供なら、独立したマスを使う。一つのマスに一人、はもちろん、前の人が完全に向こう側に出てしまうまではマスに入らない。親子でも一人づつ。初めにママが入って向こうに出るから、出た後で合図するまでは絶対に入ってきちゃだめ、を徹底したものだ。

OKのサインをもらって回転扉を一人で回して出てくる時の子供の誇らしそうな顔といったら!

どうして回転扉の話なんかしたかというと、人生って回転扉みたいなものかな、と思うから。空間を仕切るドア。普通ドアは二つの異なった空間―内と外―を隔てるのが役割だ。だが回転扉はそれ自体空間を形成する。四角いフレームで囲まれた何枚かの羽根(扉)が回ることで、そこには内でも外でもない空間が形作られる。この羽根にはさまれてあるのは空気だけ、なのに、その空間は摩訶不思議な気がするのは私だけなのだろうか?(きっと私だけだ)

ドアのこっち側から何枚かのガラス越しに見ている向こう側は、これから自分が進もうとしている世界だ。でも、この回転扉を回して足を踏み入れる向こう側の世界は、ガラス越しに見ていたのとはどこか違う気がする。ひょっとして入るべき羽根を間違えたんじゃないだろうか、もし違う羽根に入っていたらこれとは別の世界に来ていたんじゃないだろうか―回転扉ってそんな妙な気持にさせる不思議な空間を作っている。羽根を回そうとしてバーに手をかける子供に一瞬だけ不安がよぎる。次の瞬間子供は決心した顔で両腕を延ばしてバーを押す。羽根が回って空気が動き、子供がドアのこっち側にはじけて飛び出す。ほんの一瞬の出来事だけれど、知らない世界に連れ去られたのじゃなかった、ママがそこに待っていてくれた、その安堵感と同時に、ささやかな冒険は何事もなく終わってしまったとかすかに失望も見え隠れしている。

(回転扉にこんなことを思うのはきっと私だけに違いないけれど)
人生はいくつもの回転扉を開けて行くんだろうと思う。開ける前には見えているはずの向こう側の景色が、開けてみると実は少し違っている気がするように、決断する前に思っていたのとは似ていてどこか違う道を歩んでいたりする。間違った、と分かる場合は多くないものだ。どこかで狂ってきたのかな、と思っても、どこで間違えたのかは分からない、きっと回転扉の入るべきマスを間違えたんだよ。どれも同じに見えるって?そう、だから間違えやすいんだよ。別のマスに入って別の羽根のバーを押していたら、ひょっとしたら違う道を進めたかもしれないのに。でもこれでおしまいなわけじゃない、まだこの先いくつも回転扉があるからね。今度こそよーく気をつけてタイミングを逃さないように…それだってやっぱり紛らわしくてよく分からないかも知れない。同じに見えるかもしれない。回りをよーく見て、他の人がちゃんと出たのを確かめて、自分を追い越して行く人がいないのを確かめて…それは前にやった、と言うなら、今度は別の入り方をやってみる?人の波のリズムにしっかり乗って…それとも今入ろうとしている他の人のマスに割り込んじゃう?

いくつもの回転扉を抜けているうちにだんだん上手になるだろう。最初はそうじゃない気がしていたけど今はこれが自分の進むべき道だ、と思えるようになるかもしれない。そのうち子供が回転扉を回すほど大きくなる。最初は「ママが先に行って、向こうで合図するから、そしたら入ってバーをしっかり押すのよ!」と教えてやる。そのうち子供は自分でタイミングを計って入れるようになる。ママの合図は要らなくなる。子どもは成長したんだ。でも、ある時子供の顔に不思議な失望が浮かんでいることに気付く。意図していた風景と違う風景をまあたりにしているんだ。子供に教えてやる方がいいんだろうか、回転扉の魔術のことを…よそう、子供は自分で扉を回せるんだ。ほらここから見えるよ。扉の向こうにいる君が。

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9月1日

人生の中でこれほどのんびりした日々があったかと思うほど、のんびりと何もせずに過ごした8月が終わった。私の周りだけが忙しくて、束の間の休暇を一緒に過ごしてはまたそれぞれの仕事へと戻って行き、私はといえば残された者だけが感じる寂しさを抱えて、心底空っぽになったんじゃないか、人生の目的はもう何も残っていない、なんて悲しんだ、そんな8月。

夏の終わりはいつも―少なくともこの十数年来―旅立ちの季節だ。かつて自分自身の学生時代に感じていた3月に別れて4月に出会う、春は別れに季節―は実感としてはもうない。アメリカで子供たちの学校生活を始めた時に私の季節感は一変してしまった。 6月に学校が終わると、長い夏は休息、新しい生活に向けてのエネルギー補填、開放的で非日常的な体験から成長する大切な時間。と同時に、9月から始まる新しい生活のための準備の期間でもある。

子供たちもそうだったろうが、8月も後半になるとそろそろ新学期が気になり始める。3ヶ月もある上に、学年は終了しているので実際学校への帰属感も薄い。宿題はもちろんない。3ヶ月をどう過ごそうと自由だ。親としては、楽しく遊んで、家族の時間が十分に持てて、しかも普段出来ないような体験が出来て、心身ともにリフレッシュ出来て、忘れ得ない夏になるといいなあ、出来ることなら安価に―などと毎年頭を悩ませた夏休み。それでいて毎年結構マンネリになってしまっていて、8月も終わりになると妙に切なかったものだ。ゆったりとした日々は残り少なくなって、この夏一体どれだけ成長できたんだろうかと、『夏の成果』を求めてみたり。新学期への期待と不安。

そんな不安を吹き飛ばすかのようにこの時期はBack-to-school-saleの季節だ。新しい文房具を買い揃え、Emergency Kitをそろえるために子供の好きなブランドの缶詰や保存食品を買い求めた。スーパーマーケットやオフィスデポをはしごして、新しいT-シャツやノートブックの匂いをかぐと不安が少し薄れてワクワクのほうが強くなる気がしたものだ。

9月最初の月曜日Labor Dayは夏を締めくくる最後の休日。
ちょうど今日だね。今年は。
息子が行っているマイアミの大学は先週からすでに授業が始まっているけれど、やっぱり3連休。寮生の中には親元に帰る学生も多くて、どこへも行く当てがなく、大学の外は右も左も分からない彼はお行儀良く寮でお留守番だそうだ。(勉強しなさいよ!)
夏休みも4年目の娘にはそういう『心配』はなくて、しっかり楽しんでいらっしゃるようだ。彼女の大学は例年このLabor Dayの翌日から授業が始まるので、まさに最後の祝日というわけで。

私の夏は子供たちの旅立ちで終わり。夫のお盆休みは何日も会ったけれど、彼の体調も気分も最悪で、一歩も家を出ない日々。私だって最悪の気分…になってはいけないと思うけれど、はー、疲れる。きっといつか、いつかそのうち、笑顔が戻る、それまで我慢我慢…でも私も笑うの忘れちゃったわ。

みんなが休みが終わって帰って行く場所がある。それぞれに。楽しくはないかもしれないけれど、それでも帰属する場所だ。私も欲しいかな…家だけじゃなくて。

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もう一つの心配の種。

近頃では働き盛りの人を襲う試練が多過ぎる。

過労死。うつ。

派遣やパート・アルバイトなどの不安定就労層が労働者の中で大きな割合を占めている一方で、長期雇用の正社員は超過密長時間労働を強いられ命をすり減らしている。

夫もそうやって自分自身をすり減らしている。連日早朝から深夜まで仕事に追われ、海外出張は週末に出発するか、帰って来るので休む暇はない。このままじゃ、取り返しがつかないことになるよ!という再三警告するけれど、自分ではもはやコントロールできないのだろうか、仕事時間が減ることはない。

12年前に胃がんになった時、彼はそういう自分の生き方を変えようとした。筈…まあ、命が惜しかったから…虚弱になった身体にも悪慣れしてしまったとでも言うかのように、毎日「あー。しんど」を口癖にひたすら頑張っている。

それにしても彼が笑うのを見たのは最近いつだったろう?

この前2年ぶりにアメリカから帰省してきた娘が、父親の顔を見てショックを受けたように言ったっけ。「パパ、老けたねー!」

「そりゃあ、2年の間に若返る事はないよー。」と私はフォローしたけれど、そのあとも娘は機会があるごとに私に言う。(Just between usと前置きして、「ママが一人になったら、こんな所に住んでないで、アメリカにおいでよ。わたしが頑張って働いて家を買うからさ、一緒に住もうよ。」

どうやらパパの先行きは短いと決めてかかっている!『こんな所』って言うけど、これでも買ったばかりの新築なんだけど…おまけに、アメリカで働いて、家を買うなんて言ってるけど、サブプライムローンの破綻は知ってるでしょ!

わたしの老後を案じてくれる気持ちだけありがたく頂いておいて、「まあ、まあ、そんなに早くパパを見捨てないでよ。おばあちゃん(義母)だってそのうち引き取ることになっているし、パパが定年退職したら、今度はパパの面倒も見なくちゃね。」なんて笑っておこう。

夫は、明日からまたアメリカ出張だ。頑張らないといけない世の中なんだよね。ほどほどにね。

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暑い。夏はまだまだ始まったばかりなのに…

連日の猛暑日。大阪が暑いと思っていたけれど、京都に越して来て知った―京都はもっと暑い!
しかもこの家は日当たりが良い。吹雪の日にこの家を見に来て、日当たりが良さそうでいいわ、なんて言って契約したのだった…

朝日がさんさんと降り注ぐおかげでリビングの外に置いているエアコンの室外機の付近は午前10時にはすでに40度を超える。

どんなに風通しが良かろうが、外から入ってくるのは熱風。CO2削減せねば、なんだけど、でも済みません。エアコン無しにはとてもじゃないけど居られません。一日中エアコンのお世話になります。かくしてさらに外気は暑さを増すばかりか、電気を消費する事でCO2の排出にどんどん協力しちゃってる事になる、悪循環。毎年の事なんだけど…

家が片付くまもなく、何とかして日よけのことを考えなくては。家が陰になるような樹木を植えるのはいやだったし、すだれとかよしずなんかを家の外につけるのはもっといやだったんだけれど、何か良い方法はないかな…

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進路決まりました―息子

そうそう、アップデートしていなかった重要な問題といえば、我が家の問題児―息子の進路。どうするものやら、と散々気を揉ませたけれど(表立っては、「私は一切関係ないからね!」を貫き通した…)、ようやく進路を決めました。ほっ。

結論から先に言うと、行き先はUniversity of Miami。ここに決めるまで、いろいろ悩んだようだ。

志望校を絞るまで―

まず、我が家の家計状態からして、どうしてもスカラーシップが欲しい。アメリカの大学は『良い』所ほど学費が高い。有名私学なら寮費などを入れると年間4万8千ドルとか、5万ドルとかざらだ。4年間で2千万円。娘の時もそうだった様に、息子にも『それなりのスカラーがもらえれば』を条件にアメリカの大学への進学を認めた。

大学で勉強したいのはジャーナリズム。ところが、アメリカの専門教育は大学というよりは、それを卒業したあとのグラジュエイトスクールと呼ばれる大学院教育がメインだ。アンダーグラジュエイトでジャーナリズムを専攻できる大学は少ないらしい。初めの4年は別のことを勉強して、グラジュエイトでジャーナリズムをやれば?と勧めてみたけれど、家計のことを心配してくれたのだろうか、親のすねをかじるのは4年間と決めてしまった。(とりあえず、今のところは…)

アンダーグラジュエイトにジャーナリズムをオファーする大学のリストを作って、彼が最初に行きたいと思ったのはBoston CollegeかNew York University。SATのスコアも高かったし、GPAも文句なかったし、どちらかの大学には合格できそうだったけれど、実はこのどちらもがインターナショナルの学生にはスカラーを出さない事が分かって、断念。

失意の彼は、『まあ、行きたいかなあ』と思える5つばかりの大学にアプリケーション出した。合格はするだろうけど、スカラーシップの額を天秤にかけて決めようかな、と。

結果、それぞれの大学からスカラーシップのオファーを得て(多い、少ないはあったけれど)その中でも本人の優先順位で候補を2つに絞る。Macalester CollegeとUniversity of Miamiに。

ここからが、大変。もともとどちらも第一希望でなかったからなのか、どちらも同様に魅力を感じたからなのか、決められない。地理的にも、大学の規模、校風からみてもずいぶん異なっている。

両大学ともかなりの額のスカラーシップをオファーしてくれていたので、「学費で決めないように」とだけ言い置いて、彼がどういう選択をするのか、3週間ばかりじっと待っていた。内心では密かに、前国連事務総長のコフィー・アナン氏を輩出したMacalesterの方がなんとなくカッコいいじゃん、勉強に集中できそうな感じだし、なんて思ったりしたけど。

息子は、学校のカウンセラーや教師達にみんなに相反するアドバイスを受けたあげく、最後は大学が示してきた待遇に惹かれたのだろうか、Miamiに決めた。その直前には、(東京に来ていた)University of Miamiの入学担当の人に会いに行ったりして。何と言っても奨学金の額が一番多かったからかな?

そう、UMが出してきたスカラーシップは正直びっくりするほど多かった。娘の時の経験もあるので、need basedで出しますよ、って言う大学だと、夫の年収からしてそう沢山はならないな、って。どこの大学でもこのラインかな、って言う線を私なりに引いて待っていた。

でもUMはneedではなくて、merit baseでスカラーをオファーする。成績が良ければそれだけ学費が免除されるというわけで。で、彼は学費を上回るスカラーを得ることになって(当然寮費がかかるので、それについては負担しなければならないけれど)、親としては大助かり!は言うまでもない。

そんなわけで、息子はちょっと(かなり)気を良くして、これから先の4年間を南国の楽園Miamiで送る決断をした。

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引越しまでの別荘…気分

どのあたりまで書いてたんだったか、もう忘れてしまった。けど、まず家を買ったのだった!

これはまず、大事件。2DKのちっちゃなアパートを皮切りに、古くて広すぎる北京のホテル住まい、ちょうどいいサイズだけれどお湯が出て暖房がある以外には何の設備もないアパート、部屋数は多いけど日当たりの悪い(そのかわり夏涼しい)マンション、日当たりも眺望も良かったのにすぐに引っ越す羽目になったマンション、広い芝の庭に囲まれた古ーい一戸建て、そして今住んでいるテラスハウス、といろんな所に住んだけれど、全部賃貸だった。

いつまた転勤があるか知れないのだから、家を買うなんてばかげている。というのが夫の主張で、事実そうだったし、それに何と言っても家賃のかなりの部分を会社が負担してくれていたものだから、その社宅権を放棄して多額のローンを背負ってまで持ち家が欲しいとは思わなかったのだ。

2000年にアメリカから帰国した時にも、ホントの所夫も私も子供達も、また近いうちにどこかの国へ行く事になるのかな、そうだといいな、なんて思ったものだったけど、何だか京都に腰をすえてしまったのだろうか。そこのところは私には良く分からない。相変わらず仕事の相手先は海外のお客さんばかりのようだが、出張には時々お出かけだけれど、駐在はもうないのかなあ…

そうなってくると、今度は、いつまでも借家暮らしじゃあねえ…いずれは家も持たないといけないんだしねえ…なんてわけで、本当に家を買ってしまった!

早速に始まるローン、不慣れな土地での暮らし、降ってわいた姑との同居話。うれしいばかりではないけれど、でも、これはマイホームなのだ!

我が家である。

3月に正式に引渡しを受けて以降、週末ごとに様子を見に出かける。結構距離があるからそう頻繁には行って見られない。自分の家の外観がどうだったかもまだうろ覚えで、ようやく新居への道筋を覚えて、ショップや周辺の施設などが分かり始めたころだ。家はほとんど何も入っていないので、ちっぽけな家だが、がらんとしていて寒々しい。外から見ても、殺風景で、愛着どころか、まだ自分の家という実感も湧いてこない。玄関を開けるたびに、こっそり「失礼します」なんてつぶやいてしまう自分が可笑しい。これは私の家じゃないか!

なりたて我が家に、今週は何を持って行ってやろうかな…なんて言って、毎週出かけて行く私に夫は、納得いかない様子だ。私一人に新居の準備をさせるのは、悪いなあ、と思っている。それに自分のプライドもある。とはいっても、自分は忙しくて、おまけに疲れていて、出かけたくないのだ。わたしはちっとも気にならない。

ちょっと別荘気分…かな。あと少しの間だけ。5月末に引越しなので、それまでの間。

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ずいぶん書いてない…

言われてみて気が付いた。ずいぶん、書いてない。

確かに…体調が悪いからではないけれど、『心』の調子は良くなかった…からかな…

心のどこかで気付いてはいるんだけど、自分にさえも認めたくない、っていうことがあるよね。気付かない振りをして、そうしているうちにいつしか事態が好転してくれるかな、なんてひそかに期待したりして。

書いてしまうと、何だか不安の種がそこにあることを自分で認めてしまうようで―自分の日記なんだから、何も遠慮する必要なんてないようなものなんだけど―言葉にできない。これは一体何なんだ!?

感情の捌け口にしようと思って続けていたブログがこれじゃあねぇ。

そこで、いい子ぶる(もとい!いいオバサンぶる)のはやめて、素直な気持ちを整理してみる事にしようかな。明日から…

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欲しくなくてもプレゼント

誕生日がうれしかったのはいつの事だったか、もう忘れてしまうような年になったけれど、えへ!

誕生日であります。

3月19日。

幾つになったかはさて置きましょう。

出来ることならこの日が一日でも遅く来るように、なんて念じていたりするけれど、それでもおめでとうと言ってもらうのはやっぱり嬉しい。

夫はしっかり覚えていて、朝起きると、腕時計のプレゼントがテーブルの上に用意されていた。今年はこの間大きな買い物をしたばかりなので、それが私にとっては誕生日プレゼントかな、と思っていたので、1/3だけ嬉しい。1/3はもうすぐ1回目のローンの支払いもあるんだから、こんなの買わないでよ…残りの1/3で、私が腕時計をはめているのを最後に見たのは何年前の事?前回3年前に別の時計をプレゼントしてくれた時にも、結局使わずじまいで今も新品のままチェストの中にあるのは知ってる?

それにしても、誕生日や、クリスマスや、機会あるごとに買ってくれるものは全部装飾品だわ。私がそういう類のものを身に着けない人だということが21年も一緒に居て分からないのかなあ。単に、私が欲しいものが何か分からないんだろうなあ。何にすれば良いのか分からないから、てっとり早くジュエリーとか、時計とかになっちゃうってところ?

せっかくのプレゼントをそんな風に思うのはきっと間違っているだろう。だから、まるまる3/3で喜ぶ事にしよう。ありがとう。

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夫も決意

買おうと思う。やっぱり思い直してみても、あの家が良いと思える。慎重を重ねてきた夫も、どうやら今回ばかりは本気になった。今度の週末にでももう一度詳しく家を見せてもらって、その上で契約しようと、夫が言う。

うん!そうしよう!

もう私の頭の中ではすっかりあの家に住んでいるような気がしている。家具の配置はおろか、庭の事まで思い巡らすのは楽しいものだ。

今週末、家の契約に行って来ます!

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この家、欲しい!

今迄見てきた中で一番良い家に出会った。私達が買えそうなお値段で、私達が希望する地域で、お義母さんが一緒に住めそうなだけの部屋数があって、リビングからの見晴らしもそれなりに良くて、夫の通勤にもまあまあOKで、周辺も同じように新築分譲の戸建ばかりなので街並みもすっきりしていて(古い住宅地にありがちのごちゃごちゃした圧迫感・閉塞感がない)、家の前道も広くて。

一目見て、まずその立地が気に入ってしまったので、あとは家本体はそれほど重要じゃなかった。

私は見たその瞬間から、夫に「ここにしよう!この家買おうよ」を繰り返すばかり。夫も、私とは異なったアプローチ(様々の角度からの)だったけれど、結局「この予算内で、これほどの物件にはたぶんこの先で会えない(私達の要望を満たすものとして)」と、覚悟を決めることに!

公平に見て、大きな家とは言いがたい。今住んでいる借家の方が広いくらいだ。今後、暮らしていく中で狭い空間をどう活用するか、相当頭を悩ます事はわかっている。でも、諸般の事情と、それから、やっぱりこういうのは相性の問題?この家が欲しい!って思えるのは。

衝動買いの得意な私のことだから、見たその場で「この家ください」って言いそうになったけれど、そこはぐっと堪えた。取りあえず一度帰宅して冷静になって夫と話してみよう。

彼は、きっとアレコレアレコレと、シミュレーションを出してみて悩んでくれる事だろう。

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家は衝動買いしない

週末の京都詣ではこの間すっかり定着してきた。

でも、そろそろ疲れてきた。もういいかげん、どこでもいいから、決めてしまおうよ。

夫は衝動買いをしない人だ。私とはえらい違いだ。家電などは特に。私が、なぜこれが気に入って、これを買いたいと思うか、をとうとうとまくし立てるのをただじっと聞いていて、その後しばらくじっくり一人で考えて、モノによっては数日から数ヶ月にわたって本・カタログ・ショップなど、いろいろ研究した挙句(この数年はオンラインが便利!)、もうすっかり私が忘れた頃になって買ってくれたりする。

私はいつも、欲しいか、欲しくないか、買えるか、買えないかしかないのだけれど、夫の判断基準は複雑かつ慎重だ。この数ヶ月家を一緒に見て回っていてつくづく感じる。よくもこんなに気がながーい人がいるもんだ!

まあ、家なんて何千万もする買い物を衝動買いするのは愚かなことなんだけど、それにしても、もう疲れたよ。そろそろ決めません?ってほのめかしてみる。

そうだなあ…疲れたよね。家探しってこんなに大変だと思わなかったよ。うーん…良い物件があればそろそろ決めたいね…

夫の口から出る言葉はせいぜいこの程度。言わないだけでしっかり考えているはず!と思いたい…

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結婚記念日

なんと結婚21周年だ。
ちょっと中途半端、いえ歯切れが悪いかな。どうして20周年じゃなくて、21周年が特別なの?というのは、夫に聞いてみたい。

今まで結婚以来21年間、彼は一度も結婚記念日を覚えていた事がない。『覚えていない』というのは正確ではなくて、『気にした事がない』というべきか。ただの一度も、結婚記念日という言葉を口にした事さえなかった。

(6年間アメリカに住んでいた時も―ほら、アメリカの人たちってアニバーサリを特別に大事にするでしょ―私達にはアニバーサリがないかのようだった。)

ふーん、私達って、この日は無視するカップルなんだ…と自分で納得していた―

今朝までは。

朝起きてキッチンに入ってびっくり!メッセージ付きでネックレスのプレゼントが置いてある!

これは一体どういうこと?21年かかったけれど、ようやく結婚記念日を思い出した?それとも、20周年と勘違いした?それとも…

ははあ、お義母さんの事だな。とピンと来てしまった私。

こういう勘ぐりは意地悪かもしれないけれど、やっぱりそうでしょ。お袋のことで厄介かけるし、期限を取っておかないと、と思ったに違いない。

はい、はい。いいでしょ。機嫌を取られるのも悪くない。素直に喜んでおきましょ。

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私って良い人…?同居を決意

絶対自分からは言い出してやるもんか、と思っていたけれど、仕方ない。義母との同居―やってみるかと、私からオファーする羽目に。

何が何でも次男夫婦と一緒に住みたくないから、家を出る、一人で名古屋に行く、っていうんだもの。名古屋に行く、っていうのは彼女の十八番で、本音は私達と一緒に住みたがっているのは分かっていたんだけれども、だからってそれを私に直接言い出せないでいる義母と私の夫に、何もわざわざ私から助け舟を出してみすみす苦労を背負い込むこともないか、ってずっと思っていたのだけれど。

本当のところ、この義母の事があるから、夫は新居を買う踏ん切りがつかないんだと思い始めた。もう半年も京都で家探しをして、ずいぶん京都にも通いつめてあちこち車でまわったり地下鉄乗ったり、歩いたり。単純な私としては、今まで見た家で買ってもいいな、と思うものはいくつもあった。二人暮らしなら(子供達は夏休みの帰省ぐらいしかしないだろうし)そこそこの広さあれば十分に快適に暮らせるから、欲しいのは私が自由に使えるキッチンと(PC置いたり、趣味のペイントしたりできてさ!)、それから膨大な本を収納する場所ぐらいだった。

何度「ここで良いよ、この家買おうよ!」と夫に言ったことか。その都度夫は何かしら欠点を見つけ出して、挙句は「でも、万一お袋がこっちに来たら、狭いよね。」ですと!

そのお袋の愚痴と「もう絶対名古屋行く!」に困り果てた夫の、煮え切らない態度に私も限界!そんなに名古屋行きたければ勝手にいけば!と言ってあげたいのを堪えて、「お義母さんをこっちの呼ぼうよ。」

なんて私はいい人なんだろう!

(うまくやっていく自信なんてこれっぽっちもないけどね。)

(はっきり言って、義弟のお嫁さんと同じ事を繰り返すに違いないんだけどね。)

私が折れた事で夫は機嫌が良くなった、とはいうものの、今後も解決しなければならない難問は山積みしている。

まず、京都で義母と同居できる住宅を調達しなくてはならない。これが当面の最重要課題。資金は少ないのに、一部屋広い家を買おうというのだから。おまけに夫は住みたい地域、という点で、週を追って頑固になって、何がなんでも京都市地下鉄東西線沿線でなければ通勤できない(乗り継ぎは絶対しない)ことに心を決めてしまったようだ。大津まで出れば同じ予算でぐっと広い家が買えるのに…

次男夫婦は今住んでいる家(購入資金の8割は母親に出させた)を勝手に売却して、その売却益で新しい家を買おうとしている。義母が次男に何の不平も言わないので(次男が母親に何の相談もしないので)次男は母親の家を好きなように処分できると思い込んでいるのだろう。新しい家の計画は着々と進んで、今の家の買い手もすでに決まったらしい。

義母が今さら「私が4000万円出して買った家だから、(売るのは仕方ないとしても)、私も取り分を8割ちょうだい!」なんてことを主張できるだろうか?夫は、「勝手に家を売るのはけしからんし、おふくろにちゃんと頼まずにそんなこと出来るはずがないし、お袋のハンコを自分が管理していて勝手にハンコ押したりするなんてそもそも犯罪だし、こういうことについて僕に何にも相談もなく決めるなんておかしい!」などと憤慨しているけれど、今頃何言ってんのよ。

ちやんと筋道立てて「実はコレコレこういうことをしたいと思っているんだけどね、一つお袋の(兄貴の)考えを聞かせてくれないか」と、膝を詰めて話をするような関係じゃなかったでしょ。お義母さんは私に電話で愚痴るだけで、直接次男に話をすることなんかなくて、家を売るなんて嫌だって言った事すらなくて、おまけに「兄貴には内緒にしとけ!」って口止めされてるから聞かなかったことにして欲しいなんて言っていた。夫に何度私が警告してきた事か。このままだと、お義母さんを無視して家を売られちゃうよ、そしたらお義母さんはもう家を出て行くって言ってるよ、って。

「とにかく、お袋が聞かなかったことにして欲しい、といっている以上僕には何もできないからなぁ。そういうことをする前にちゃんと話があるはずだ。」というのが夫の決め台詞だった…

ほらね。だから言ったでしょ。いくら正面切って許可を求めなくても、家の中に新しい家の間取り図が広げてあって、工務店の人が頻繁に訪れて、次男夫婦が何度も土地を探し回って、新しいうちの候補地に連れて行かれて見せてもらっていたら、それでもって、彼らのプランに対して何のコメントもしなかったら、それはもう「お任せします」っていってる以外の何物でもないのよ。

嫌だったら、嫌だって言いなさい。自分で言えないのなら、長男に言ってもらいなさい。

私が何度も何度も、義母と夫にそう言い続けてきた、今その通りの事が起こっているんじゃないの!

今となっては次男には次男なりの資金計画が出来上がっているだろうから、お袋が異議を唱えたり、兄貴が横槍を出したりすればきっと大混乱が起るだろう。義母は家を出てしまえば今後次男夫婦とは関係を絶ってもかまわない、ぐらいの覚悟だと思う。けれども、問題はオカネ。

これが一番いやらしい。私の予想では、お義母さんは無一文で自分の家から追い出される事になるんだろうな、と見ている。10余年前、持っていた預金を全部はたいて、次男と一緒に暮らすために家を買ったのだ。見知らぬ土地で。(あの頃、私達夫婦はアメリカにいたし、いつ帰国するとも知れなかったし、第一、義母は私が気に入らなかったし。)義母の立場からすれば、追い出される、って気持ちだろう。でも、義弟の立場からすれば、ずっとお袋の面倒を見るつもりだったのにお袋がどうしても嫌だって言って、勝手に出て行くんなら、好きにすれば!」かも知れない。したがって、義母の取り分はゼロ。ってことだってある。

そうなってくると、義母からの資金援助はあてにできない。私達夫婦は自分達の力だけで新居を購入しなければならない。

(まあ、その方が煩わしさがなくて良い。お義母さんから援助してもらえば、彼女の意見も反映した家にしなければならなくなって、遠くはなれて住む私たちには物理的に不可能に近いし。)

煎じ詰めれば結局資金、かな。

やっぱ、これだ…

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事故現場に遭遇

乗用車とバイクの接触事故。なんて毎日のようにあちこちで起っている。でも、その現場に自分が居合わせるなんて事は―ありがたいことに―今までなかった。

事故の当事者でなく、単にその場に遭遇しただけだが、今後もこういう経験をせずに済みますように、と願わずにはいられないのだが。

犬も歩けば棒にあたる―お正月のカルタじゃないけれど、私たち呑気者の夫婦が重い腰を上げて、ネットで見つけた良さそうな不動産物件の概観と周辺の環境だけでもチェックしておこうじゃないかと出かけた京都での出来事。

夫と二人で地図を片手に、この辺りかな、この交差点を左に曲がるんだよ、なんて言いながら交差点に差し掛かった。その直後に近くで聞こえたバンッという音。エッ、と思って辺りを見回すと10メートルとはなれていない所にバイクが倒れ、人がうずくまっている。軽乗用車を運転している女性が窓を開けて「どうしよう!私どうしたらいいんですか?!」と悲鳴に近い声を上げた。歩行者は私達夫婦だけ。傍を後ろから来た車が通り過ぎていく。迷惑そうにクラクション鳴らしながら。(実際交通の妨げになっていた。)

バイクの女性は身体を起こしたが、口からボタボタと血を流している。頭も打っていないし、意識ははっきりしているのを確認して、すぐ夫に119番を電話させる。(諮問認証機能付きの携帯って、不便よね!こういうときに限って、ちゃんと認識しなくて、もたもたしている夫に、「何やってんのよ!」と叫びたくなった。)

自分が当事者ではなかったので、私は驚きはしても考える事ができたが、当事者だったら、と思うとぞっとする。だって目の前で人が血を流している。動転して当然だ。現に軽乗用車の女性はパニックになっていた。救急車は私達が呼んであげたものの、そのあとどうしたらいいかわからない。「私どうしたらいいんでしょう?」と聞くので、私が「とりあえず、車が邪魔になっているので動かして!」と言ったら、どこに動かすかも分からない。動かす場所を指示してあげたけれど、今度は「あのー、警察に電話していいんでしょうか?」と聞いてきた。人身事故なんだから、警察に電話するのが当たり前だ。普段ならそんな事疑問にさえも思わないだろう。可哀想にそのくらい動揺していたのだ。

壊れた大きなバイクを動かすのに夫がてこずっていると、ようやく通りかかったタクシーの人が止まってくれて、手伝ってくれた。

そのうち救急車がやってきて、怪我をしたバイクの女性を救急車に乗せてくれて、今度は警察がやってきて、私達夫婦は放免された。事故現場に最も近くにいて救急車を呼んだけれど、事故そのものを目撃したわけではなかったから。

バイクの彼女、大きな怪我でない事を、早く良くなる事を祈りながら、ここに何をしに来たかというと家を見に来たのだから、取りあえずその辺をうろうろ歩いて見たのだった。

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初仕事

新年!

今朝の道路は空いている…はずだったけど、そうでもない…そうか、初詣の自家用車で結構走ってるなあ…みんな楽しそう…

そんな中で今出勤!の人はきっと、あの元旦版の重い新聞を配達しているあの人と、私ぐらいだよなあ…

それにしても寒い。ハンドルを持つ手が凍りつきそ。

今年も頑張るぞぉ!!!

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大掃除

昨日で今年の分のシフトが終わったので、今日は自分の家を掃除しなきゃ。

ってなわけで、まずは外回り。雨模様で落ち葉がくっついていて取れやしないので、ここは適当にしてきれいになった事にしよう。

窓拭きやって、ベランダやって、結構きれいになったじゃん!

庭は―もっと暖かくなってから、来年しよう!

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愚痴ばかりじゃいや。

義母が電話して愚痴をこぼす。同居している次男夫婦に対する不平不満だ。私はただ聞いてあげて、相槌を打ってあげて、同情してあげて、ちょっとだけ次男夫婦の弁解みたいな事も言ってあげたりする―人間関係のこじれって一方的にどっちかが悪い、というものではないので、きっと次男夫婦には彼らなりの言い分があるんだろう。彼らは私と話をする気持ちなんて欠片もないだろうから、弁護してあげる必要さえないのだけれど、義母の言い分だけが全てではないんだろうと、割り引いて聞くことにはしている。

それにしても―プレッシャーである。こっちに呼んで欲しがってるのがよく分かる。愚痴の果てに「我慢できなくなったら新幹線に飛び乗っちゃう!」とくる。「新幹線に飛び乗って」どこに行くかというと、行き先は新大阪―。

ちょっ、ちょっと待って!勝手にそんな事決めないでよ!まだ同居って決めたわけじゃないんだから。と心の中で叫んでみるが、どうやら、義母の心の中では『独りで住む』のは現実的じゃないから私達の所に来るのが現実的、って言う結論に達しているようだ。

ここら辺の認識が私と義母、そして夫と間でずれているんじゃないかと思う。長い間母親のことをかまいもしなかった夫がようやく母親に会って話したときに、夫としては『一人暮らしはとっても非現実的だよ。ボクたちとも同居も簡単じゃないよ。』って言ったつもりだそうだが、(少なくとも私にはそう説明している)むしろ義母は、こっちに呼んでくれたものと思い込んでいるようだ。

彼女にとっては、いつこっちに来るか、問題はそこだけになっているのかもしれない。次男と同居するために建ててやった家の事、その家の行く末には関心がないかのようだ。

私が彼女と一緒に住むのを躊躇するのって、これって非情なのかしら?

一緒に住んでいるのを想像してみる。家事は―わたしがするんだよね。でもとっても手抜きなので困ったな。手抜きでも何でも、今まで我が家は私の城で、私だけの領分だったのだから、それをとやかく言われる筋合いはない。キッチン、ダイニング、リビングと全て私が気に入るように配置してきて、壁の絵や写真、私のつたない作品を所狭しと飾る権限も全て私にあった。もうこれはインテリアと呼べるような代物ではないけれど、自分の城だもの好きにしていいのだ。

でも同居したら―?
ものの置き場所だけじゃなくて、私の居場所は―?今までは子供達の部屋を除く全ての場所が私の居場所だった。料理を作るときは必ず好きな音楽を流して、野球のシーズンにはラジオでナイター中継を聞いて、片づけをして、ショッピングやニュースサイト、音楽聴くのにいつもラップトップはつけっ放し。ダイニングキッチンでお茶を飲みながら本を読んで、家族のいない休日にはリビング独り占めして好きなDVD見て。夏は仕事の後で浴びるシャワーって気持ちいいんだなあ。半裸状態で扇風機の前に座ってぼうっとして。誰にも何にも言われるはずじゃなかった事なんだけど。

夫が『お袋の部屋』って事を口にするたびに思う。「お袋に一部屋確保して」―みたいなことを。でも、私だって『私の部屋』が欲しい。夫婦の寝室じゃなくて。でも、そんな事を言ってはいけないんだよね。少なくとも口に出すとまずい。だって、そういったら夫が急に不機嫌になって、「そんな風に皆が好きな事を言っていたらどんな家も買えない!」って、怒ってしまって以後住宅購入は停滞しているから。忙しいのもあるけど。

ホントのところ義母のことを考えている余裕はあまりない。他所の家庭の話どころじゃなくて、うちの馬鹿息子の大学進学で今は頭がいっぱい、心がいっぱい。あんまりにも自己中心的なヤツの言動に怒って「もうママは一切かまわないから自分で好きなようにしなさい。どこからもファイナンシャルエイドのオファーがなくて行くところがなかったら働きなさい!働いてお金を貯めるなり大学を諦めるなり、好きなように!」って叱り付けたから、親子の中も冷えている。

電話がなって番号表示に義母のナンバーがあると、またか…なんて私は不孝者…

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赤い星

早朝の夜空が美しい。この季節は4時半といえばまだ夜と同じ。冷たく澄んだ夜空にひときわ美しく輝いているあの赤い星はなんだろう?東の空なんだけど。今年は火星が接近しているらしくて、あれはひょっとして星、ではなくて火星かな?

赤い星―炎の星のように見えるけど、光を出さない惑星か―。

地球は火星から見たら青い星に見えるかな?

それにしても、星が減った(わけはないけど)。夜の暗さは今となってはぜいたく品か…

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誕生日に激怒

息子の18歳の誕生日は大荒れである。天気の話じゃなくて、私が。

あまりにも無責任で自分勝手で、それはそんな風に育てた親の責任、私の責任なので、怒ってみても所詮自分に帰ってくるだけなのだが、それなら、やっぱりここらで世間の厳しさを教えないと。

親がいくら怒ってみても、子供は知っている。親は所詮子供がかわいいので、最後は何とかしてくれるだろう。世間体だってあるし。子供は親を手玉に取る術を本能的に知っているんだ。

でもここはそこをぐっと踏ん張って、絶対に譲らない、ってところを見せないと。

今のアマちゃんのアイツを育てたのは私なんだ。あいつがかわいいから何でも気に入るようにしてやって、転ばないように手を引いて、でこぼこみちの石ころを先回りして取り除いてやって。でもそのおかげで大した怪我もせずに育ってきたら、それは全部自分の手柄であるかのように勘違いしている。周りの人の好意で立ち直る事ができたのに、さも自分に力があったかのように思い上がっている。

きっと自分ではもう大人のような気がしているんだろうが、それならそれで本当に大人になってもらわなければ。18歳なんだから。

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エンジン停止…

仕事帰り。いつものように渋滞で、信号待ちをしていると、いきなり車のエンジンが止まった。その昔、免許取りたての頃、まだマニュアル車に乗っていた頃、半クラッチがうまくできなくて焦ってエンスト、なんて事が確かにあったけれど、それはずうっと昔の話で。

今までいろんな車に乗ってきたけれど、交差点でいきなりスウッと静かになってしまうなんて初めて!一瞬何が起ったのか理解できなかった。後ろに繋がった車達はブウブウ鳴らすし、頭の中が白くなりかけた。エアコンやラジオを全部OFFしてエンジンをかけなおしてみたら幸いに無事かかって、何とか行きつけのガソリンスタンドまでエンストすることなくたどり着いたけど、いつまた停まってしまうかと気が気じゃなかった。

疑わしきものはスパークプラグかな?ってことで取りあえず交換してもらったけれど、いきなりエンジン止まるほど劣化していたかと言うと、それほどにも見えなかった…今までの交換では明らかにもっと磨耗している状態で取り換えてたけど、こんな事って一度も無かったぞー。

車も年を取ったのかな。私と同じでちょっと休みが必要だった?

そんなこんなでアタフタしながら家に帰ると、息子は学校を休んでいる事が分かったし。頭痛がするから、だとさ。毎夜毎夜いろんな理由をつけて遊び歩いているからじゃないの?

大阪府知事選にはハシシタとかいう人が出馬するらしいし。って言ったら、それはハシモトと読むんだと、息子に教えてもらった。タレント弁護士らしい。テレビを見ない私が知らないだけで、有名なの?とにかく、大阪にはこういう『タレント系』の人しかいないわけ!?

文句を言ってみたものの、そうか、私はもうすぐ大阪府民ではなくなる。どの道、今までも大阪人ではなかったし。どこに住んでもそうだけれど、所詮よそ者なんだ。府知事選挙の候補者のことをとやかく言う資格なんて無かった。

京都に引っ越したら、そして何年も住み続ける事ができたら、いつかはよそ者でなくなるのかなあ。

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食品偽装とラベル社会

食品の賞味期限や産地の偽装とかいった事件が起ると世間は大騒ぎをする。というかメディアは。私だって外食産業に働いているので、外食産業の実態とか、会社と現場の従業員との関係とか、そういう観点では敏感にならずにはいられない。

いつから日本はこんな風になったんだろう?実際にその食品を食べた事による健康被害ではなくて、食品の製造・流通・販売過程での法令違反が多発(多数発覚)するようになったのは。

雪印事件はやっぱり大きかった。海外との関連で言えばBSEか。
こういう事件をハイライトにしながら、きっと食品の安全と健康への関心が高まった、とも言える。

一方で、食品を扱う企業は、どんな巨大企業に見えても、一つ間違えば一瞬にして奈落の底に落ちて行く脆さを持っていることを見せてくれたもの確かだ。考えてみれば人の命を創る「食」を生業にしている企業に「一つの間違い」は許されないのかも知れないが。

世の中の人たちはメディアが騒ぐほどに敏感なのかな?
1.こういう偽装はどこでも多かれ少なかれやってる。
2.でも、あまりにも悪質なのは許せない。
ってあたりに人々の意見は落ち着くのだろうか。

外食産業と全く無縁の夫に聞いてみたら、「偽装って言うのが、そもそも消費者を愚弄している。けしからん!」とお怒りだった。なるほど。正論である。

その彼が日ごろ食しているものは、90%以上と言っていいだろう、私が家のキッチンで料理したものだ。私が料理すると言っても、料理の具材には、当然賞味期限の刻印された加工食品だって、使われている。で、ごめんんさい!私は賞味期限の切れたものだってしっかり使ったりする。知らずに彼は食べているけれど。へへへ…

『偽装が問題になる社会』というのは、健康に問題があるかどうか、味が落ちているかどうかが、もはや基準ではないんだなあ。消費者は食品を買うことで健康や安全を買っているんじゃない。食品についているラベルで、日付と数字で、命を買っているんだなあ。毎日、毎日。誰も彼も食品を手にとって、目で見て、においを嗅いで、味わってみて、その鮮度や品質を確かめられる能力(その機会も含めて)持ってはいない、ということなんだ。食品の保存技術・流通の発達のおかげで、そして食糧生産の場面から消費者が切り離されてしまったおかげで、人々は命をつなぐために記された表示を買うしかないのだ。

悲しいかな、食品偽装は現代病なんだ。

ラベルを買っているのは食品だけじゃないけどね。多くの人がマンションの耐震偽造でショックを受けたけれど、結局の所、住宅を購入する時に実際に耐震性があったことを確認してから購入する人なんていないわけで、(仮に建築現場を見せられたとしても、それが実際の耐震性として認識できるわけじゃないから)、業者と基準マークってやつを信じて買うわけでしょ。不動産の価値を大きく左右しているのは、そういう目に見えない、手に触れることのできない『適合』しているという信頼。

形の無い、物ではない、モノに依拠する社会。時代が進めばそれはもっともっと進行するんだろう。お金だってそうだものね。例えば我が家の貯蓄だって、確かに僅かではあるけれど、ホントにそのお金はどこにあるかと言えば、通帳に記入されているけれど、そこにあるわけじゃない。『銀行に預けてある』気がしているけれど、実のところ銀行に『うちのお金』があるわけじゃない。オンラインで、お金の出し入れをするけれど、実際には現金輸送車で運ばれているわけじゃない。どこにあるんだろう?って気さえしてくるのは、私だけ?

危うい社会なんだとつくづく思う。危うくない社会が人間の歴史であったかどうか知らないけれど、ここまで実体の無いものに依拠する社会、というのは人間だから出来ることなのか、それはやはり進化のおかげなのか、ありがたく思うべきなんだろうか。

食品偽装から、話が大きくなってしまったけれど、食べるものの鮮度も品質も自分の五感を頼りに選びたい!私はラベルなんかで縛られたくない!もちろん仕事の時はそんな事言ってられないんだけど…

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タバコの煙と風邪と

今日は朝から気分が乗らないままに、一日が終わろうとしている。きっと風邪を引きかかっているせいだ。早朝からお店が忙しかったせいもある。暖房による乾燥と、店中に充満しているタバコの煙とで喉と目がヒリヒリする。

喫煙による健康への害と、さらにそれを上回るセカンドハンドスモークによる害が指摘されながら、どうしてアメリカのように日本でもレストランなど飲食店を含む全ての公共の場での喫煙が法律で禁止されないのか不思議でならない。一部の勇気あるレストランでは全面禁煙するところもあるようだが、大阪ではきっと無理だ。喫煙人口(率)もきっと全国平均を上回っているに違いない。

忙しい時は当然ながら店内に漂うタバコの煙も多いわけで、そういう時必ず私は「もうこんな仕事辞めてやる!」と心に誓う。でも、実際にそれが嫌で仕事を辞められるほど今労働市場は求職者に甘くないので、仕方なく働きつづける。悲しい不安定労働者の一面だ。

家族(親戚も含めて)や親しい人の中ではスモーカーは一人もいないので、タバコと喫煙者について感じることをいくらでもいえるのだけれど、ひとたび仕事関連になるとそうは行かない。あちこちスモーカーばかりで、うっかり愚痴をこぼそうものなら、たちまち人間関係を悪くする。

だからこそ思う。タバコを吸わない人が傍に居ても、平気で狭い部屋の中で火をつける無神経さに、1.その人の人間性?2.地域的な後進性?3.そもそも日本人はお互いに忍耐しあう事をコンセンサスとしている?

普段なら心の奥深くにしまいこんでいるこんな不満が、今日は体調のせいだ、ふつふつとわきかえっている。

些細な言葉や態度に傷ついてしまうのもきっと風邪の引き始めのせい。風邪薬飲んで寝よう。

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20歳の誕生日

20年前の今日、冬晴れの朝に娘は生まれた。新米ママで、何もかも初めてで、いつもイライラしてばかりいた私だが、そんなママにも関わらず、娘は優しい良い娘に育ってくれた。

誕生日おめでとう、というよりは、立派に育ってくれてありがとう、の日である。

20歳になったからといって、娘に対する私達親の心配が減るものではない。傍に居ないぶん余計に気掛かり、ということもある。親が敷いたレールの上を走ってくれている間よりも、今の方がずっとやきもきしたりもする。

それでも、20歳。

そうか、選挙権もできて、国民年金にも入って、親の同意なしでも結婚だって出来るんだ。

おめでとう。20歳。

もうちょっとママの子供でいてよね、もうちょっとだけ、さ。

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娘の進路

アメリカの大学で3年生の娘が、卒業後の進路の事でメールしてきた。

それなりには考えているようだ。でも、考えているようで、どこまで考えているんだか…

中途半端な専門職じゃあ、就労ビザは出ないぞー、って言ってやったんだけど…

来年の夏一時帰国するのを待たずに、一度会いに行ってこようかなぁ…

会った所で所詮自分の将来を決めるのは娘自身なのだけれど…

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仲の良い夫婦

仲が良い夫婦といっても、我が家のことではない。残念ながら。お店に来るお客様でとっても仲がいい御夫婦がいらして―うらやましい。

夫婦で朝からファミレスでお食事って言うパターンは珍しくなくて、週2~3度必ずいらっしゃるカップルは何組もある。この商売で楽しいのは人間関係の観察が出来ることで、料理の注文の仕方一つで家族の人間関係が分かってしまう。。どのカップルもそれなりに仲がよさそうには見える。

一緒にレストランで食事をするからといって必ずしも仲がいいとはいえない。でも、本当に仲の良い夫婦って言うのはやっぱりあるんだなあ、って感じるんだなぁ。

皆、年配で少なくとも3、40年は夫婦やってるでしょ、って感じだ。でも若い世代よりもずっとお互いへの気遣いが溢れている。そのまなざしや言葉の端々に触れるに付け、尊敬してしまう。

そして、うらやましい。

私達もこんな風になれるかな?お互いの棘がちょっとづつ取れていけるんだろうか?

ちょっと無理っぽい…かな?

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職場の人間模様

自分の一生懸命は必ずしもみんなの幸せにはつながらない、というのは悲しい真実。

みんなに良かれと思って誠実に働いてきたはずが、いつしか他の人との距離を広げているとしたらずいぶん損をしている。

私に対してとても気持ちの良い人も、他の人にはそうではない、その逆もまた然り。波長が合う人合わぬ人、個人的な感情を抜きにして仕事だけに徹するなんてそもそも出来ない話。人が二人以上いれば必ずそこに人間関係は発生するのだから。

人間関係って、いつも難しいー!

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私もまだまだ闘っている、きっと自分の中の不安と。

同僚の子供が病気だ。子供の病気って本当に辛い。病んでいる子供もかわいそうだが、母親の気持ちと看病の大変さと、家族への影響と、それらが全部母親の肩にのしかかってくるその苦労を思うと、胸が苦しくなる。とても他人事ではない。

頑張って、という単純な一言は出てこない。すでに十分頑張っているのだ。やつれ気味の彼女が『大丈夫だよ。』とけなげに笑うと、こっちの方が目が熱くなる。

ホントに他人事じゃないんだ。うちだって―
もう息子は大丈夫だ。きっとこのまま元気になって、自分の力を信じて大きくなっていくはずだ。って、もうそろそろ思いかけている私。でも、たった1日か2日元気をなくしていると、たちまちしまいこんでいた不安の芽がムクムクと頭をもたげてくる。

8月末に始まった新学期からずっと頑張り続けてきて、きっと疲れたんだよ。週末も休みがほとんどなかったし、ようやく一段落した今週、その疲れがどっと出たんだよ。だから、少し休めばまた元気になるさ。と、常識を持った私が主張するんだけれど、一度不安の森をさまよった事のある私は納得しようとしない。悪い方へ、悪い方へ…

だめ、だめ。そんな事を考えては。

明日はきっと晴れるから、そしたらきっと息子も元気になる。

やれやれ。一体いつまで私はこんな役に立ちそうにもない心配の森の中を歩き続けるのだろう。母親ってみんなそうなんだろうけど。

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恋する娘

アメリカの女子大に通っている娘からメールが届いた。

「あのね、今付き合っている人がいるの。」

一瞬、誰からのメールだったか混乱して、変なピンクメールかと勘違いしてゴミ箱に行くところだった。

えっ!?そ、それって、相手は男?少なくとも同じ大学の学生じゃないよなあ。女子大なんだから。変な男に引っかからないように、という思惑があったわけではないけど、本人が希望したからなんだけど、女子大だとそういうことが少ないだろう…とちょっと期待していたのだ。

この夏帰って来ないと思っていたら、そうだったんだ!まあ、言ってくれるだけありがたいかな。でも、子供は作らないでね。まだ。私はまだおばあちゃんにはなりたくない!まだ未成年のくせして子供は作るなよ!あやうくそうメールしそうになった。

娘はあまり自分の気持ちを人に伝えるのが得意ではない。幼い頃から『一匹狼』と言われ続けた。同級生の友達は作らず、年上とか年下とか、うーんと年上とか、学校とは縁のない世界の人と仲良くなるのが好きだった。大学でもきっと同年代の女の子よりも、外の世界の人たちのほうが好きなんだろう。どうやって出会ったのかな?ウオールクライミングかな、コーラスかな、シンクロナイズドスイミングかな?謎は果てしないけれど、あまりいろいろ聞かないでおこう。彼女は自分が話したいときにしか話さない。

心配しないでね、学業優先は分かっているし、ちゃんとやってるから、という。もちろん彼女には『学業優先』などという日本語のボキャビュラリーはない。Schoolをprioritizeしてる、んだそうだ!

誰も知り合いのいない町で、そうか、心を許せる人に出会えたんだ。よかったね。

とか、きれいにメールを返す私…

本心はそんなに簡単じゃない。その彼(男と仮定して)とはどこまで真剣なの?むかし仲良くしてた男の子の友達と同じようなレベルで?そいつは何人だ?(国籍は?人種は?)それがどうって事はないけれど、きっと日本人じゃないだろう。日系人はいても、あの地域じゃ日本人がそうそういるとも思えない。

それがどうって言う事じゃないといいながら、私はアメリカ人との結婚はして欲しくないとひそかに願っている。(娘に言ったら、なに先走ってるのよ!と軽蔑されそうだが。)なぜかといえば、アメリカ人はすぐ離婚するから。カリフォルニア州なんか離婚率6割だ。結婚した夫婦の6割が離婚する。子供がいなくて離婚するぶんにはまだいいけれど、子供がいたら大変だ。一人の人と添い遂げるばかりが幸せかどうかは分からないけれど、明らかに異なった価値観で生きている。

夫婦と子供という家庭像は日本でも崩れつつあるけれど、アメリカでは新しい家庭と社会のあり方を実験でもしているのかと思うほどの様相だ。アメリカでの過ごした小中学校時代に、継母・継父・ステップブラザーズ・ステップシスターズたちがたくさんいるクラスメート達を娘は見て育ったから、ある意味で違和感はないだろう。それも私には不安要素だ。簡単に結婚すると、簡単に捨てられちゃうよ、と思ってみる。まさかその彼のために将来の夢を早々と捨てるなんて事はいわないよなぁ、そうしたければそれもまた自分の選択だけどさ、せっかくここまで投資してきたんだからさ、親として。はっきり言って、どこの馬の骨とも分からないような男に早々にくれてやるためにここまで育ててきたわけじゃないぞ、と心の中でつぶやいてみる。いかにも陳腐な反応しかしない自分が情けないけど、仕方ない、親なんだもの。

そんな心配をよそに、娘は今楽しくて仕方ないんだろう。育った南カリフォルニアで山火事が燃え続けていても、大騒ぎのメールをよこさない。

恋せよ、娘。でもあのワイルドファイアーのようにコントロールを失わないで!

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義母の恐れているもの

人はそれぞれ恐れているものがある。恐れている事態を避けるために日常どういう行動を取っているかを見れば分かる。

私は朝寝過ごす事で、目覚ましを10分ずらして2個セットして寝る。二つともちゃんと鳴る事を確かめずに寝ることはない。

息子のは、人の期待を裏切る事で、勉強でもクラブ、バイトでも自分の為というより期待に応える事が第一義になっている時がある。

夫は、間違った事をしない事で、常に正しい事しか言いたくない、正しい事だけしたい、だから、だんだん決まりきった行動しか取らなくなって、次第に無口になる。

娘のは?何だろう?彼女を見ていると恐れるべきものは何も無さそうだ。うらやましい話だ。傍目には気楽そうに見えても、内心はとても繊細で良い子なんだよ、と私はいつも彼女を擁護するが、皆は疑わしそうな顔をする。自分ではストレスを溜め込まずに周囲の人にストレスを感じさせるタイプだと言われる。恐れているもの―あるとすれば地上からバナナが全滅する事ぐらいか…?バナナは生物学的に絶滅に至るまであとわずかだとどっかの科学者が言ってた!

私の母のは、雑草が大事な畑や庭に生える事で、毎日草取りをして一本の雑草も許そうとしない。腰が曲がっているというのに。我が家に遊びに来ると、暇さえあれば庭に出てひたすら草を抜く「抜いてもすぐまた生えるからいいのよ、せっかく来てくれたのに、そんなのほっといていいよ。」と私が言うと、「またすぐ生えるから抜くんじゃないの!」と切り返す。自分の庭でもないのに、草の生えた地面が嫌いなのだ。

義母の恐れているのは何かを昨日発見した。

ここ3週間ばかり私が電話せずにいたら、向こうからかけてきた。同居している次男の嫁とけんかしたようだ。(これが彼女の恐れているものではない。)アドレナリンが高まっているのが口調で分かる。

で、開口一番「私ね、この間あんな事(私の夫に)言ったけど、ムシが付いているから、そっちに行くと迷惑をかけるといけないから、やっぱり遠慮しようかしら。」

???

何の事だか分からない。

まず、「あんな事」だが、これは想像がついた。先月長男である私の夫と会った時に、今次男夫婦と一緒に住んでいる家をでて私達と同居したいと言った、その話だ。夫は、私に対しては「おふくろは同居したいなんて言ってるけど、『資金も限られてるし、そんなうまい具合に行かない』って言っておいたよ。」と話した。義母の口調ではちょっと違う。どうも、息子は「来ていいよ」って言ってくれたと思っている。

次。『ムシ』って?何度も聞きなおしてようやく分かった。虫である。しかもおそらく家ダニだ。彼女いわく、昔住んでいた名古屋の家でも何度も消毒したり、業者に来てもらって燻蒸したりしてたんだけど、相変わらず虫がごそごそしたのだそうだ。
そして、10年前に名古屋から仙台に行って新居を建てた時に、自分の身に付けて名古屋の古い家に巣食っていた虫を連れて行ってしまった。毎日必死で掃除しているのに、どうしてもごそごそと虫が這っている。(彼女の掃除は半端じゃない。家中の床を掃除機をかけた後で殺菌作用のある洗剤で雑巾がけをする。畳も毎日拭きあげる。窓のサッシも全部雑巾がけ。衣類も全て洗剤にプラスして除菌剤を入れて洗う。)それでも気が付くと虫が這っている。らしい。

で、今度私達と同居をするときにその虫を連れてきてしまうと私たちに迷惑がかかるといけないから、同居は遠慮しようと思う。って言っているのだ。

私は一瞬何と言って良いか分からなかった。瞬時に浮かんだいくつかの回答例―
1.はいはい、そんな虫なんて持ってきて欲しくないし、同居なんてとても無理ですわ、おほほ。

2.ちょっと待ってください、夫が何を言ったか知りませんが、私は同居の話は聞いてませんけど!

3.きっとお母さん神経質になりすぎて、居もしない虫が居るような気がしているだけよ。気のせい、気のせい!

どれも言えなかった!実際に言ったのは―
どの家にだってダニはいっぱいいるし、うちにもいるわよ、いっぱい。あんまり頑張りすぎてきれいにしようとするからきっと少しの汚れや一匹の無視でも気になるのよ。私もそうだけど、少々物ぐさでたまにしか掃除をせず、それもいいかげんにやる人は、ダニがいようがなんだろうが、気にならないのよ。私なんか、天井をクモが這っていたって『あ、虫を食べてくれるわ』って思って気にもしないわよ。虫を全滅させようと思ったってそんな事は不可能で、虫なんていたっていいじゃないの。一緒に暮らせばいいのよ。

さぞかし私はがさつな人間に聞こえた事だろう。義母のようなきれい好きなスーパー主婦にとっては天井をクモが歩き回る様子など、考えただけで寒気がするもの!のはずだが。こんなが雑な嫁と同居は出来ない!と思ってくれればいいのに、なんてちょっと期待したりして。

あにはからんや、義母は「そう!?そういってもらうと嬉しいわ!やっぱり電話してよかった。気が楽になったわ!」

!!!

義母の恐れているのは目に見えないほど小さな虫である。毎日ひたすら掃除する。掃除してもしても、きりがない。

うーん、それにしても、義母はますます私と一緒に暮らすのを楽しみにし始めたかも…

それから、どうして、この男(夫)は、あいまいな態度で母親も私もずるずる引っ張るのだろう。そうだった、彼は間違った事を言うのが何より怖いのだった!

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歯が痛い、と思って…

昨日雨の中を歯科に行った。もう10日も歯茎というか、その根っこの方が痛い、あごの辺りに響いてくる。歯そのものはきれいに見える(10年近く前に治療してセラミックがかぶせてあるんだからきれいなわけだ)。でもその下が、歯の根っこはきっと傷んでいるに違いない、腐っているかも…そしたら、抜かなきゃいけないのかなあ、怖いなあ、自然に治らないかなあ…

なんて事を思いながら10日我慢した。でも、もう我慢できない、食べ物をかむ事はもちろん、顔の筋肉を動かしても変えるのも響く。一日中そぼ降る雨を見ながら、どうしようかなあ…痛いんだけど、雨だし…でも今日は金曜だし、今日行っとかないと週末ずっと我慢できるかな…ってなわけで、意を決して、ほぼ一年ぶりに歯医者さんの椅子に座った。でも、今回は初めての歯医者さんへ。

ここに越してきてからこの数年間、私自身と子供達を含めて何度か通った近くの歯科はどうしても好きに慣れなくて、次に何かあったら、別の所へ、と思っていたからまあ、いい機会だ。でも、歯医者さん探しって億劫だ。病院だってそうだけれど。痛いところがあるから行くわけで、そういうときには評判の良い所に行きたいのももちろんだけれど、自宅から近いとか、すぐ診てくれるとか、出来れば苦労せずに楽になりたい。

そんなわけで、評判はどうか分からなかったけど、とりあえず自宅から歩いて10分ほどの別の歯科へ。

行って良かった。とりあえず。だって、歯の根っこもなんともなかったし、ただの口内炎みたいです、って言われて、「えっ、そんなぁ。だってとっても痛くって、もうあごの方の骨まで響いている気がします」とか、言い訳してみたけど(だって何だかそれだけの事で大騒ぎしていたのはちょっと恥ずかしい!)、でも、やっぱり根っこが腐っていなかったっていうのは朗報だ。口内炎の薬もらって、次回クリーニングの予約して、もうそれだけで肩の荷が下りていくって感じ。

あー、私肩が凝ってたんだー!歯が悪いと肩凝りになるけど、私の場合は、歯が悪いと思っただけで肩が凝ってしまってた。もともと肩凝り性なんだけどね。

降り続ける雨の中を家路に着きながら、一人ほくそ笑んでしまった。

今日の雨は悪くない、と。霞む家並みのどこかから金木犀の香りも混じって。こういう雨は癒しの雨。

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ワッフルメーカー

ワッフルメーカーが欲しい。今使っているのは7年前にアメリカで買ったヤツで、シアーズのオリジナルブランドのKenmore。あまりにも使いすぎて勤続疲労が来ている。フッ素加工の黒い膜みたいなのが、ワッフルを焼くたびにはがれる。

でも、こんだけ使ってやれば道具にしても本望なんじゃないかと勝手に思っている。あまり使わない時期も確かにあったが、ここ数ヶ月はまた以前のペースに戻って週3回はワッフルを焼くから。

胃がんのために胃を全摘手術した夫は、食事に対してとても過敏になった。食品の種類、食事の量、摂り方。元気な時には想像もしなかったような努力をして毎日栄養を補給している。術後10年経ったから、彼はガンを乗り越えた人の一人になるんだろう。知らない人は「胃って取っちゃってもまた生えてくるんだってね」なんてお気楽な事をおっしゃって、こちらとしては励まされてるんだか、馬鹿にされてるんだか分からない思いをすることが良くある。もちろん、摘出した胃がもう一回生えてくるなんてありえないし、もと胃のあった場所に置かれた小腸が胃の働きをして胃液を分泌してくれるなんてありがたい事もない。摘出した以上は胃の機能は失われてしまったわけで、胃液にもまれなかった食物は直接小腸で消化吸収されることになる。毎回の食事が、どれほど大変かは知らない人には想像がつかない。10年生き延びたのはガンを克服した証拠だけれど、ガンの克服は何も薬との闘いや副作用との闘いばかりを意味しない。毎日毎日の3度の食事そのものが(彼の場合は5回ぐらいに分けている)闘いなのだ。

夫もその例外ではなくて、食事のたびにつまらせたり食物が逆流したりして苦しまなくなるのに1年半かかった。この10年間、ぬぐいきれない再発への不安の一方で、自分にとっての苦しみの少ない食事摂取を模索し続けてきた。

彼が一人でそれを探せるわけもなく、当然のごとく私が『夫の食事に心を配る』のは当たり前とされてしまったので、あーでもない、こーでもないと、試みたものの一つが朝食のワッフルだ。

食パン、ロールパン、サンドイッチ、ペイストリー、色々なパンを試してみたけれどパンである以上イーストのせいだろうか、どれも相性が悪い。ご飯は朝から重過ぎる。生の牛乳をかけたシリアルはお腹が受け付けない。軽くて、短時間で食べられて、栄養価のあるもの、と考えてたどり着いたのがワッフルだった。卵、牛乳、小麦粉、マーガリン、砂糖だけを使って、しかもメレンゲを使って焼き上げるのでフワフワ、さっくり、ほんのり甘い。彼の一度の食事量は成人男性としては極端に少ないので、出来るだけカロリーが高くて栄養がある材料を使いたいところだが、欲張るとお腹は正直で、消化できなくなる。お料理上手の人ならばいろんなバリエーションもあろうが、私のはいつも同じ。甘みも押さえて、フワフワ、かるかる。メレンゲを泡立てる時間と手間がめんどくさいけど、まあ、同じのを10年も焼いてりゃなれるよねぇ。飽きるというべきか。

私は『飽きて』しまったワッフル作りも、夫はこれを一日の起点の食事としているので、欠かすわけにはいかない。

ワッフルメーカーが老朽化してきたんだから、買い換えるしかなさそうだ。

マシンは、今ので2台目だけれど、今度はKenmoreは手に入りそうにないし、別のが欲しいなあ。ビタントニオのがプライス的にも使い勝手も良さそうかな、と思っているんだけど…

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母親の気持ち

親である事はかくも切ない。子供が病気の時。重大な病気かも知れない時。何かをしてやりたいけど見守る以外の何も出来ない時。

今日は私の話ではない。私の同僚のこと。職場にいても心ここにあらずなのは知っていたし、その気持ちは痛いほど分かる。家にご主人がいて子供を見守っていて、自分は職場にいて、今出来ることは何も無い以上、仕事に集中する事で心の不安を振り払おうとしている彼女を見ながら、頑張れーと心の中で言う。私にはよく分かるよ、その気持ち!

医学的なことは分からない。どんな最悪の事態が起る可能性だってある。世にこれだけ多くの病名がある以上、そういうものの一つではない、という根拠はない。

でもね、たいていの場合は、実際には親が心配するほどひどくはならない事の方が多い。我が子かわいさのあまり、もしああだったら、こうだったらどうしよう…と根拠の無い不安ばかりが先立つものだ。予想できる限りの悪い事態を予想しておいたらとんでもないショックは受けなくて済むからだ。わたしもそうだ。いつもそうだった。それは子供の、というよりは自分自身を守るための自己防衛本能かも知れない。

たいていは―統計的には、であって、何の根拠も無い―取り越し苦労が多い。取り越し苦労は親の本質とも言える。でもこれがひどいと、きっと子供も不安になる。親の態度・顔色を見て、自分は(実際以上に)病気なんだと感じてしまう。病気でない時にも、疑心暗鬼になった親の態度で、不安にさせられてしまう。

私はそうして子供を育てて来た気がする。少なくとも乳幼児の頃から大きな病気をしてきた息子には先回りして心配をしてきたようだ。当時はそれと認めようとしなかったけれど、今となってはやっぱり私は過保護だったんだと思う。息子が転んで怪我をするのを恐れて、転ばないように手をつないでやる。手をつながずに歩くようになれば、道にある石ころは先回りしてどかしてしまう。転んだ事がないのだから、ケガはしない。だけど、つまづいた事がないのだから、転ばないように手を突くことを知らない。だけど、転んだ事がないのだから、転んだ時の痛みを知らない。親がどかしてやる事の出来ない大きな障害物に正面からぶつかってしまった時、自分の身を守る術を知らない。そんな大きな痛みを、泣いていいのか、堪えなければならないのかも知らない。じっと堪え続けて彼はその痛みを自分で処理する事ができなくなった。―比ゆ的な話なんだけど。

彼が2歳ちょうどで川崎病にかかって親子で入院していた事がある。その時の看護婦さんがとても素敵なお母さんで、子供を案ずるあまりに寝ることも食べる事も忘れていた私に教えてくれた。子供がかわいいからって先回りして転ばないようにしちゃだめよ、子供は転んで膝をすりむいて、転ばない事を覚えていくんだから。子供の歩く道が平坦になるように石ころを掃いてきれいに均してしまう親になってはだめよ。と、何度となく話してくれた。

彼女の言葉をこの十数年間忘れたわけではなかったのだけれど、そうなるまいと思っていた親に自分がなっていることには気付かないんだねぇ。(まるで人事みたいだ。)

同僚の話に戻って、何だか自分の姿を見る様な気がして、目が熱くなった。良くなるよ、きっと。先回りして心配して自分を押しつぶさないで!きっと元気になるからね。

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寝られてしまったお出かけ日

「今日は京都に将来の候補のマイホームの候補地域を探しに行こう」としていた。少なくとも午前中は、11時まではそのつもりだった。我が家のドライバーは私なので、GoogleMapでしっかり確認して、ついでに周辺も何枚かプリントアウトして(何しろ家の車のナビはもう7歳になっていて頼りないもので)、さあ、出かけよう!と夫を探したら、ソファーでいびきをかいている。さっき、10分前までそこにいて、もう靴を履こうとしてたじゃないの?!

声を掛けたら、すぐに目を覚ましたが、もう今日はだめだな。「疲れてるなら、今日は止めよう。」って私が言ったら、彼は何も言わずにそのまま再び眠りの世界へ。

よっぽど疲れてたのね。昨日もほとんどごろごろ寝てたと思ったけど。それでも蓄積した疲労は取れなかった…のね。

あれからずっと同じ姿勢で5時間寝続けているけど、大丈夫かしらん?

それにしても、私、今日どうしたらいいのよ。出かけるつもりでいたのに、行くんだか行かないんだか分からない状態で、何時間もこうやって待ってるけど、(実際もうこんな時間になったら行けないけどさ)出来ることといったら、音を出さないようにネットで遊ぶぐらい。

だから、「寝るんだったらベッドに行ってね」って頼んでるのに…これじゃ、YouTubeでフィギュアスケートの動画見たくても見れやしないし、CNNTVを見ようと思っても見れないし…

本を読んでいたら肩が凝ってきたし…

結局、プルシェンコのファンサイトで彼の記事を楽しんで、気が付いたらもうこんな時間…

あー、何だか一日を棒に振ってしまった気分。彼は仕方ないよ、疲れていたんだから。それでなくても虚弱体質なんだし。私、何にもしなかった!ただ、ラップトップに向かってマウスをスクロールしてただけ!

あーあ、こういう穏やかな秋晴れの日に出かけたかったなあ…今度の休みに晴れるとは限らないものね。

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金木犀はplay doughの香り?

二階のベランダで洗濯物を取り込んでいると甘い香りが漂ってきた。今年もようやく秋が来たのだ。しかし、今年は遅かった。大阪に来て7年経つが、今までこんなに金木犀の開花が遅い事はなかったなあ。我が家の2本を含めて、近隣の木はいつも9月の末から、10月の声を聞く頃にはさわやかな芳香をふりまいていたのに。やっぱり、今年の残暑が厳しかったって事かな。

金木犀は私の大好きな木の一つ。この木が借家である我が家の庭に2本もあるのは単なる偶然で、庭にも、樹木にも、その種類にさえ区別と関心のない夫が『帰国後とりあえず』住むために借りたこの家に植わっていただけの事だ。年々成長を続けて大木になりすぎて日差しを遮り過ぎる木星の木はその剪定に私の手を焼かせるのだけれど、それでも秋の日のこの香り、この香りがあるからまあ、許してやろうか。

と、まあ、私は一人で悦に入っているのだが、金木犀の香りは誰にも『良い香り』だというわけではないらしい。7年前米カリフォルニアから帰国して最初の秋、学校から自転車で帰宅した息子が鼻をしかめて言うのだ。「家ってさあ、幼稚園に近いからかなあ、窓を開けると幼稚園の臭いがするよね。(学校から)帰ってくる時にもね、幼稚園の傍を通るとplay dough(プレイドゥ=粘土)の臭いがするんだよ。」

へぇ…?

で、ピンときた!息子の部屋のすぐ外に金木犀の木があるのだ。そして幼稚園の隣には金木犀の並木道がある!そういえばアメリカで売ってたプレイドウって、こんな甘い香りが付けてあったような…。

「それって、きっと金木犀の香りじゃない?いい匂いがするよね。部屋の外にある木もそうなのよ。ずっと窓を開けときたくなるよね。」と私が言ったら、息子は「うへっ!プレイドウの匂いじゃんか!」と言って、それ以来この季節は窓を閉め切っている。

コイツはきっと変わり者なんだ。普通じゃないだろう。秋の金木犀、春の沈丁花、こういう季節の到来を告げる馥郁とした香りを楽しまなくてどうするんだ!
「それは好みの問題でしょ!」と突っぱねる息子は取り付く島もない。

でも―
この『プレイドウ』の香をかぐとこれで暑かった夏も終わり、これから過ごしやすい良い季節が到来!心がうきうきしてくる。

来年のこの季節にはどんな香りの秋が私を待っているんだろう?その家にも金木犀はあるだろうか?

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世の中は女が主役―だよね

歴史に残るような人物たちの中ではどうかは知らない。でも、日常を仕切っているのは明らかに女たちだ。

女たちはよく働く。よく我慢する。よく消費する。しかも上手に。よく喋り、よく笑う。よく怒り、よく感動する。女達がどういう社会行動を取るか、それがどう消費に結びつくか、各企業は必死になってその動向を探ろうとする。彼らの支持をえるために戦略を練る。

明け方のファミリーレストラン―
いつでもどんな日でも、何時間もねばってドリンクのお代わりに立ちつつ、恋人や夫、子供達への悩みを打ち明けあっているのは女性グループだ。20前後から、40代後半くらいまで年齢は様々だが、深夜に働き、仕事帰りに未明にやって来る女性達は多い。

仕事帰りのおばちゃんたちは特によく食べる。よく喋る。よく笑う。時に怒りを交えながら(あのー、他にもお客様いらっしゃいますので、ちょっとお声を低く…)。アルコールもはいる。よく消費しているけど、サービス券の使い方が一番上手なのも、こういうおばちゃんたちのグループだ。グループで来てうまく会計をまとめて一人当たりにすればお安く上げられる。

それは余談としても、女たちはよく頑張っているなって、思う。企業はスーパー企業戦士の男たちのおかげで成り立っていると思うなよ!こういうこつこつと地味に働いてくれるおばちゃん達、家庭に帰れば悩みをかかえた普通の主婦達(普通の主婦は皆悩みをいっぱいかかえているんだ。)のおかげで世の中回っているんだぞ!

疲れたけれども充足感もある彼らの笑顔を見ると、私だって頑張らばくちゃ!

彼らは私の背中をちょっとだけ押してくれる。そうとは知らないと思うけど。

そして、今度は私は良い朝を届けるために背筋を伸ばす。

今日私の背中を押してくれた名前を知らないおばちゃん達と、それから、遠くから電話をくれていっぱい元気をくれたくみこさんに―ありがとう!

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考えたくなくても考えざるをえない

最近の私ときたら、来年6月に予定している京都への引越しと姑との同居問題しか考える事がないのかしらと思うぐらいだ。先回りして悩まないぞー!と決意を固めたのも束の間、今日のように休日で夫と顔を突き合わせていると、彼の持ち出す話はどうしてもこのあたりの話が入り込んでくる。

夫―
母親のことは心配だ。だからと言って、夫婦二人で暮らすのがやっとかな、夏休みに帰省してくる子供達の居場所はどうしよう、って次元の私達の新居(未定中の未定)に『それでなくても狭くて悪いんだけど、お袋を同居させてやってくれる?弟夫婦とそりが合わないから。』なんてことは、私に向かってはっきりと頼めないのだ。

出来ることならお袋が文句言いながらも、弟達と住み続けてくれればいいのにな。でも、今の雰囲気だと、どうしようもなく嫌いになってるみたいだし、嫌だと思ってしまった以上、そう簡単に弟達とうまく行くように変わることは期待できないな。

かと言ってこっちに呼び寄せるって言ってもなあ…弟が勝手に処分しようとしている今の家はどうせ4/5はお袋の資金で建てた家なんだから、売れたお金の4/5はお袋のだよなあ。お袋がそれをいくらかでもこっちに援助してくれれば、二世帯住宅っぽい家が買えんだけどなあ。

まあ、夫の考えているのはこんなものだ。

広い家なら、私はお義母さんと一緒に暮らす事に異論がないだろう、という前提で事を考えている。

まずここから、彼と私はズレている。

狭い家だから義弟夫婦と義母はうまく行っていないのではない。彼らは十分に広い家に暮らしている。ここで『十分』とはどのくらい広かったら『十分』かは家族によって異なっているけれど、少なくとも彼らには『こんなに広い家は要らない』から『売ってもっと小さい家に引っ越す』ほど、十分に広いのだ。問題は広さではない。

嫁が家事をしない。休みの日に掃除をすると、掃除の仕方が雑だ。夜勤明けにひたすら寝続ける、のだそうだ。(彼女は看護婦だ。夜勤がある。寝ないほうがおかしい。掃除の仕方が雑なのは私も一緒。部屋の開いている場所を掃除してオシマイ、なのだから。)

休みの日には時々料理をする。するけど、何度教えてもちゃんとできない。何度も同じ事を言わせる。そういうとすぐ拗ねて、口答えする。こっちは教えてやってるのに!だそうだ。(きっと教えて欲しくないんだよ。いちいち細かいことで口うるさく言うなよ、って心の中で思ってるんだよ。それに誰だっていつもいつもそう叱られてばかりじゃ、口答えもしたくなるさ。)

嫁は外出の時も帰宅の時も挨拶しない。息子にはしてるのに。(お義母さんが自分から彼女に挨拶する事がないのに、どうしてお嫁さんが言う事を期待するのかな?)

義母の話を聞いていると、いつも愚痴ばかりだ。「私はちっとも間違った事を言ってないのに」「私は教えてやっているのに」ばかりだ。正直言っていい?
私だって、こんな「間違った事なんか言ってない」人、「教えてばかりくれる」人と一緒に暮らすのはごめんだ。それでもって、家族団らんや、楽しい3度の食事や、きめ細かな気配りのある家事なんて、要求しないでよ。義弟の嫁は出来が悪いからうまくいってないけど、私とならうまくいくと思っているみたいだ。一体どういう根拠で?そうであって欲しいという願望だけで、寄りかかられても、私はしり込みする一方だ。義母の愚痴を聞くたびに気が重くなる。

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電話で話すの嫌だと思っていると、掛かってくるもんだね。義母から電話。挨拶もそこそこに、たまたま傍に居た夫に振ってしまった!洗物をしているそばで話しているのが聞こえてくる―

「夜寝ていると、足が攣るし、そのうち神経も攣って、もう年寄りの事なんか気にしなくていい」
「そのうち放浪の旅に出る」
のだそうだ。

夫ももう何と言っていいのか分からない。単に脅かして同情を買おうとしているのだろうか。だからと言って、今どうして欲しいとも言わずにいる義母である。

かわいそうではある。そこまで自分で不幸になっているのは。

でも、今は私は何も言わないでおこう。

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まだ秋じゃないんだよな、これが…

きっと北の地方では秋だと思う。夫の母の住む東北でも秋だと思う。「もうずいぶん涼しいの?」と電話してみたい気もするけど、義母もそれを待ってるんじゃないかと思うけど、だからこそ電話できないでいる。「(次男夫婦)とうまく行ってる?」とも聞けず(うまく行ってないから今の事態になってるわけで)、私が呼んであげるまでもうしばらく待っててね、なんて約束できるわけもなく、出来ることならしばらく話したくない、って言うのが正直なところ。

義母が嫌いなわけではない。でも彼女が『嫁』に対して求めているものは、次男の妻にはないものねだりだったように、私にだってとてもじゃないが応えられませーん!あまりに過度な期待をもたれるとしり込みしたくなるのが人情で。「えっとー、あんまり期待されても、たぶんご期待に添えないと思うのでー、すみません!」これが言えたらいいんだけど…

この件については実家の母に愚痴をこぼすのも気が引ける。兄の奥さんは―本当に出来た人だ―母と上手に同居してくれている。いつも楽しいばかりではないはずだ。でもちっとも大変そうに見せない。そういう優等生がいると、私なんかまだ同居さえしていないのに、弱音ばかりはいていて何だか落ちこぼれ気分だ。

やっぱりこういうときは、嫁同士だよね!職場の休憩室でほんの僅か10分ほどの間に「実はさあ、同居の話が持ち上がって…」って傍に居た数人にこぼしたら、まあ、みんな喋るわ喋るわ。姑の話や、同居の話になると、みんな目の色変えてここぞとばかりにまくし立てる。日ごろの鬱憤が溜まっているのね。この人普段こんなに喋ったっけ?ってほど。

結論。嫁達はとりあえず嫁の見方である。応援されてしまった。私の義母がどんな人であるか、私との関係がどうであるか、そんな事関係無しに、「一緒に暮らしちゃダメよ!」「負けちゃダメよ!」と激励されてしまった。嬉しいような、びっくりするような、混乱しただけのような…

で、ここでまた不安になる。私が義母とうまく行くとはどうやら周りの誰も思っていないのだ。義母を知らない職場の同僚は置いといて、夫にしろ、私の母にしろ。第一私が一番疑問を持っている。

義母がそんなにも次男夫婦と別居したくて、夫がそんなにも母親を一緒に済ませたいなら、私とお義母さんと入れ替わる?
子供達はとりあえず家をでて(いるだろうから―予定では)、私がいなくても別に困らないし、お義母さんは家事もしっかり出来るから(それが強みだ!)夫の世話なら何の苦もなくやってくれるだろう。実の息子なんだし。次男に比べればはるかに手が掛からない。何しろ私のハウスキーピングでさえ耐えてきたわけだから。
私は一人暮らししようかな…

と、そんな事まで考えてしまう昨今。

大阪はまだまだ暑い。明け方になってようやく25℃くらいに気温が下がるけれど、日中は真夏並みの暑さ。

それでも、街路樹のプラタナスの葉を見ると黄色っぽい斑点が出来て季節が着実に移っていることがわかる。この木立の大きな葉陰があればこそ、夏の日照りの中を歩けるというものだ。もうそんな季節は終わり―。のはずだけど、ほんとに暑い!毎日暑いです。

 


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波風

今頃になって、この歳になって、なんだけど、嫁と姑って難しい。離れて暮らしている分には少々気難しかろうがなんだってかまわない。過去に摩擦がないわけじゃなかったけれど、それでも長年離れていると、時間が許してくれたのかな、そんな事はお互い忘れようとして、比較的平穏で居られた。

義母と同居していた次男がようやく3年前に結婚して、嫁いできた嫁が気に入らない義母は、他にこぼす相手が居ないのだ、私にさんざん愚痴をこぼすようになった。次男の愚痴、嫁の愚痴、次男の愚痴、嫁の愚痴…

どうしてるかな?と時々電話するが、愚痴以外の話は聴いたことがない。

それでもなんとなく時が経てばお互いに慣れてきて、諦めもするだろうし、なんとなく暮らしていくんじゃないか―そうあって欲しい、と願っていたのだけれど…

義母は飼っている犬がいなくなったら(老齢か又は病死で)、家をでると言い切っている。今は自分が居ないと犬がかわいそうなのだそうだ。次男のために資金を出してやって建てた今の家だが、次男夫婦は自分に何の相談もなく売って新しく家を買おうとしている。そんな彼らと一緒に住むのは嫌だから、家もお金も諦めて、一人でアパート借りて住む、と言い張る。

ほんとはこっちに来たいのだ。ただ私にそう言うのは気が引けるんだろう。独りで住む、という表現をする。

事態が深刻化してきている事を悟った私は、それまで「あー、そうか。困ったな。」以外には何も行動に移さなかった夫をせっついて義母に会わせた。どうやらほんとに深刻だということを夫も感じたようだ。私達だって息子が大学に行ったら来年はこの借家を出て、ささやかな家を買おうと計画している真最中なんだから。こっちのマイホーム計画に大きく飛び火してくる可能盛大なんだから。

久しぶりに母親と会って話を聞いてみて、長男である夫は、責任を感じているんだろう、家に来させて一緒に住みたいようだ。義母は10年前に次男と同居するからといって彼(と将来の奥さん)のために資金を出してやって5000万円の家を建てるのに4000万円キャッシュで出してやったようだ)、一緒に住む家を建てた。アメリカにいた夫と私は、それでお母さんが幸せに暮らしてくれるなら、と大賛成だった。今の家の所有権の4/5は母親にあるはずだが、それを全く無視して突っ走っている次男にひとことも言わないで、ただ家を出て私達のうちに来たいといっている義母も義母だし、その話を聞いても弟に何にも口出しをしない我が夫に正直言って、私はイラついている。

家を売る話に反対なら、どうしてそう言わないの?
なぜ一言の相談もなく、勝手に家を売るのかって、どうして言ってやらないの?
家に工務店の人が頻繁に訪ねてきたり、図面がテーブルに広げてあれば、同じ家に住んでいれば、そういう計画をしている事は分かるのは当たり前で、だからこそ息子はお母さんが暗黙の了解をしてくれていると思ってるんじゃないの?
「何にも相談してくれないから、反対のしようがない」んじゃなくて、積極的に質問して、「一体何をしようとしているの?」とどうして聞けないの?

私には義母のサイドの話ばかりしか入ってこないけど、にわかには信じがたい。いくら親子といっても、大金を出してもらって建ててまだ10年ほどにしかならない。その家をお母さんにひとことの相談もなく勝手に売ろうとしている、新居がどこか、どんな家かも教えようとしない、資金計画も一切相談無し。そんな話ってある?って、夫に言ったら、「どんなに信じられなくても、お袋がそういうんだから、ほんとなんだよ。アイツ(弟)が勝手なことをしようとしてるんだ」という。

私が言っているのはね、義弟がひどい事をしていない、って言う事じゃなくて―
つまり、お義母さんの側にも、次男にそうさせるような落ち度(というと言葉は過ぎるけど)があったんじゃないかって事。つまり、明らかに家を売ったり、買ったりするのを示唆するような行為が、何年かの間にあったわけで、それにもかかわらず、一度も問いただしてみる事もなかったんでしょ。図面が広げてあっても、それは何かと聞きもせずに。工務店の人が何度も訪ねてきても、理由も問うことなく。
暗黙のうちに、息子に、何でもやっていいよ、ってメッセージを送っていたんじゃないの?ってこと。

それを言ったら、夫は怒ってしまって私とほとんど口を利かなくなった。しまった!夫にとっては母親は絶対なのだった。悪いのはアイツ(弟)とその嫁さんだった!

こんなんで私お義母さんと一緒に暮らす自信がありませんけど…

第一、今暮らしている嫁とどうしても折り合いが悪くて、どうして私となら一緒に暮らせると思うわけ?そりゃあ、離れているから、やさしくもするし、常に自分を抑えてお義母さんのことばかり労わって上げられるのよ。次男の嫁が「家事をしないし、やってもいい加減で、教えてあげようと思って言っているのに口答えをしてくる」から嫌なのだそうだが、それなら私も全く同じだ。家事は気が向いた時に気が向いたようにやるし、いいかげんでも所詮、我慢したりするのは全部自分だ、これが私のやり方だ、誰にも文句を言われる筋合いはない、「教えて」欲しくなんかない。私が一緒に暮らしたとしても、同じ事になると思うけど。

私が快く「お義母さんと暮らすわ」って言わないので夫は機嫌が悪い。「お義母さんの部屋も必要だし、子供達が夏休みに帰省したときの部屋も必要だし、私の部屋も欲しい!」って言ったら最悪の状態になった。せっかく京都に行ったのに、何もせずに黙って帰って来た。

結局最後には私が折れて、同居を合意する事になるんだろうか。すっきりしない。どうにも納得いかない。

不愉快だ。

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生理的に嫌な客

接客業の人なら誰でもそうじゃないかと思う。苦手なお客さんが一人や二人はいるものだ。プロにあるまじき事かもしれないけど、『もう来なきゃいいのに』と心中密かに願うような客だ。

私にもそういうお客さんがいる。『生理的に合わない』なんて言ったら、お叱りを受けるだろう。でも仕方ない、本当だ。なぜその人を好きになったか、と聞かれてちゃんと答えられないでしょ。あれと同じ。どうしてかうまく説明できないけど、嫌いなのだ。

いつも私が忙しくて仕方ない時間にやってくる。他にたくさん席は空いているのに、自分の気に入った席にしか座りたがらず、私にそこを片付けさせる。

お店の不都合は全て私の責任であるかのように、私を個人的に責める(もちろん私一人しかいない朝の時間帯にやってくるのだから、私しか苦情を言う相手はないんだけど。)機械が故障していることを説明して謝り、代替品を説明すると、「こんな原始的な物」と叱りつけ、一体あなたは何時にお店に来て壊れたままにしておくんですか?」(このお客さん、おじいちゃんである。)(私が何時に出勤してようがあんたの知ったことじゃない。)

私が修理の業者は夜中には来てくれない事を説明しても通じない。決め台詞は「あなたが自分で直しなさいよ!」と来た。(直せるもんなら、とっくに直してるわよ!と言いたいけれど、ひたすら謝るしかない。)

いかにも人を軽蔑しきった表情で、『ウエイトレスのおばちゃんなんか無教養で知恵のない馬鹿』、って顔でゆっくりと見下しておっしゃってくださる。

来るたびに問題が起こるというわけではない。だが、出勤前の朝食をとっている人たちの中にあって、悠々閑閑といつまでも本を片手にファミレスウオッチングをしているこの人は、私や他のお客さんたちのスピードと全く波長が合っていない。私の一つ一つの動き、言葉のスピードさもこの人には無礼に感じられるのだろう。(意識的にこの人の前でだけは歩調を緩めて言葉をゆっくり話すようにしているのだけどね。)私を見るときいつも顔をしかめて文句がありそうにする。何も言わずじっと見て顔をしかめているのが分かる。

このオヤジ、私が嫌いなのだ。絶対そうとしか思えない。私もこいつが嫌いだ。だから、憎しみは相互的である。にもかかわらず、なぜか二日に一度はやって来る。店には私しか居ないのが分かっているのに。

来る理由は、よほどこの店が気に入っていて、『私』というマイナス点を差し引いてもおつりが来るほど好きなんだろう。料理が特別おいしいから、とも思えない(言ってしまった!だってこの人の食べているものなんて、誰でも作れるようなものだ。)

それか、又は、よっぽど他に行く所がないのだ。その方がありそうな話だ…

かわいそうにも思えてくる。ただ、それは家に帰ってからの話だけど。

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9・11から6年…

9/11である。アメリカを襲った6年前の同時多発テロ、とりわけニューヨークのワールド・トレード・センターの衝撃はアメリカを変え、世界を変えた。

我が家はあの事件の前年に日本に戻ってきたので、外側からあの国を見るしかなかったけれど、帰国せずにあのままアメリカに住む事にしていたら、どうなっていたんだろうな、と時々思う。

会社に勤めている限り、その会社の決定に従うのは当然なので帰国したのだが、会社を辞めてアメリカの別の企業に就職する、という選択肢さえ考えていたくらいだ。9/11以前のアメリカが性に合って、このまま日本に戻らなくてもいいから家族みんなでアメリカに永住したい、と心底思った夫も私も、今のアメリカならどんな風に思ったのだろう。

私達がアメリカで暮らしたのは1994年から2000年。この時代はアメリカが、軍事的にかなりおとなしくて(今に比べてのことで、9・11の火種はこの時代にあった訳だけど)、経済的に最も豊かな時期で、人々の暮らしも年々派手になってバブリーなほどだった。自分達の生活が安定していて将来への見通しも明るければ、よそ者に対しても寛大になるのは、当然と言えば当然のこと。第二次移民時代と言われて移民へのバッシングも相当のものがあった時代だったけれど、それでも人々は社会(世界)に深く根ざした矛盾に目をつぶって我が世の春を満喫していた時代であった。

あの頃、21世紀はどんな時代になるか、ということがよく論議されていたけれど、このまま国境の意味が次第に薄れて、ボーダーレスに近い世界がやってくるんじゃないか、なんて気がしたのは私だけだったろうか?2000年の年明けに私は我が子たちにそんな事を話した気がする。21世紀はきっと君たちの様な「国籍なんてどこにあっても気にしない」人たちが当たり前になる時代だよって。

隔世の感がある―
今やアメリカでも日本でも不気味なナショナリズムが広がり始めている。自由な人とモノの行き来で世界の壁は崩れていったはずなのに、情報と知識の交流がインターネットの普及で一気に加速して世界は時差さえも吸収したように見えたのに、人と人の間の壁はむしろ高くなってきた気がする。

7年前に夫と二人でした相談―ずっとアメリカに住み続けようかなあ―を今もう一度、となると話は違ってくるだろうか。二人の子供達がやがてアメリカの大学を出た後の事を話していて、夫は「子供達がアメリカに住むんなら、僕達もアメリカに住もうか?」なんて言うけれど、どうだろう…?9・11の後のアメリカって私にはどう接していいか分からないんだけど。悲劇に見舞われた知人になんていって言いか分からない、あの気まずさ、ちょうどあんな感じで…

私は年をとったのかな、少し臆病になっているようだ。

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今日のひとりごと

阪神タイガースが今日の巨人戦に勝って首位に立ってしまった!3月30日以来だ!と息子が叫んでいる。何のことはない、それって開幕以来ってことじゃないの?

困ったなあ。今年はどうあっても優勝するわけないんだから、JFKを酷使するのをやめよう。投げたくてたまらないように見える(?)Kは時々投げてもらって、JとFはオーバーホールの年にしよう!なんていっていた私としては、こんなに阪神に頑張られてもねぇ…

久しぶりにテレビで試合を見たけど、やっぱり球児はすごいなあ。こういう彼を見ると、チームの順位は別として、やっぱりガンガン投げているところを見続けたい、って気持ちになるよね。

まあ、明日の試合でもっぺん立場が逆転、って事も大いにありそうだけど。だって9連勝もしてるんでしょ、いつまでも続かないよ。

それはさて置き―
ニュースとしては遅いけれど、久しぶりにCNN English Expressを読んでいてその中の記事で驚いたものが韓国でのいじめのニュース。

"Fighting Back at Bullies"と言うタイトルで紹介されていたのは、韓国でのいじめの深刻化。小中学校で生徒同士のいじめが問題となっていて、登下校中などにお金をせびられたり、暴力を受けたりして、中には自殺に至るケースもある。そこで政府が乗り出したのは、民間の警備会社のボディーガードに委託していじめを受けている生徒が登下校中にいじめにあわないようガードするというもの。

へえー。いじめって韓国でもあるんだ。日本だけじゃなかったのね。って驚いている。しかもその対策がボディーガードか。確かに緊急避難的には効果があるだろうね。年上の強そうな人と一緒に歩いている子をわざわざいじめには行かないだろうから。

それにしても世の中は病んでいる。日本だけじゃないんだ。そうか…いろんな意味で悲しい。

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K子さんの思い出と今

ファミリーレストランでパートで働いている。今の店(T店)に来て2年半だが、ここに来るまでに実は同じチェーンの別の店(M店)にいた。M店に雇われて5ヶ月ほど経った時、その店が閉鎖する事になってしまって、その時の店長がその後自分が店長として移るT店に一緒に来ないかと声を掛けてくれた。

ようやく仕事を覚えた頃だったし、全く別の仕事を探すのは何だか悔しくて、家からは少し遠くなったけれど、T店に移って働く事を決意した。

通勤時間は少しかかるけれど、同僚に恵まれて居心地が良いので、(閉口するようなお客様は多いけどね、)このT店に来て正解だったと心から思う。

ところで私を採用してくれた店長さん、元M店で、今T店の店長だけれど、今日久しぶりに一緒に仕事をした。(普段は私は一人で働いているので店長と仕事をすることはめったにない。今日は珍しい日だった。)で、店長が言うのだ。世間話なんだけどね。

「M店にいた時にK子さんっていう人が居たの覚えてます?」って。

覚えてるも何も、K子さんはわたしの教育係だった人だ。私に接客のイロハを叩き込んだのはK子さんに他ならない。

「あの人(K子さん)今度オープンするY店の面接に来たらしいんですよ。で、ぼくが聞かれたんです。M店のときあの人どうだったか?って。」

私「そうなんですか。K子さんベテランだったから、すぐにでもバリバリ仕事出来ますよね。」

店長「とんでもない!あんなの最低ですよ!あの人、新人をいじめて辞めさせるんですよ。僕だったら、絶対に雇わない、って電話で言ってやりました!」

私―二の句が告げない…

1.K子さんは私の教育係だった。

2.K子さんを教育係にしたのは誰あろう、店長本人だった。

3.K子さんは怖かった!バリバリ仕事は出来たが、とにかくよく叱られた。毎日叱られた。失敗をすると、なぜ失敗したのかをとことん追及された。間違えたのだから私が悪かったのだし、それを認めて謝るのだが、謝る事では許してもらえなかった。

4.K子さんはきっと私が嫌いなんだろうな、と思うことがよくあった。私が何をしても気に入ってくれなかった。その一方で、若い学生バイトの女の子達には(みんな私より経験が長かったけど)、愛想がよかった。

5.私がK子さんに叱られているのを店長はいつも見ていた。何も言わなかった。

6.M店には私のほかに主婦のパートがあまり居なくて、少なくとも私が働いていた時間帯で個人的な話が出来るような同僚は居なかった。だから私にはK子さんが怖い、とM店で打ち明ける人は一人もいなかった。

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えー?!店長さん、あなたはK子さんを『新人いじめをする最低な人』として見てたの?じゃあ、私がどういう思いだったか、知ってたわけ?そのくせ、彼女を私の教育係にしたの?

まあ、店長もあのM店では比較的新しかったわけで、K子さんをはじめとして多くの従業員は店長よりも古参で、それに規模の小さな職場だったからK子さんを除いて私の教育係を出来る人はいなかった、というのが正しい所かもしれない。それにしても…

私はK子さんに厳しくされた。それは紛れもない事実だが、私はそれで辞めなかったし、店を代わって今の店で同僚にどれだけ恵まれているかありがたさが分かる。K子さんがいたからこそとも言える。でも、ほんとに怖かったんだよ。はじめの2ヶ月くらい、連日夢を見たもの。K子さんに叱られているの。

いやはや!
店長もK子さんが怖かったんだろうね。自分より何年も前の店長が雇った人で、ベテランで、仕事は出来るし、辞めさせるわけにもいかず。

だから、今なら、『僕なら絶対雇わない』って言うんでしょうね…

まあ、今となってはもういいんですけどね。K子さんに厳しくされたおかげで、たいていの時『あの人よりマシ』って思えるし。

でも…???

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家探しに京都へお出かけ

今日も京都へ家探しに。

先週から物件を見始めたわけだけれど、お安くて広い良い物件、とあればきっと何かカラクリがある、って言うのが少しづつ分かってきた。それに何件も見ればそれだけ良いものに出会えるって言うわけでもなさそう。第一見て回るのって疲れる…

あー疲れた!家を買う人たちってえらいなあ…

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雷雨と故障と嫌な客…

今日は早朝から雷雨で、家と言わず職場と言わず、湿気でむんむんしていて不快な日。身体的にすぐれない日って、私だけかもしれないけど、追い討ちをかけるように嫌な事ばかり起っている気がする。コーヒーマシンが壊れて、ただでさえ大変なのに、こんな時に一番来て欲しくないと(私が心の中で願っている)嫌な半常連のお客さんが来て、いつもにましてネチネチと嫌味を言う。

このオジサンどうしていつもこの店に来るんだろう?いつもいつもそんなに私に嫌味ばかり言うんなら、もう来なければいいのに!

こういうことがあると後でこっそりそのお客の悪口を同僚にぶちまける。その時相手がお客なので言いたくても言えなかった捨て台詞とか、仲間うちで思いついて笑いあう。ファミレスのウエイトレスのハイライトってそんなものかな。どんなサービス業でもそうだが、お客様相手にはひたすら耐えるしかない。愚痴をこぼして同情し合える同僚無しには耐えられない。

車の中で音楽を聴きながら思う。私にとって好きな音楽を聞くのは疲れた心と体への癒しだ。でもその『癒し』のために私は(自分自身にとって)最高の(と思える)演奏家やレコーディングを求める。家の中で好きな本を読みながら空想の世界に旅をする。それも私に欠くことのできない癒しだ。

音楽にしろ、本にしろ、私にとっては(大切だけれど)癒しに過ぎないもののために、実はそれを創り出した人々は人生をかけている。

誰かにささやかな満足を与えるために、プロと呼ばれる人たちは人生をかけて仕事をする。偉大な芸術家や文豪達のマスターピースも、時給いくらのパートのおばちゃんのサービスも、プロとして誰かに満足を売る、という視点では同じなのかもね。私が全身汗だくになってお客様のために尽くし、どんな嫌味を言われようと顔に笑顔を貼り付けているのはプロである以上当然のことなのだ。

それであのオジサンにささやかな満足を提供できているとすれば、ま、良かったのかな…

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京都でおうち探しするのって…ショック!

このお盆の週、大変な猛暑の中、実は京都で家探しを始めた。

3日前には具体的な物件ではなくて幾つかの地域の雰囲気を見に行った。それだけで私には大きな衝撃だった。

京都ってこんなに狭かったっけ?路地とか。少し広い市バスの通っている道路でさえ、私としてはすれ違うのが怖い、狭い道路なのに、一戸建ての並ぶ住宅地の中を縫っている道路は半端じゃなく狭い。

車は小型車に買い替えないといけないかなぁ。何だか京都に暮らす自信が揺らいできた。って思った。

今日は実際に物件を見に行った。車で案内してくださった不動産屋さんのおかげで、私は京都というところが少しよく分かった気がした。そして、揺らぎかけた自信が一気に崩れた!

あまりの現実に放心状態の私。

一体何が問題なのかをまだ整理できていないので、動揺した感情さえもまだ鎮めきれない。でも、今日分かった事が二つある。

一つ―よほど恵まれた環境でない限り、京都の生活道路は狭い!うちの中型乗用車ではすれ違いはもちろんの事、通行する事さえ怖い。

二つ―よほど恵まれた環境でない限り、隣の住宅との隙間はないと思っていい。戸建だから、四方に窓があって光と通風があるというのはまず望めない。少なくとも我が家の予算の範囲ではありえない。一戸建てなのに家を囲む四方に空いた空間がないのは京都では当たり前。一戸建てと考えるより、低層のマンションの一室だと思うしかない。

あーショック!

アメリカから大阪に移ってきたときにもありとあらゆる場所の狭さにショックだった。道路にも、家にも、スーパーにも。

今ようやく分かった。私は恵まれていた。今住んでいる大阪箕面の家はめちゃめちゃ広い。家自体の間取りだけでなく、庭・ガレージ・近隣・生活道路、周囲の環境全てにゆとりがある。それを今日、京都で教えてもらった。

これからどうしよう…本当に京都に住めるんだろうか。家の広さのみならず、街のつくりとかを含めて、私京都で生きていけるだろうか?

もうこれはカルチャーショックだ。一度は帰国した時に大阪で感じた。今度は京都で!

まいったなあ…

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そろそろ家が欲しい。

中古住宅を買おうとしている。今までずっと賃貸暮らしで、ずいぶんといろんな所に住んだ。この家はその中で最長7年になる。悩みっぱなしだった息子も、ありがたいことに元気を取り戻してきて、このままうまくいけば来年の夏には今の高校を卒業するだろうから、そうしたら『子供達の教育優先』で選んだこの借家に居続ける必要がなくなる。夫が毎日片道2時間近くかけて京都まで通勤してきたのは全て子供達が通学するのに便利なためだったのだから。

こんなに長くなる予定ではなくて、きっとそのうちまた海外に出るんじゃないか、そうだといいなあ、なんて思っていた。それは私のかってな希望だけど、夫もある程度それを期待していた。と思う。でもそうはならなくて、7年経ってしまった。いい年なんだし、そろそろ終の棲家の用意を始めてもけして遅くはないんじゃないかと思い始めたのだ。

少なくとも私はそう思い始めたのだけど、夫はなかなか腰が上がらない人だ。来年息子が卒業したら京都に引っ越ししたい、それは彼も心底思っている。毎日毎日それを心の支えにして通勤してきたんじゃないかと思う。でも、それと自分の家を買うための努力をするのとは大きな隔たりがあるようだ。

私は金銭の事を言っているんじゃない。もちろん予算が限られているから、中古住宅を買って手直しして住もうか、なんて話をしているわけだけれど、どんな家であれ、買うための行動を起こしているかどうかだ。

雑誌を買ったり、住宅メーカーから様々の資料を取り寄せたり、担当の人に問い合わせたり、ネットで物件情報を調べたり―全部私がやっていることだ。きっと実際に不動産を購入する段になって彼がするのは、ハンコを押すことぐらいなんじゃないかしら?って予感がしている。

自分の母親を引き取る事になるかもしれないっていうのに。

何とか夫に奮起してもらわなくちゃね。一緒にモデルルームを見に行ったり、新居のイメージ膨らまさなきゃね。

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渋滞に巻き込まれて

この国には民族大移動の時期が年に二度ある。お盆とお正月だ。

高速道路の渋滞や、公共交通機関の混雑のニュースを見るたびに、ご苦労な事だなあと思う。何十キロにも及ぶ高速の渋滞なんて、私には耐えられないから、渋滞と分かっていても敢えて試練の長旅に出かける人たちはある意味ですごいなあ。

そして高速道路以外の渋滞もすごいんだよ、幹線道路。高速に向かう車と近場でお出かけの車とが入り乱れて、よくもこんなに人がいるものだと、改めて驚かずにはいられない。

そして、いつも疑問に思うのだ。この時期に混雑するのは予測できる事だ。なのにどうして?

この時期しか休みが取れないからだよ。と分かりきった答えが返ってくる。

うん、うん。例えば飛行機とか、新幹線とかなら分かるんだよね。このときしかない休みを故郷で。バケーションに。これは分かる。でも、ここまでマイカーにこだわる?って思うんだけど…

他人が勝手に旅行して渋滞に巻き込まれて、お前に何の関係がある、と言われそうだが、私にも大いに関係がある。私はマイカーにこだわって車通勤しているのではない。公共交通機関がない時間に移動しなければならないから、マイカー通勤しているのだ。みんなが休んで遊びに行くときにも出勤しなければならないから、幹線道路の渋滞が迷惑なのだ。

ほんとに迷惑だ。それでなくても猛暑で仕事でくたくたに疲れて、せめて家に帰らせておくれよ。どうして25分で帰れるはずの道を2時間近くもかけなきゃいけないの?

疲れてるし、喉は渇くし、お腹はすくし、おまけにトイレに行きたくなるし。渋滞の中でも楽しそうな家族連れの車の列の中で、私はひとりで悪態をついている。

単に僻んでいるんじゃないよ。別にみんなと一緒に民族大移動に合流したいわけじゃないから。単に迷惑してるだけだよ。

ちょっと負け惜しみっぽいかなあ。

昨日が最悪だった。今日はそれより少しマシ。明日はきっと流れがよくなるかな?おそらくすぐにUターンが始まるだろうけど。

行楽に向かう皆さん、公共交通機関を出来るだけ利用しましょう。それと、移動の時期をずらせばいいんだよね。ほんの数日づつ。難しいんだろうけどさ。

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涼しく寝る秘訣?

暑い!です。夏だね~。

今年は梅雨明けまでの7月が予想外に暑くなくて―大阪の話だけど―喜んでいたのだけど、やっぱり梅雨明けしたら、暑いよー!

我が家は安普請だからなのか、屋根の熱気が夕方以降になって下りてきて夜2階はとっても暖かい。暖かすぎて、エアコン無しでは寝られない。6月から9月末までの3ヶ月間はエアコンフル稼働が当たり前だった。

今年はちょっと事情が違うんだよね。私は今年に入って夜エアコンをつけて寝たのはたった一度、6月のあまりにも湿度が高かった日だけ。

やっぱりこの夏はまだ気温が低めだから、ということもあるんだけど、それだけじゃないと思う。

じつは涼しく寝る秘訣があるんだよね~。

それは、一人で寝ること!一人で寝室を独占する事!なのだ。

結婚後ずっと19年間夫と同じ寝室で寝ていたのが、娘がアメリカに行ってしまって彼女の部屋が空いたのをいい事に夫がそこを自分の部屋にしてしまった。私と彼は生活時間帯がずれていて、私が先に寝て先に起きるので同じ部屋だとお互いに迷惑、だったのでこれは好都合。

明かりをつけたり、着替えたり、自由に出来るし、広々していて気持ち良い~!。

でも、気温が高い季節になって、一人で寝ることのメリットはそれだけじゃないって分かった。

人間の放つ熱量ってすごいね。ダンナと同じ部屋だと暑くてたまらなかったのに、一人だとそうでもないんだ!へっへっ、今年の夏はどこまで冷房無しで寝られるか頑張ってみるか!

夫は一人の部屋でしっかり冷房して寝ているので、電気代が浮く、っていうのはあまり期待していない。彼は、外気温や夜風なんてものに気を使うのがめんどくさいのと、暑くて夜中に目を覚ますことが何より嫌いらしい。『貴重な睡眠を妨げられない』ことが大前提らしいので、地球温暖化も電気代も彼には説得力を持たない。

私はエアコンをつけて寝るのが好きじゃないので出来るだけ頑張ってみようかな。夫には言わないけど、「今まで暑かったのはあなたのせいよ!」。

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梅雨明け!

梅雨がきれーいに明けました!昨夜は窓を開けて寝たら寒いほどで、大阪に住んで7年になるけどこの季節にこんなのってありえなーい!と、さわやかな朝に喜んだのも束の間、

あ、梅雨明けですね。期待したとおり、見事に晴れ上がって真夏の空、気温は上がる。

暑い!!!

でも、せっかく見事に晴れたのだから、洗濯しなくてはね。仕事から帰ってから、家中のカーテンを外して洗おうと張り切って、でも、今日は2階部分の洗濯だけで疲れてしまった。後は明日ね。

洗濯してきれいになったレースのカーテンと、きれいになった網戸から吹き込んでくる風はやっぱり気持ちいい!

たぶん家族の誰も気付きさえしないだろうけど…

それはそうとして、夏、いらっしゃい!お手柔らかにね!

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息子のTOEFL

油断していたら台風が近づいている。もちろん油断している事と、台風の接近とは関係ない。

ただ、いつものように、天気と無関係に予定を立てる私の悪い癖で、気が付くと天はそんなに甘くないと知らされる。

今回は息子の番だ―。

彼は傘が嫌いだ。

傘が嫌いな理由は、まず第一に4歳から10歳までの6年間一度も傘を差したことがなかった、それゆえ傘の差し方を知らなかったことが関係していると思う。

1994年から2000年まで私達はアメリカ・ロサンゼルスで過ごした。LAは気象的には地中海気候って言うんだろう、一年中温暖で雨が少ない。年によっていろいろだが、12月から1月が雨季で、一年分の雨はこの時期に降ると言っていい。

他の時期、特に5月頃から10月までの半年間は基本的に雨は降らない。

雨季で、降るにしても割りとハッキリした降り方(そんなのあるんだろうか?)で、雨の多い年は何日も激しく降り続いて下水の処理能力を超えて、道路が川のようになったかと思うと、やんでしまえばうそのように晴れ上がったものだった。

他の都市ではいざ知らず、車で移動する機会の多いLA近郊では傘を差して歩く人を見たことがなかった。傘そのものが希少だった。我が家には日本から持っていった傘が数本あったけれど、一度も使った事がなかった。

子供たちに限らず私も夫も6年余りの駐在で一度も傘を差したことがなかったのだ。

シアトルはどうかよく分からないけれど、他の都市でもアメリカ人って日本人に較べて傘を使わないように感じていた。だって旅行でいろんな所に行って、もちろん雨だって雪だって何度も降ったけれど、傘を持っている人の割合が少ない気がしていた。

これはもちろん私の印象だけのこと…

さて、そんな風にして育ててしまった二人の子供達は、帰国したその日から、『雨』という異文化の予期せぬ挑戦を受ける事になったけれども、二人ともものの見事に敗戦―。

したんだと思う。傘の差し方が分からなかった。差す、という動作は簡単なのだが、それによって濡れないでいる、ということが出来なかったわけ。

頭の上の方に傘を置いといてもなぜか濡れちゃうんだもんね。(もちろん台風のような嵐の時じゃなくて、特に風も強くないような雨の時でもね。)

イライラを募らせた二人は、傘を差さない事に決めた。濡れにくいように大きい傘、持ち運びしやすいように小さい傘、いろんな傘を買ってやったけれど、使っているのを見たことがない。(娘は傘の使い方をマスターしないままにアメリカの大学に行ってしまった。きっと向こうでも傘なんて持っていないはずだ。)

息子は姉より長く日本にいるので、日本の気候にもずいぶん慣れてきた。傘を使わずに生活するのが上手になった、というほうが正しい。たいていの土砂降りでも自転車でずぶぬれになりながら走っている。

今日はどうするんだろうね。台風だけど。よく降るよね。ほんとに。

今夜なんかほんとは出かけるはずじゃないんだろう、だけどしかたない。テストだもん。

今夜のテストはTOEFL。そうアメリカの多くの大学では、英語が第一言語じゃない人はTOEFLのスコアが一定以上要求される。彼のレジスターしたテストが今夜だったというわけで。しかたない、台風だけど行かなくちゃ。

何しろ170ドルかかっている。

テストの方はうまくいっているんだろうか?本人は「TOEFLなんてチョロイ、チョロイ!」って言って出て行ったけれど。そのはずなんだけどね。

普通テストって多少は準備するもんじゃないの?サンプル問題とかさ。

でも、彼は何にもしないままだった。
少なくとも家をでる2時間ぐらい前まで。

試験の概要ぐらい知ってるの?って聞いたら、「それは今から調べるよ」って言って、ウィキペディアでTOEFLの項を調べて笑っていた。「これ書いた人、めっちゃ個人的な意見ばっかり書いてる、面白すぎ!」

一生懸命TOEFLのための勉強して受験する日本の高校生・大学生の皆さんごめんなさい、と言いたくなる有様。彼は結局試験会場へのアクセスだけを確認して雨の中を出て行った。

こんなんで大丈夫かな?テストもそうだけれど、雨も、さ。


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雨。梅雨。豪雨。慈雨。

国際的・政治的・経済的・社会的、ありとあらゆるニュースはほとんど興味がないくせに、天気予報だけは妙に熱心な人がいる。私はその逆で、きっと町内で一番見ない成人だと思う。車で通勤するせいだと思う。

おまけにテレビを見ないものだから、新聞の天気欄で週間予報をざっと見る程度なので、私の天気予報は古い!時々間違えて昨日の天気予報を見て、納得していたりする。

いい気になって布団を干して雨に降られたり、いっぱい洗濯物を干したのに思いのほか曇ったままだったりして、だめな主婦である。

台風が近づいていることを職場の同僚に教えられた。そうか、それで梅雨前線が刺激されてこの長雨なのか、と納得していたりする。豪雨ですでに被害が出ている地域もある。お気楽な話に聞こえるかもしれないが、ニュース番組は苦手なもので、新聞も社会面は苦手なので、いろんな出来事を知らなくて…

毎度の事とはいえ、本当にこの時期には各地に大雨の被害をもたらす。そうでなければ渇水とくる。

オーストラリアみたいに大陸のわけじゃなし、日本のごとき小さな島国に均等に降ってくれよ、と思うのが雨。

豪雨の被害にあったことがないからのん気に言えるのだけれど、恵みの雨にしたいものだ。

五風十雨、というのは五日に一度風が吹き、10日に一度雨が降ることで、風雨時期を得ていて天下泰平なことを言うのだそうだ。10日に一度の雨じゃあ日本のモンスーン気候にははまらないんじゃないかと思うけれど、(きっと中国の故事成語?)思うようにならない気象が人と自然にやさしいものであってくれればというのは太古からの願いだから。

慈雨。甘雨とも言う。草木の生長を助けるような恵みの雨の事だ。梅雨に降る雨は農作物、植物の成長に欠かせない雨だ。ありがたい恵みの雨であって欲しいものだ。

でも今日はいくらなんでも甲子園は試合がないでしょう。これは登板過多で疲れた投手達にはきっと慈雨になるんじゃないかと、そうあって欲しいと願っている。

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重い日曜日

重かった空は今朝は晴れて、暑い日になりそうだ。

夫は今日も休み無しで会社に出かけて行った。この前休んだのはいつだっけ?出張帰りの翌日だけだ。出張の前も確かに家にはいたけど、ずっと仕事していて疲れ果てていた…

上司が鬼のような人に代わったと言っていたけれど、そのせいもあって忙しさが増しているのかしらん?仕事のことはほとんど話した事がないけどさ。

いいかげんに休みを取らないと、身体が持たないよ。

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自家製ソーラークッキングパネル

何日も朝起きたときに喉が痛かったけど、そのうち治るかな、と放っておいたのが悪かった。昨日は喉だけじゃなくて全身が痛くて、そのうち熱も出てきて、とてもじゃないけどドクターに診てもらう気にさえなれなかった。

今朝熱が下がって体の痛みが減ったので、でも喉はとっても痛いままだったので、きっとこのままほっといたらまた熱がでるかも、と思ってようやくドクターに行って来た。近いんだけどね。かかりつけのお医者さん。歩いて1分ぐらいの所なんだけど、ほんとにシンドイ時って、ドクターに行く気になれないよね。

で、今朝は少し元気が出て行ってきたわけ。まあ、自分で鏡で見たり、触ってみて分かってたんだけど、喉がすごく腫れてて、抗生剤をタンともらって、あー、疲れた。

今日の一仕事終わりみたいな。

こんな時に出来るのは、寝ること。寝るのは大好きなので、ありがたくいっぱい寝た。でも人間寝るにも限度がある。いいかげん水平の姿勢にも飽きてくる。起きていてもシンドイのですぐゴロッとしてしまうのだが、出来るのは本を読むこと。それと、普段は見ないテレビを見ること。

疲れるテレビは見ない。
でもたまたま今日スイッチを入れた時にCNNでやっていたのが、太陽光を使ったクッキング。

ニューヨークのど真ん中でも、砂漠地でも出来るよ、ってわけで紹介していたツールは①太陽光を集めるための反射板②ふたの出来る鍋③鍋をすっぽりとくるむプラスチックバッグ、のみ。あとは太陽だけ。

材料を切って鍋に入れて、その鍋ごとプラスチックの袋にいれ、袋の口を縛り、鍋を反射板の真ん中においてそれを太陽の当たるところに放置しておけば、太陽の照り具合と具材の量によるのだろうけど(この番組だと1時間だった)ちゃーんと出来てる!

この方法がなぜ画期的かというと、確かに手軽に太陽光をエネルギーに替えることができて省エネにつながる、電気・ガス代の節約につながる、というのもさることながら、電気・ガスはおろか、火を起こすための薪さえ手に入れることが困難な地域でも活用が見込まれるからなのだ。例えば干ばつ続きで森林資源が乏しい地域。森林の伐採によって少量の雨でも洪水に見舞われ、さらに森林が乏しくなってしまう地域。例えば民族紛争が激しい地域―調理のための薪集めは女子供の仕事で、その薪集めの間に襲われたりレイプされる事件が後を絶たない。

ダンボールがアルミコーティングされただけの簡単なツールがエネルギーの有効活用と共に、女性たちの身を守ることにつながっている、と聞いてゴロゴロしていた私も何だかじっとしていられない気がしてきた。

身体がシンドイ時って、そういうときに限って、妙に頭の中だけで設計図が出来上がっていく事ってあるよね。今回のはそんなすごいものじゃなくて。テレビに映っていたのをまねて、そのままダンボールを切って貼って、その上にアルミホイルとかぶせただけなんだけどね。とにかく出来た。頭の中では。

へへん、かんたーん!ようし、作っちゃおう。今日は曇りだし、時間も遅いから、調理までは出来ないけど。

ってなわけで、資源ごみに出すつもりだったダンボールをひっぱり出してきて、切ったり貼ったり、途中で疲れてしまったり。それでもアルミホイルを貼ったら、何だかそれっぽくなって満足していると、息子が帰宅。

息子:「何やってんの?」
私:「地球温暖化を防ぐのに役立つ21世紀の新調理設備、ソーラークッキングパネルだよ。」
息子:「へぇ。ママの創作物って、料理もそうだけど、いつもあやしいよなぁ。将来の調理設備はいいからさあ、今夜の晩飯作ってくれヘン?」

ん~ん。その通りと言えばその通り。創作活動に入れ込みすぎて体力使い果たした!

晩御飯作るの忘れてた…

あー疲れた。でも、早くいい天気にならないかな、このソーラークッキングパネル(略してSCP)早く使ってみたい!

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風邪ひいたみたい

風邪をひいてしまった気がする。2日ほど朝喉が痛かったけれど、今朝は日中になっても治らなくて、肩こりがひどくなって首とか、頭とか、あちこち痛いわ、なんて職場の同僚に話していた。でも、どうやら熱も出て来た。

なんて暑いんだろうと思ったら、私の方が熱が上がってきてたのだった。

そうか、それで身体がしゃんとしなくって、何もする気が起らないんだ。

久しぶりだなあ、こんな感じ…

喜んでいる場合じゃない、明日休むわけにいかないんだから風邪薬飲んで早く寝よう。

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We Are What We Eat

1週間前にパーティのために大量のサンドイッチを作って、そのパンの耳が当然のごとく大量に出た。

捨てようと思ったのだけれど、罪の意識が働いて、とりあえず冷凍室に入れた。

入れといても仕方ないので少しずつ減らさなくては、と思って、先週一週間は私が一人で毎日一枚ずつトーストして食べていた。

付ける物を変えてみたりしたが、なかなか減りそうになくて、いよいよ捨てようかな、なんて考えが浮かんでいた頃だった。

7月2日号のTime誌の記事を見て、自分が恥ずかしくなった。世界の食の事情を特集している。日本、ドイツ、アメリカ、メキシコなど、各国の平均的と見られる家族構成―夫婦と子供二人―で一週間にどんなものをどのくらい消費しているかの写真とその費用が載っている。各家族が一週間に食べるものを家族と一緒に写真に写してくれているので、見ていて楽しい。異国を感じるものもあるが、妙に馴染みのあるジャンクフードのパッケージを見るとアメリカ資本の世界支配に感心したりもする。

食文化と言われるものが急速に消滅している事に危機感を覚える人がいるか、又はそれはグローバル化時代の当然の代償と割り切るか、それも論点のひとつなのだが、私が最もショックを受けたのは、その事ではない。

日本を始め各国の家族が、一週間に嗜好品も含めて300ドルからの出費をしているにもかかわらず、アフリカのチャドの家族はなんと1.23ドル。母親と5人の子供で。一週間に。この家族は難民キャンプで食糧の配給を受けている。

主食のモロコシとコーン、大豆の混合、飲料水は配給で受けられるが、肉類、野菜・果実などは希少で、乳製品は全く手に入れることが出来ない。写真で見る限りはわれらは飢餓状態ではないようだ、ありがたいことに…

同じ地球という惑星で同じ時を生きていて、この違いはなんなんだろう。人類発祥の地と言われるアフリカで、初めての人の命を育んだ大地で、なぜこんなにも貧しくなければならないのか…

今パンの耳を私が捨てなかったからといってチャドのこの家族の食糧事情は良くならないけれど、少しは考えて生活をしよう、と何度目になるか分からない決意を新たにしたのだった。

何度もそんな決意をする、ことが問題なのだと思う。世界の食糧の(富の)アンバランスを様々の形で見るにつけ、いつも思う。不公平だ。こんなに食べ物が溢れていなくていいから、足りなくて困っている国に送ってあげたいと。寄付をしてみたりする。その時だけ罪滅ぼしをしたような気になる。そしてすぐに忘れてしまって、いつもの飽食に戻ってしまう。

今回だけは、絶対に捨てない!

で、これでラスクを作った。ラスクって以外に簡単なのね。溶かしたバターと砂糖をまぶしてオーブンでゆっくり焼くだけ。夫と息子にも好評で、特に胃の全摘手術をした夫は、一度にたくさん食べられないので小分けにして何度も食事しないといけない。市販のお菓子やカロリー高めの食品は受け付けないけれど、これなら彼に合わせてバターと砂糖の量を控えて作ったのでばっちり。バターをマーガリンに替えたら、さらにあっさり。

これで家族の中での私の評価もアップし、冷凍室の中のパンの耳もあとちょっとになった。なんとなくいい気になった私だけれど、冷静になって考えてみたら、これも単なる自己満足。

だよね。

だって、世界の食糧事情はなんら変わっていない。おまけに私は毎日職場で大量の食物がゴミとして捨てられるのを見ている。いや自分の手でゴミとして捨てている。

お客様が残したものは捨てる以外にないし、消費期限の切れたものも捨てる以外にないし、私に出来ることは限られている。仕方ないもん!と開き直るしかない。

でも、何か間違っているのだ。子供の頃、食べ物を粗末にすると罰が当たる、とおばあちゃんに教えられた覚えがある。きっといつかツケがやってくる。自分に、でなければ、子供達の時代に。

無料サービスなら食べたくなくても、もらった方が得だろうか?均一料金で飲み放題のドリンクバーなら、飲めもしないのに幾つものドリンクをテーブルに並べて、その大半を残すのが得だろうか?

幼い子供で一人前食べきれないのなら、親の料理を取り分けて食べさせればいいんじゃないかと思う。お子様メニューから必ず選ばなきゃいけないわけじゃなし、わが子が何をどれだけ食べるかは、親なら分かるはず。

まとまりがなくなってきた…

We are what we eat.人は食べるもので決まる。私はどんな人なんだろう?

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未来への記憶―沖縄慰霊の日に

人間が他の動物と較べて異なっているとすれば―あえて『優れている』とは言わずに『異なっていると言おう―それは歴史に学ぶという点だ。単なる過去の連続が歴史ではない。過去の過ちを繰り返さないために、もっと幸せな未来のために私達は歴史を刻み続けてきた。

歴史は未来への記憶だと思う。人類をもっと幸せにする未来のために、人は記憶を後世へと受け渡し続ける。個としてではなく、人類として。時代を超えて。輝かしい記憶と同時に辛い、悲しい、残酷な記憶を祖先から譲り受けて、それを後世へと伝え続ける。

それはより良い未来を築くための礎であり秘薬だが、同時に災禍でもある。なぜなら、人々は受け継がれた記憶から何度も何度も苦しみを味わい続けるからだ。

戦略を持ったありとあらゆる戦いには『捨石』が必要だ。太平洋戦争では沖縄が本土のための捨石となった。「軍が関与せず沖縄の人たちが自主的に集団自決という形を取った、悲劇的な事だった」かのように、沖縄の歴史を片付けるつもりなら、本当に本当にもう一度沖縄を捨石にして過去を忘れようというものだ。時が過ぎて、当時を体験した人々がいなくなったらこの国の歴史の汚点がなくなるというのだろうか。

もう一度言えば、人間は個人の直接の体験に加えて、集団としての体験の記憶を受け継いで生きる動物だ。それ無しには進化発展は成し得なかった。辛い過去も、残酷な記憶でも、全て引き継いで生きよう。後世に受け渡そう。

辛い経験のある人は想像できるだろう。過去に思い出すのも辛い経験があると、知らず知らずのうちに記憶を変えてしまうことがある。最も嫌な部分は消えてしまったりする。個人としてみれば、それが生きていくための自衛手段の事もある。だとしても、国家という集団としても記憶を誰かの都合のいいように勝手にすり替えたりすれば、そんな記憶は(歴史は)再び誰かを傷つけるだけだ。

沖縄戦での集団自決は軍の強制があった事はこれまでにも多くの証言があって明らかだ。今さらこれについて国家(軍)の責任を回避しようとするなど、あまりにも沖縄の人たちの心を踏みにじるものだ。戦後60年以上たってもなお沖縄に米軍基地という戦争の重荷を背負わせ続け、その一方で過去を歪めようとするとは。

しかも危険なのは、それが教科書の記述書き換えを通して行われている事だ。

かつて沖縄戦を含め、太平洋戦争での国民総動員体制を教育を通じて徹底させたように、今もその道を進もうとしているのだろうか?

今日沖縄慰霊の日。日本の教科書で教育を受けた事のない我が息子と沖縄の話をする。遠い時代、だけど失くしてはならない記憶に思いを馳せる。 

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レストランでの人間性観察

聞いた話なのだが、アメリカのどこかの会社は採用だか昇進だかの際に、レストランでの食事に招待してその様子で適性を判断するらしい。例えば食事が運ばれてきて、食べる前に塩をかけてしまう人―先入観にとらわれて(味見もせずに塩をかけてしまうとは)自分の行動パターンから抜け出る事ができない人、とかいった具合で。

確かに食事の場では、マナーは言うに及ばず、嗜好や文化的背景、知性まではっきりと表れる。うなずける話だ。

レストランでアルバイトしているから言うわけじゃないが、人間性を観察するのにこれほどふさわしい場所はないんじゃないかと思う。

人間の本能に根ざした行為はたくさんある。人間が社会的になればなるほど、多くの本能は生活の中で隠されている。消えてしまったものもあれば、他人の目から隠されているだけのものもある。そんな中にあって、食べる、という行為は生物としての本能そのものだ。生命を維持するための直接の行為だ。しかもこの行為は人前で堂々と行われる。文化・宗教によってはその形態が違うようだが、食べることはなくなりようがない。

この当たり前の食べる行為の中に、その人の『人となり』をさらけ出してしまう、と分かっている人はどれだけいるんだろう。

レストランで食事をするということは、自分の人となりを衆目にさらけ出すということだ。ご注意あれ!何かの縁でこれを読んでいるあなた。たとえ面接のためにでなくとも、あなたはちゃんと観察されています!

そうしたくて働いているわけじゃない、と前置きした上で、でもどうしても気付かずにはいられない、お客様方の人間性。

きっとサービス業に携わる多くの人たちは、どうしようもない『モンスター』客に頭を痛めていることだろうが、私の言っているのはそういう『モンスター』についてではない。

前述の塩をかける人の例の様に、お客様が自分では普通と思っているしているような行為、行きつけの店でリラックス出来るからしてしまうような行為のことだ。悪いと言うのではない。(中には悪い事もあるけれど。)

  • 席で爪を切る。
  • 席で化粧をする。
  • 入店して席に着くなり、靴を脱いで(時には靴下も脱いで)ソファーの上に上げる。(こういう人とっても多い。地域的なものもあるかもしれないが、信じられないくらいに多い。私は息を止めている。同情して!)
  • タバコに火をつけたまま入店して灰を撒き散らす。(こういう人はトイレもくわえタバコのまま行く。結果は想像して。)
  • 玄関ドアは絶対にハンドルを押して開けようとはせず、きれいに磨いたガラスを手のひらで押して開ける。
  • 店の中で携帯用の蚊取り線香を炊く。(はじめ何かの宗教かと思った!)
  • 他にたくさん席が空いているのにわざわざまだ片付いていない席に行って座り込み、そこを片付ける事を要求する。
  • グループで行って、自分ひとり注文が決まったからといって店員を呼びつけ、他の人たちはメニューさえ見ていないことにも気づかない。
  • 注文する料理の中から、自分の嫌いな特定の特定の食材を抜くように言う。(取れるものもあればそうでないものもある。出来る限りは対応するが、忙しいときは勘弁して欲しい。個人的には私は外食してそういう注文した事がないけど…)
  • 特定の食材を抜いて欲しい、だけじゃなくて、そのかわりにコレ入れて、と要求する。(それは出来ません!)
  • 焼き方、ドレッシングの量までこまごまと指定する。(うちはファミレスだから、勘弁して…)
  • ドリンクバーは値段が均一だから、飲んだもの勝ちと思っている。一人であらゆる種類のドリンクを飲まなければ『元が取れない』と思っていらっしゃる。
  • ドリンクバーを利用する人のためにおいてあるレモンスライスは、確かに制限はないけれど、一人でレモン一個分以上も取るのは、ビタミンC補給をそこでしようって訳?
  • 店が発行しているサービスのデザート券を一人で何枚も出してきて、『おかわり』を要求する。
  • 他の人がサービス券を使ってデザートを食べているので「どうせただやからええやろ、持って来い!」という。
  • 店の通路にあるコンセントを見つけて、携帯の充電をする。
  • スポーツ新聞のアダルト写真にうっとりとなって料理が運ばれてきたのにも気付かない。こっちが恥ずかしいから、せめてテーブルの上に広げっぱなしにしないで!
  • 幼児に勝手にドリンクバーにジュースを取りに行かせる。子供には手が届かない、届きにくい。こぼす、落とす…
  • 食べ終わると子供はじっとしている事ができないので、適当に通路を走り回らせておく。店員や、他のお客様にぶつかってはじめて「お店の人に怒られるから走っちゃだめ!」と叱りつける。
  • 子供が食べ終わった汚れたお皿は全てそのまま散らかした状態にしておく。
  • 食事が終わると他の席に勝手に移って寝転がる。
  • レジが置いてある店員専用の通路を通る。やめてくれー!怖い!

ここに挙げたものは悪質なものではない。無銭飲食や、ドリンクバーだけで一晩中居座ったり、試験勉強の場所と間違えていたり、酔っ払ったり、タンカきったりするようなおかしな客の事を言っているのではない。普通の人たちがすることをあげてみただけだ。

レストランに入ってきて、案内されて、注文して、食事して、飲み物飲んで、デザート食べて、お金を払って出て行く、その間に、あなたの人となりは如実に現れている。仲のいい友人と楽しく食事をしている時にも、お箸(ナイフとフォーク)の上げ下げ、塩の置き方(戻し方)、食べた後のテーブル、ごみの残し方、全部にあなたの人格が表れる。

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家探しと義母

そろそろ家探しをしようかな、と思っている。まだ息子の高校卒業まで1年あるけれど、ほんとに卒業できたらいよいよ念願の引越しをしようかな、って。まだ先のことなのに今から大騒ぎしない方がいいような気がしている一方で、でも今度の引越しは今までのような仮の住家じゃなくて、そろそろ腰をすえる場所を決めようかな、という気持ちで、それゆえにしっかり準備しておきたいな。

何しろ今まで長年あっちこっちで散財をした挙句、子供達の教育費用は今後も大きくのしかかるだろうから、立派なものは望んでいない。でも、今後は子供達はたまに帰って来る程度だろうから、夫と二人でほのぼのと暮らせればいいかな。

今の家は、夫の職場よりも子供達の学校を優先して決めた借家だから、彼の通勤時間は毎日往復3時間45分。長い間頑張ってきてくれたので、今度は会社に近い場所にしよう。(そうやって家を買うと、直後に転勤、海外駐在というのはよくあるケースだけれど、それはあまり考えない事にしよう。)

なんて考えながら、住宅情報を集めて楽しんでいる昨今だけれど、事態はあまり芳しくない。

まず第一に、夫の母だ。次男夫婦と一緒に住んでいるのだけれど、こっちに来たくてしょうがないのだ。次男にもその嫁にも不満で不満で、家を出たくてたまらないとこぼしてくる。私に。若い時は私は落第主婦として見られていたはずなのに…

私達家族がアメリカ在住時代に、義母と次男は義父の遺産を使って一緒に住むために家を建てた。縁故関係のまるでない東北地方に。その時義母は「あんた達には悪いけど、勝手にするわね」と言って、転勤ばかりで落ち着かない私達はあてにしていないから、と言った。私も夫も安心した。お金は要らなかった。義母が次男と一緒に仲良く暮らしてくれるなら、何よりありがたいと思った。

ところが、その後次男が結婚したころから(ありそうな話だけど)、彼ら親子の関係は変わった。いかにもありそうなことだけれど、次男夫婦の本心は分からないけれど、義母には自分ひとりが全てにおいて蚊帳の外に置かれている気がしてたまらないのだ。

電話してきては愚痴を言う。義母の言い分も分かる。義弟とは私はあまり話した事がないけれど、難しい人だ。夫の弟だけれど、私にはあんな人と一緒に生活できない。

その奥さんについて言えば、彼女には彼女の言い分があるだろうと思う。

出来ることなら(自分では出来なかったくせに)、彼女に姑とうまくやって欲しくて、それに義妹がいるということが何だか嬉しくて、仲裁してみようかな、なんて思ったりしたけどやめた。私が余計な口を出したらもっとこじれる。義母も義弟夫婦もありがたく思わないのは分かっている。

それならそれでいいんだけど…義母が家を捨てて私達の所に来たいと言いさえしなければね。

義母、義弟夫婦、に加えて、もっとも不可解なのが実は私の夫。義母から電話があるたびに私は夫に話すのだが、彼は行動を起こさない。この3年間、実の弟が母親に相当辛く当たっていた時も含めて、全く何もしなかった。彼は一体母親をどうしようとしているのだろう?

私は義母を呼び寄せるのも仕方ないかなぁ、って思っている。夫にそう言ってみるが、肝心の夫は弟に何も話す気がなさそうだ。何も話さずに勝手に決めるわけには行かないと思うのだが。家出じゃあるまいし。義母は決してあの家で扶養されているわけではない。家事一切を取り仕切り、おまけに食費や日用品の出費はすべて義母が支払っている。家の土地は義母の名義らしい。建物の名義は知らないが義母が相当部分を負担した。

次男夫婦と気が合わないから、じゃあバイバイ、ってわけに行くんだろうか?どっちもさ。

私達の次の家を探そうとしていると行き着く先がこの問題。やっぱりお義母さんの部屋を確保しとかないといけないなぁ。狭くていいってわけにはいかない、か。

うーん、頭痛い!

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梅雨入りしたけど…

梅雨らしい曇り空が続いている。今年は入梅が遅かった上に梅雨明けも早いと予想され、すでにこの夏の渇水の心配もされているのだから、僅かの雨でも大事にしないといけないのかな。

水不足とか、温暖化とかいう言葉には不気味な怖さが付きまとう。少しづつ気温が上がるって怖いよね。暑い夏に水が無い、って怖いよね。私は狭く暖かい所が怖いんだけど、どうもそんな閉塞感を感じてしまう。例えばエアコンのタイマーが切れて徐々に確実に部屋の温度が上がっていく時って、パニック起こしそう!

でも、実際はそれほど単純なものじゃないらしい。

地球温暖化の現象としては、徐々に暖かくなる、というよりは極端な天候の変化―昨日は寒くて今日は暑いという様な―や、局地的な激しい気象が頻繁に発生することらしい。毎日気温が0,3℃づつ上昇するわけではなくて、そういう極端な気象の集計として地球全体が温暖化、ということか。

現にオーストラリアは干ばつが進行して大変らしい。湖が干上がったところもある。

ひび割れた湖底の映像はテレビの映像としてはインパクトがあるのだろうけれど、怖すぎる。―あ、だからインパクトがあるのか!

とにかく水が足りなくなったらどうしよう。この夏が、そして将来の夏が、今まで以上の猛暑の夏になったら、どうやって耐えようか?今はまだ若いからいいけれど(比較的ね)、老人になって体力が落ちてきて…

先の心配をするとそれだけで息が詰まってしまう。

こうなったらやっぱり温暖化を食い止めるしかない。でもてっとり早いのは北国に移住する事かな。(←たいていの人がこんな風に考えたりするから、温暖化対策は先送りになってきたんだろう。)

無駄なエネルギーの消費で二酸化炭素を出すのを止めよう。ごみを減らそう。いらないものを買うのをやめよう。

分かってはいるんだけどね。急に思い立ってエコに励む時もあるんだけどね。(家庭でささやかに頑張ってみても、毎日職場で大量の事業ごみを出していると、矛盾だなあ…)

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卒業式

昨日は息子の学校の卒業式。たいていの日本の学校と違って、年度は9月始まりで6月に終了ってわけで。

セレモニーは11年生が運営し、その後のレセプションは11年生の親が任せられているので、今年も私は頑張る羽目に。2004年に11年生だった娘の時から卒業式に関わっていて、これで4年連続。2005年は娘は卒業生だったので、このときだけは料理を作らなかったけど、もういいかげん嫌になった。

準備する料理の分量も半端じゃないんだけど(200人分だからね)、作るだけじゃなくて、盛り付けて運んで、サーヴして、片付けて、家に帰ったら夜10時半を回っている。普段着ってわけには行かないので着慣れない服を着て、かかとのある靴を履いて、その間ずっと立ちっぱなし。私は仕事が休めないので、いつものように3時半起きで仕事を済ませてからって事になって、あー長い一日。

何しろ分量が多いので、当日だけで料理がこなせない私は、買出しは2日前までに、前日に下ごしらえ済ませた。前日分のも一緒にして、長ーい2日間だった。

これだけ続くと、もう年中行事になっているんだけど、卒業式は疲れる。

だけど―

今年の卒業式は、疲れるだけのものではなかった。

本当ならあの卒業生達の中に息子がいるはず、当然私は夫や二人のおばあちゃん達と一緒に卒業生の保護者の中にいて、わが子の成長に誇らしく笑っていたはずだから。

仕方がないのだ。去年一年間は登校しながらの休学措置だったのだから。何年も一緒に学び成長してきた仲間と一緒に卒業できないのは、自分で納得して選んだ事だったのだから。

それでも、彼の心の中はどうだったんだろう…

前日まで卒業式の準備のために忙しくしていた。私がレシピを練ったりしているのにも興味を示していた。平気な顔で、元級友(卒業生)たちの進路を教えてくれたりもした。当日も昼頃授業の合い間に学校を抜け出して(あっ、これは内緒だった!)スーツに着替えに帰って来た。私が必死の形相で料理しているのを見て、レセプションで食べるのを楽しみにしているような口ぶりだった。

だが、レセプションの場に彼の姿はなかった。式が終わって参列者と卒業生が一斉に会場に現れて料理提供が始まると、それを確認した息子は自分の役目を終えて姿を消した。前年まで忙しそうに表舞台で進行を取り仕切っていた彼の姿はどこにもなかった。

人ごみの中で、彼の姿を探しながら、どんな気持ちで見送っているのだろうと、そればかりを思った。卒業生のお母さん達が私を見つけて挨拶に来た。にっこり笑って『おめでとう』と言ったつもりだったが、引きつっていただろう。本来ならこの中に私も居たはずだ。こんな日が来るなんてことを2年前に誰が思っただろう。

息子が一番仲の良かったK君のお母さんの顔を見たら、言葉が出てこなかった。K君に支えられて乗り切った時期があった。お礼を言いたかったけれど、何か言おうとしたら涙がこぼれそうで、冷蔵庫にあわてて飲み物を取りに行った。本当はもっとちゃんと言えたら良かったのだけれど。ありがとう。おめでとう。

レセプション、その片付け、と全て終わって11年生の生徒達が次々と手伝っていたほかのお母さん達の所に姿を現しても息子は来ない、みんなはそのまま誰かのうちでスリープ・オーバーすると話していたが、彼は加わっていない。不安な気持ちで帰宅すると、少し遅れて彼が自転車で帰って来た。

午後11時前。何か食べたか聞いたら、何も食べていない、と答えた。何か食べる?と聞いたら(残り物は山ほどあった)、後で、と言ったきり、ソファーに寝そべって動こうともしなかった。その後私が起きている間は、話さず、食べず、動かず、だった。

お疲れ様。辛かったね。よくこの数週間頑張ったね。今夜も笑顔で振舞ったって、友達のお母さんに聞いたよ。よく笑ってみんなを送ってあげたね。私はそんな君を誇りに思うよ。単位を取らなかったから、もちろん公式に今年卒業にはならなかったけれど、私の中では君は立派にみんなと一緒に卒業した。

君ほどの思いを込めて卒業して行くクラスメートはいない、と思う。その事を私は誇りに思う。おめでとう。これは君に、最愛の息子に。

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母親たちの集まりは嫌…

なんとなく気乗りがしなくて避けている事って、絶対やらなきゃいけない訳じゃないのだから、言い訳さえあれば逃げられるような事って、覚悟を決めて取り掛かればそれなりに走り出すものだ。

ずいぶんと抽象的な言い方だけれど、特別難しい事が求められているのではなくて、自分の気持ちの持ち方ひとつで何とかなる事ならば、えーい、やっぱりやるしかないか。

何のことはない、PTAの行事なんだけどね。子供を持つ親(特に母親)ならば、これから逃れる事はできなし、役員の苦労を思えばこんな気持ちになるのも後ろめたいけれど、私は子供の学校に行くのが苦痛で、クラスメートの親に会うのはさらに辛いのだ。

母親たちが集まってする話は、決まっている。議題になっている事柄を進めるためには、スパイスが必要だ。自分の子供の自慢話と、他の生徒・先生たちの噂話だ。この噂話が耐えられないのだ。

私が居ない場所では、きっとこの人たちはうちの息子の話でひとしきり盛り上がるに違いない…

いつからこんな気持ちになったのだろう。

アメリカ時代には、子供の教育環境を少しでも良くするために毎日の様に学校に出かけていってボランティアをし、文化的理解を深めるためとか言って祖国を背負ってでもいるかのようにPTAの役員を買って出たものだ。熱意だけで頑張り続けたSuper Momのあのエネルギーはどこへ行ってしまったんだろう、今は息を潜めてひたすら息子の卒業を待っている。

あれはきっと子供たちが、息子がくれた自信だったんだなあ、としみじみ思う。自信に溢れて、きらきら輝いていたあの頃の息子が私の背中を押してくれていたのだと思う。

帰国したのは何年も前だから、うつになったのと帰国生だからって言うのは関係ないよと何度も言ってきたけれど、やっぱりあのときから始まっていたのかなあ。息子に限らず、娘も、私も、夫も、『帰国』とは言いながら、『帰って』きたのは言葉も文化も見知らぬ異国と同じ関西だった。子供たちにすればまた新しい『国』に行くのと同じだった。

(阪神タイガースの鳥谷選手が関東出身で、関西の人気球団でゴールデンルーキーとして黙々と頑張っているけれど、彼の気持ちなんとなく分かるんだなあ。敵地で―ほんとに敵地じゃないんだけど、よそ者には敵地に思える―『お前そんなに能力あるなら、やって見せろよ。』って言われてるみたいな気がして、気のせいなんだけどね、ひたすら頑張ってしまう。)

ある意味では海外赴任の時よりも見えないプレッシャーは大きかったと思う。私にとっても、子供たちにとっても。海外に出る時って、大きな環境の変化を前提にしているので、適応が大変だというのは本人はもちろん周囲の理解もある。だが、努力の甲斐あって適応が進んでその地での生活が快適になった頃に母国に呼び戻された時、再び経験する事になる適応障害のことはあまり重要視されない。(こういうの逆カルチャーショックとかって呼んでるよね。)しかも私たち家族にとっては、関西は『過去に知っていた日本、海の向こうで想像していた日本』とは異なっていた。

そんな中での新しい暮らしなのに、『帰国』なのだから適応できて当然、ずっと成績優秀だったのだからカリキュラムが違う学校だって優等生になって当たり前、というような意識がどこかで働いていたんだろう、次第にスタンダードは高くなっていく一方だったかもしれない。

息子に訪れた長くて暗いトンネルは、それまで無意識に出しすぎていたスピードへの警告信号で、その結果しばらく学校という競争社会から休みを取る事になったけれども、彼にとっては必要な休みだった。それによって人生を見つめる視点も変わり、挫折を知った事で人間の弱さ・脆さに対しても寛容になってきた。

復学して9ヶ月、傍目には健康で優秀な生徒に見える。心の中は、察するのみだが、あんなにプライドが高かった彼が、一度は飛び級して置いて行った元旧友達と机を並べている事を気にしていないはずはない。ここでも、もう一度『このクラスで良く出来たって当たり前さ』と、無意識のプレッシャーがかかっていなければいいのだが。

彼の時折の言動から、教師や級友たちに特別の眼で見られたり期待をかけられたりするのを何より嫌っているのが分かる。人前で話したり、目立ったりするような行為は昔は大好きだった。今では出来るだけその他大勢でいようとしているみたいだ。

そういう影響もあると思う、私は今のクラスメートの親たちに会うのが嫌なのだ。毎日息子と生活を共にしている生徒たちはもう偏見を持っていないと思うが、お母様方はそうはいかない。「あの頃あんなに優秀だって、先生方もお褒めだったのにねぇ。どうして今また同じ学年にいるの?」ってなわけで。

嫌だけれど、私の場合はあと数回一緒に行事をつとめれば済むわけだから、我慢するしかない。ひたすら我慢しますよ…

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My Favorite Things

疲れが溜まってくるとイライラしてくる。

イライラすると、嫌いな事ばかりが目につく、耳につく。

ようやく外が静かになってくる時間、バイクの音がうるさい。わがやは通りに面していてしかも交差点のそばなのでありとあらゆる音の洪水の中にある。日中は仕方ない。引越しする日の事を夢に見ながら、ただ我慢している。

9時近くなってようやく外が静まってくるが、私の神経を逆なでするのはそんな中で立てられるエンジンの轟音だ。自分の家の前でやれば家族にうるさいと言われるのか、わざわざ我が家の前の道路でエンジンの調子を確かめるヤツがいる。毎日来る。もう何年にもなる。

夜は交通量が少なくなる住宅街だと走りやすいからだろうが、バリバリ音を立てて何度も周辺を走り回っては我が家の前の交差点で仲間と落ち合う連中もいる。昼間だって十分にうるさいが、夜間だと耐え難い騒音になるのだが、きっと人の迷惑など考えた事もないのだろう、バイクで走り回る連中はこの世から消えてくれと思う。どこか世界の果てに走って行って二度と帰って来るな、とひとり罵ってみる。

よくもこんなに暇な奴が多いもんだと毎日あきれ返る。

職場では上司に対する不満でイライラしている。ああしろ、こうしろ、と言うばかり、従業員に対する締め付けばかり厳しい上司。仕事の押し付けと嫌味交じりの小言ばかりで、達成感も充実感も感じられない。そんなだから部下が育たず、みんな辞めていくんだよ、と心の中で罵ってみる。

早くこの人転勤にならないかな、と待ってしまう。

自分の人間としてのレベルが下がって行くのが分かる。

嫌な事ばかり考えて言葉にすると気が晴れる人もいるかもしれないが、どうやら私には逆効果。どんどん自分が嫌な人になる。

やっぱり、良い事、好きな事を考える方がいいのかな。サウンド・オブ・ミュージックでマリアが唄っていたようにね。"My Favorite Things"で。

私の場合は―
好きな色:夜明けの空を染める茜色の雲。
好きな音:晩御飯の準備ができる頃、帰宅する息子が玄関横に自転車を置く時の音。弾んだ『ただいまー』の声。
好きな香り:一仕事終えて飲む紅茶。もちろん音楽を聴きながら。
その音楽:今日はラフマニノフ、ピアノコンチェルト第3番
ついでに本も読もう:トールキン『シルマリル物語』

だいぶ気分が良くなってきた。やっぱりMy Favorite Thingsだ。嫌いなものを並べ立てるよりはずっと効果がある。

明日は金曜日、そのあとは休みが待っている。もう一日頑張れ、わたし!

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機嫌がいい理由

この2週間息子の機嫌が良い。ひとつには、今月たて続けにあったテストがとりあえず終わったからだ。

テストが終われば誰しも嬉しいが、今回は結果に関わらず、とにかく全部受けたという事、その科目を履修し終えたという事、そして来年度につなぐ事ができたと言うのが何より嬉しかった。4月末に連休を前にして一度大きく崩れかけ、落ち込みかけていただけに、本人にとっては自信になったはず。私にとっても一山越した感がある。

落ち込んでベッドから出て来なくなったときは、ここまで頑張ってきて、またこれでコケテしまったら、もう学校生活はだめなんじゃないかという気にさえなった。彼も、もう学校に戻れない気がしたのか、『辞める』とさえ言った。暗黒の2年前には言わなかったせりふだ。

それからの2週間ほどは、そのまま再び落ち込み続けるのか、踏みとどまるのか、賭けのような気持ちだった。私にとっても、おそらく彼にとっても。だから、何とかベッドを抜け出してSATを受けて翌週には学校に試験を受けに行ったときには、信じてもいない神様仏様に感謝した。

結果はどうでもいいから試験を受ける、大学はどうでもいいから、とりあえず今の学校を卒業する、そんな気持ちで望んだのだろうか…何とか一つ大きな波は乗り越えた。自信になったと思いたい。私はまだまだ気を緩めてはいない。気を許したとたんカウンターパンチ、ってのは思いがけない分だけ、痛みも大きい。

さて、受ける時の気持ちとは別にやはり結果は気になるもの。学校の方の試験はIB(International Baccalaureate)なのでIBOの結果待ち。だが、SATは早いね。もうスコアが出た。これが、彼が機嫌が良くなったもうひとつの理由。当然と言えば当然―。

先週息子が帰宅して、ニヤニヤしながら「ほら!」と見せてくれた。

「うそー!」と言ったのは私。だって、Mathはなんと800点満点!Verbalが740点。合計1540点也!

息子「クラスの子には言ってないんだ。『すゴーい!』とかって言われるの耐えられないから。でも、すごいだろ。数学満点だよ。へっ、へっ。」

確かにすごい。私はSATを受験した事すらないけど、どんなにすごいか想像できる。数学なんて間違えたら減点方式だ、適当にマークを付けとくわけにはいかない。800点取った人はたくさんいるだろうけれど、例えばあのビル・ゲイツがそうだったとか、逸話が残っているわけで、それだけに難しい事なんだと分かっている。Verbalにしたって、いくらインターナショナルスクールに通っていると言っても、アメリカから帰国して7年経ち、日本語を上達させていくと同時に英語のレベルを維持向上させるのは半端じゃない事なのだ。数学も英語もアメリカの学校とは違うIBカリキュラムで勉強しながら、これだけの結果を出すと言うのは至難の業なのだ。

しかも彼はSATのための準備は一切しなかった。こんな受験者ばかりだったら、SATのための塾なんて廃業になっちゃう(アメリカでの話だけれど)。唯一したのは、ベッドから出て、鉛筆を削った事だけだった。

それでいきなりこれ?それなら、もう1、2回続けて受けてみたらどうなんだろうね。日本の大学入試センター試験と違って一年に数回実施されるのだし、秋のSATを受ければきっとVerbalの方だってあと20から30ぐらいは上がるだろうね。Mathはその時若干下がる事もあるかもしれないけど、全体としてやっぱり上がるだろうね。それに、万一下がった時には大学側は良い方の回のSATを採用してくれるわけだし。

なんて事を考えるとしたら、それは浅はかな親の欲目。そんな事は、2年前の私だったら考えただろうし、きっと進学カウンセラーはもう一度受験する事を勧めるだろう。下がったとしても何の損もないし、さらにハイスコア、1600点に限りなく近いスコアを出せば、もっと有利になるから、と言うかも知れない。

もう十分だよ。1540点。数学は満点。アイビーリーグと呼ばれている大学だって、こんなもんだよ。成績的にはね。僅かな点数にこだわって神経減らすよりも、君が行きたいところ、あこがれている大学を選べばいい。君には十分に才能があるし、その君の才能を買ってきて欲しいと言う大学を選ぼうよ。(奨学金付きでね!)SATはこれで終了!(あと、SATIIは別かも)

成績の心配をするのはやめよう。このまま普通に学校に行って、宿題やって、レポート出して、テスト受けて、ごく普通の生活を繰り返せば、内申もかなり高い。成績的には何にも心配要らない。

どうか今の生活を続けよう。友達とも、クラブでも。自信を持っていいんだよ。君は自信を失くして暗い森の中でさまよっていたけれども、君が自分を見ているほどには世間は君に厳しくないよ。

君は、高校をほんとに卒業できるんじゃないか、と思い始めている。卒業しようと思い始めている。卒業してアメリカの大学に進みための道筋を現実のものとして見始めている。気負わずに、でも自分を信じていればきっと道は開けるからね。

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今や値切る人はいない?

知り合いと話していたら、「最近、値切る人っていませんよね。」と話が飛んだ。全国的に知られているかどうかは知らないが、大阪には『値切る』という文化がある。あった、と過去形の方が正しい、とその人は言う。個人商店が大きなスーパー、家電量販店、ショッピングモールに押されて姿を消しつつある昨今、もはや値切ることで有名な大阪人でさえ、そんなことをしなくなった、と。

私が余所者なのを知っているので、彼は機会があれば大阪文化を教えてくれる。私が大阪人の『値切り』について知らないと思ったのだ。

ちょっと考えて、私は「でも、家とか、車とか、電気製品や家具なんかだったら、価格交渉しますよね。少なくともうちの旦那は常にそうしてますよ。(家は買ったことないけど)」と言った。

普段買い物に行くことは少ないが、夫は家電、カメラ、車、家具、など店員と店頭でしっかり話して納得しないと買わない。欲しいものは事前に下調べをしてから出なければ、店に足を運ぶ事もないし、知識があるからできるのだが、表示通りの価格で買い物をする事はほとんどない。もちろん、オンラインショッピングの時は別。あくまでも店頭での対面販売についてのみ。

彼の不満は、やはり最近専門知識を持った店員にめぐり合える事がほとんどないことだ。価格の安さと品揃えだけで勝負する大型店が主流になってしまったおかげで、うちの夫のような『お店の人に聞いて知識を広げ商品購入に生かしたい』消費者は淋しい限りだ。商品に納得出来て初めて、今度は値段の交渉につながるのであって、何でも安くしてくれ、ではないのだ。

ちなみに彼は名古屋の出身で、20年前東京に居たときから秋葉原でもやっていたし、中国時代はもとより、アメリカでもやってたなあ。もちろん大阪日本橋でもやっている。

そう話すと、知人は目を丸くして「へー、そうなんですか?家や車は交渉するのは分かりますけど、家電でも?ボクはやったことないなあ。」と、感動していた。

結局、値切るっていうのは言葉は悪いようだけれど、売り手と買い手が商品(またはサービス)をめぐって駆け引きをする交渉だ。大阪人はよく値切る、と言われるとしたら、大阪人はこの駆け引きを楽しむ術を知っている、さすが商売の都ということになる。そういう人たちはもう少数派、いや駆け引きのできるような対面販売がどんどん減っていると言う事は、時代の流れで仕方ないのだろう。

「アメリカ化してるんですよね。あらゆる面でアメリカを追っかけてるんですねぇ、日本は…」と、その知人は納得したのだが、

私は付け加えた。

「でもね、実は大阪人の値切り癖って、そんな簡単に消えたりしないんですよ。『まけてえな』って言うのはもはや口癖なんです。レストランで働いていて、お客様に『まけてえな』を言われたことが何度かあります。冗談なんですけどね。でも冗談と思えないぐらいに真剣に、どうして『まけて』くれる事が当然と思うかを説明する人もいます。みんな年配の男性ですけどね。ガメツクしているんじゃなくて、会話を楽しんでいるんです」

私が大阪文化について講釈するのでは、話が逆だ。知人は、さすが大阪!と驚いていた。

今後もっと『値切る』行為がなくなる、というのは時代の趨勢、『まけてえな』が消えてゆくのはきっと時間の問題かもしれない。ネットオークションでなら価格交渉が出来ても、人と顔を付き合せて『まけてえな』と言うのは難しい。相手に損させる事なく自分も得をするするようなそんな交渉、人間関係を壊さずにしっかり自己主張するなんて芸当は、少子化・ジジババ抜き・父親不在・携帯メールで友達の輪にぶら下がっている現代っ子には出来そうにない。

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Precious Junkとのたたかい

今日は暑くってしんどかったー。

こういう日こそ掃除をしなくては、いつか来る引越しに備えて、要らない物の整理をしようと思って、結果としてあっちの物をこっちに動かしただけなんだけど、ああ、疲れた。

それにしてもいつも引越しの度に物を大量に捨てるんだけど、いつしかまた増えて、同じことの繰り返し。結婚以来近場の引越し、海外への引越し、と10回も家を替わっているのに、こうも学ぶ事ができないとは情けない。

夫は「うーん、引っ越す事になったら、その時はいろいろ処分しないといけないねー。」なんて、まるで自分がやるかのような事を言う。騙されてはいけない。『処分する』担当者は私だ。。

何回引越しをしても、きっとサラリーマンの妻は皆同じかもしれないけど、荷造りから後片付けまで作業は全部私がすることになってしまう!後片付けまで夫が作業をしたのは、北京で一度アパートを替わった時と、それから天安門事件の発生でやむを得ず私と1歳だった娘が急きょ帰国せざるを得なかった時(このときは夫が一人でする羽目になった)だけ。

あとは全部私が一人で、先に行く夫の荷物をつくって送り出し、後ぜーんぶ片付けてきたのよ!

一年後の引越しに備えて、今から不要なもの、おそらく持って行けないだろう物を処分するのは、彼には気が早いように思えるらしい。でも、どうせやるのは私だからね。少しづつやっとかなくては。

それにしてもいつも思うことだけれど、ガラクタばかりだ。他人には全く価値のないもの。でも我が家にはどれも少しづつ歴史を刻むのに関わってきた。ずっと持っておくほどではない。きっといつかは手放す。そんな物の山だ。私はこういう物たちを‘Precious Junk’(貴重なガラクタ)と呼んでいる。

Precious Junkを整理するには時間と労力と心の手間がかかる。ちょっとだけ手をつけただけなのに、あー、疲れた!

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ようやくこぎつけた、Spiderman3に。

昨日ひっさし振りに夫と一緒に映画に行った。『スパイダーマン3』

昨日急に仕事になったから映画は無理かな、って気もしたけど、その後強行。ああ、今日は睡眠不足で眠い。

さて、オリジナルが上映されてた時に、「この手の映画はあんまりね…」と二人で顔を見合わせて、映画館で他の映画に流れた私たちだったが、予想に反にしてアメリカで大ヒットとなった。

劇場やテレビで何度も流されるトレーラーが意外に面白そうだと感じたころには遅かった。なんとなく見逃してしまった。

そのうち2が出て、「1を見てないのに2をみてもしかたないからね」と言って、このまま無視しようと決めていた。どうせ二番煎じはオリジナルよりだいぶ劣って、きっとこれで終わりに違いない、と。

そしたら何ヶ月か前に3のトレーラーが流れていて、やっぱり面白そうだった。

仕方ない、1と2をビデオで制覇して、ようやく3までこぎつけた。

間に合って良かった!のかな…

スパイダーマン/ピーター・パーカー役のトビー・マグワイヤは不思議な役者で、映画によって全く違う表情を見せる。1と2では、よくこんな漫画みたいな(漫画だった)ダサい青年になりきったな、って思っていた。そしたら、この3ではそれまで表面に出なかったピーターの新しい側面が、謎のブラック・スーツによって披露される事になった。心の底からの善人であったはずのピーター・パーカーの心の奥に潜む影が、今回のテーマであり、マグワイヤの魅力がよく出ている。

悪に染まりかけるピーター・パーカーを演じていても、良い人が悪い人の振りをしているというぎこちなさがない。特殊メークなしで、同じ顔で変身できている。待ってましたとばかりに全く別の人格に変身する。あの野暮ったいピーターはこんなにカッコ良くなれるんだ、と妙に喜んだりしてるのは私だけ?やっぱり不思議な俳優だ。

でもストーリーは、あまりにも都合がよすぎると思う。この第3作で終わるつもりで決着をつけようとしたのかな、きれいに終わっちゃったかな。

友人のハリーとの関係はこじれていたから面白かったのだし、MJはスパイダーマンの正体を感づきながらも知らない方が面白かったなあ。(これは2でばれちゃったけどね。)

それに、長かった!

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口の利き方

全く近頃の若者ときたら、口の利き方も知らない。サービス業なんだから客に対する口の利き方ぐらい練習しとけ!って思う。友達に話してるんじゃないんだから、「~じゃん」はないでしょう。

自分では親しみやすくしているつもりかもしれないけど、偉そうにして客を見下しているように見える。まともに(車の)症状の説明が出来ないのなら、出きる人に代わってよ、とおなかの中で呟いた。

なんとも気分が悪いのは、その彼のせいなのか、それとも、出てきた見積もりがあまりにも高かったからなのか。どうも、こっちの方が影響が大きいかも…

明日は休みのはずだったけど、急きょ仕事になっちゃった。早く寝なくては…

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連休明けは夏休みの始まり

長かった連休明けの週が終わった。

私にとっても長かったし、試験続きの息子にも、風邪引きでおまけにこれも試験前の夫にも。

そうそう、阪神タイガースにも長い連休だったね。

日本ではようやくこれからが勝負、ってこの時期に、アメリカではすでに夏休みになろうとしている。といっても大学の話。高校までは6月中旬ぐらいまであるのが普通。

うちの娘は米マサチューセッツ州の某大学での2年目を今週で終えた。正確に言うと、向こうの時間で12日土曜日に終了!ってことで、もうすぐ大学の寮と3ヶ月のお別れになる。これで9月まで3ヶ月以上の長い夏休みに入るわけだ。

その彼女は、今年は帰国しないと言う。友達のアパートにレントの一部を負担する事で住ませてもらえるし、夏の間のアルバイトを見つけたから、それでレントもカバー出来そうだし(飛行機代の事を思えば、その方が安上がりだから)、アルバイトの合い間にはボストンに遊びに行ったりできるし…

日本とアメリカを行き来するたびに、乗り継ぎに間に合わなかったり、スーツケースが紛失したり(なぜか彼女のスーツケースはいつもなくなる。違う便に積まれてしまって、せっかく本人は無事に着いても着替えがない状態が数日続く…)、実際、大変なんだよね、帰国すると。

というのが彼女の弁。

帰って来ないのは淋しいけど、楽しいときはそう長くあるわけじゃなし、分かったわ。じゃあ、気をつけて楽しんでなさい。と、私。

楽しいんだろううなあ。アメリカでの生活が。そりゃあ、そうだよね。日本にいる5年間、居心地が悪くてしょうがなかったもんね。早く高校終わって、アメリカに戻りたい、アメリカの大学に進みたい、その後も何とか向こうで就職して日本には帰りたくない、って言ってたものね。

うん、うん、分かるよ、その気持ち。

淋しくて仕方なかったら夏中そっちに居るなんて言わないだろうから、きっと淋しくないのだろうし、それはママとしては嬉しいよ。

ところでさあ、アルバイトのウォールクライミングだけど、そんなのって仕事になるの?っていうのは私の素朴な疑問。まあ、気をつけてね。落ちたら怪我するし、教える生徒が落ちても責任問題になるし。分かってるんでしょうけど…

ところで彼女はバイク(bicycle=自転車)を買ったという。その話をメールで読んで、夫と息子と私は3人で大笑いした―
「バイクを買ったから、これで夏の間、友達のアパートから大学へも通えるよ…ただ、わたしは大人のバイクに乗るには背が低すぎて、子供用のバイクを買ったの…でも、いいことは、子供用のピンクのバイクを盗もうと思う人はいないんじゃないかと思う。」

娘は背が低い。いつもそれを気にしている。日本でさえ背が低いのだから、アメリカではいつも子供と間違えられる。アメリカの空港などでは、童顔の彼女が一人でうろうろしていると、『子供が一人旅をしている』のか、とよく警備の人に止められるらしい。乗り継ぎで長時間空港で寝ていたら警備員が心配して、安全な所に連れて行ってくれて見守ってくれた、のは本当の話。

背の低い、足の短い彼女が自転車売り場に行って、子供用の自転車を進められるシーンは、想像するだけで楽しい。きっと地団太踏んで悔しがったに違いない。(そうそう、アメリカって日本みたいなママチャリがないしね。)それにしても、子供用のピンクの自転車かあ…ずっと前、カリフォルニアに居た時に乗ってたのと同じかあ…

ってなわけで、娘には悪いけど、みんなで大笑いしてしまった!こんなにみんなで笑ったのってずいぶん久しぶり。

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荒れ模様で…

昨日と打って変わって今日の荒れ模様と言ったら!今は風が少し治まってきたかな…大荒れです。

それとは関係ないけど、私も野球好きの端くれとしてここしばらく気になっているのが、阪神タイガースの連敗。息子が阪神のファンなので、それにこんなところに住んでいると否応なくタイガース関連のニュースに関心を持たざるを得なくって。

9連敗!こんな感じ●●●●●●●●●

今試合やってるけど、今日で連敗が止まるかどうか、破竹の10連敗なるのかどうか、試合見てないので分かりません!あえて見ないでいるんだけど。

何しろ、昨日は最終回、球児で逆転されたわけだし、まあ、多くの人たちは、何にも言う事ありませんわ!って感じでしょうか。

球児君はいろんな意味でセンセーショナルな存在で、阪神の投手陣の顔だ。球の速さはもちろんなんだけど、球が速いということで言えば、ほかにも彼と同じくらい(それ以上に)速い投手もいるわけで、そういう投手達の多くは速い直球と、それから変化球とを投げ分けることで打者と勝負をしているという点で、球児君は異色だろう。よく言われることだが、直球が来ると分かっていても打てない、それが球児の直球だと。

この2年ほどまさしく彼は神がかり的な投球で、多くのファンを魅了してきたけれど、彼がチームの投手陣の『顔』だと思うのは、それだけが理由ではない。チームの勝利に対する熱い思い、責任感、をいつも前面に押し出してほとばしる思いを隠さない。それが彼の持っている求心力なんだと思う。

それに直球勝負の世界って、まるで野球漫画みたいで面白い。球児が勝負に出ると、それに正面から応える打者も素敵だ。打者としては、うまく当てにいく打者より、やっぱり豪快にスイングする打者かな。私の好みでは、小笠原選手とか。(ひげのあった日ハム時代に比べて、何だか妙に好青年ぽっく若返ってしまったけど、やっぱりあの構え、スイング―特に空振りが良い!)

球児の話からそれてしまった。

その球児、昨夜はあまりに強い彼の責任感が、重圧となったのだと思う。登板間隔が開いていた事を言い訳にはしないのが、彼のいいところだけれど、あまり自分を責めないで欲しい。失敗のないスポーツマンなんていないよ。彼の事だからきっと蘇ると思う。一昔前の阪神を思えば、こんな連敗まだまだかわいい…?


近頃の極端な天候のせいか、夫が風邪をひいた。風邪をひくのはいつものことだが、今日は珍しく会社を休んだ。体調が悪くて会社を休むなんてめったにない。

息子が驚いて、「大阪に核兵器落ちてきて、周りがみんな死んでも、パパの事だからきっと会社に行くような人なのに、風邪で休んだの?」と目を丸くした。核兵器云々は別として、この表現はあながち的外れではない―1989年中国北京に駐在していた時、天安門事件が起った。空港は閉鎖され、天安門広場以外でも、通りは人民解放軍の装甲車が行き交い、あちこちで路線バスが燃やされてバリケードとされていた。街から一般市民の姿が消えた。そんな中、夫はその日すぐに馴染みののタクシードライバーを口説いて市内を見て回り、天安門広場近くの会社に出勤していた。

そんなわけで今夜は平日なのに6時半に3人揃って夕食を食べた。日曜日でさえこんなに早く顔を合わせることはないのに。

そして息子が言った。「何か、妙に嬉しいなあ。病気のパパには悪いけどさ。」

私もそんな気分。

それから、球児がんばれ!

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お休みの日の雨

あー長い連休だった!といっても私の休みじゃなくて、他の人たちのってことだけど。私にとってはようやく今日が休み。明日からまたいつものおしごと。

しっかしこの雨、よく降るなあ…久しぶりの休みだし、買い物がてら映画でも見てこようかって思ったのは昨夜の話で、今日は体もだるいし、寝て過ごす事にした。

世間の人たちも今日はあまり外出しないのか、いつもの休日に比べて外が静かに感じる。

明日からまたいつもの生活に戻らないといけないのだけれど、我が家の問題児は大丈夫かなあ…とりあえず昨日はSATを受けに行った。出来が良かったか悪かったかしらないけれど、とにかく受けに出かけることが出来て良かった。

私に失望を与えないようになのか、それとも自分に言い聞かせているのか、「そんなに良いスコアじゃないと思うんだよ」なんて予防線を張っていたけれど。

明日からは学校での試験が待っているけれども、それも今のところ行く気でいる様だ。とりあえずここまでは順調。

明日ちゃんと学校行くんだよ!

明日の朝までに雨が上がるといいね。

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GWは大変

ゴールデンウイークとは、誰が付けたんだろう、絶妙なネーミングだ。南北に長い国土でしかも四季の変化のはっきりした日本のどこをとっても、うんと南の南西諸島とかはどうか知らないが、きっと一番快適なのがこの季節だろう。暑くも寒くもなく、新緑が美しい最高の季節に働き蜂の日本人が何日も休みをとる。カレンダーがそうなっているので、堂々と休む。会社によっては今年なんか9連休。(そういえば夫の会社もそうだ。その通りに休んでいないのは別の問題で。)

ただ、多くの人が休む、遊ぶってことは、休まないで働いている人もそれだけいるってことだ。私はレストランでパートやっているけれど、当然いつもよりたくさん働かなくてはならない。時間的にも、労働の内容的にも。大勢のお客様が楽しく笑ってお食事するためには店員はひたすら忙しく働かなければならない。それが仕事なのだから当然だ。

さて、そのGWの真最中、私の勤める店では問題が起っている。ただでさえ忙しいこの時期に、あろうことか一週間の間に3人もの従業員が次々と無断欠勤し、連絡を取ろうとしても応答がなく、つまり結果的に辞めるってことなんだろう。

これってルール違反だ。会社の、就業規則の、それ以前の問題だ!

シフト制で働いているのだから、大勢の人とチームプレイをしているわけだから、辞めたいと思ったとしてもすでに入ってしまっているスケジュールはこなさなければならない。それさえ出来ない事情があるなら、なんとか代わりの人を見つける努力をしなければならない。無断でプッツリ来なくなるなんて、最悪だ!そんなの、働く以前の問題だ。

彼らは皆10代後半。私くらいの歳になると「今の若い子って…そういうの何とも思わないのかなあ」などと言いたくなってしまうけど、まさか今の世代が皆、あるいは多くがそんな事はないだろう。私だって10代後半の二人の子供の親だ。「今の子は」と、ひと括りにはするまい。

でも、ひどいなあ。おかげで、私たち他の従業員のスケジュールは大変!それでなくても忙しいのに、労働時間は増えるわ、密度は上がるわ、休みはなくなるわ、そんなわけで申し訳ないけどお客様へのサービスはきっと低下する…

一緒に働いている仲間のことを考えようよ。一緒に働いている人たちに迷惑がかかる、とは思おうよ?それとも、私たちはそういう配慮に値しない同僚なの?そうだとすると、私たちにも問題があるかもしれないけど…

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雨は上がった、けどね

雨が止んだ。『雨があがった』と口にするたびに思い出す事がある。

息子は2歳半頃だったか。

長く降り続いた雨が止んで、私は傘を閉じた。息子もそれに倣って小さな傘を閉じた。。彼はいつも私のコピーだった。

私は「雨、もう降ってないね。」と何気なく言った。

息子が「うん。ウエに行ってよかったね。」と、私の顔を見て言った。

私は、通りの車の音でよく聞こえなかった気がして、「ん?何がウエに行ったの?」と聞き返した。

息子:雨だよ。おかあしゃんいつも言ってるでしょ。雨がウエに行ったからよかったって!

私:お母さんそんな事言ったっけ?あー、わかった!それはね、雨が上がって良かったね、って言うのよ。

息子:(突然真っ赤な顔になって)だから、言ったでしょ!ウエに行ったでしょ!ね?ね?

小さな腕で私の足にしがみついて、自分は正しかったと真っ赤な顔で主張していたかわいいかわいい息子を思い出す。『雨が上がる』と口にするとあの時の傘や雨靴までが浮かんでくる。

懐古趣味は歳をとってからにしようと思っていたけれど、この分じゃもうその域かな。

雨が上がって、今日も彼はとりあえず登校した。雨上がりなのかな?

雨が上がって、私の花粉症はひどくなった。目が涙でウルウルする。目じりは涙のせいで痛い。

でもしばらく晴れるといいなあ。

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雨→とりあえず小康状態に、それから、ヴァージニア・テック事件のこと

アイツの代わりに空が泣いているのかな。春雨の中を今朝は学校に行ったようだ。仕事から帰ってみると家にいなかったので、とりあえずホッとした。

このまま続く保障はどこにもないが、今日行かなければおそらく今週ずっと寝ているだろうし、そうなれば来週たった2日だけの平日に起き上がることは無理だろう。その直後の週から始まる試験などとてもじゃないが無理だったろう。

今日一日が逆にストレスを高めるのかもしれないけれど、今まで長い間アイツが頑張ってきた事の重みを思えば、今日の行動は試金石だ。とりあえず、今日。

夕方どんな顔で帰って来るのだろう?

私にとって当分眠れない夜が続きそうだ。


さて、我が家が大変なので、関心があったはずのヴァージニア・テック事件だけれど、その後の報道をあまり気にしていなかった。さっき帰宅途中の車のラジオで30人以上の命を奪った犯人とされるCho容疑者の背景について、ニューヨーク在住のジャーナリストが話していたのが印象的だった。

この話を聞くまでの私の知識は―
今アメリカではこの事件について語られるのは、もっぱら大学当局の対応に対しての非難ばかりだ。(事件当日の対応ばかりではなく、Cho君がかねてから問題行動をとったり、暴力的・攻撃的な内容のレポートなどを提出していた事などを取り上げて、問題視するものだ。)

日本に居て想像してみると、銃規制の問題がこれで再び焦点になっているのだろう、と思うかもしれない。だが、たぶんそれはきっと古い議論の蒸し返しとしてしかアメリカ人には思えないだろう。確かに銃規制議論はある。特に今回の場合、Choは事件に使った2丁のショットガンを極めて合法的に買っている。アメリカの良心的な人たちが案じているのは、せいぜいその点についてだ―こんなに問題行動が明らかな人間が合法的に銃を買える、それはおかしいぞ。市民が合法的に銃を所持できる今の体制についての議論にはならない。

銃反対派の人たちは大勢いる。だが、残念ながら大勢ではない。それに銃器ビジネスで儲けている人たちがいる。そういう勢力は、議会から銃規制議論を締め出してしまう。

そんなところが、今のヴァージニア・テック事件の主な議論だと思っていた。

で、私がハッとしたのは、Cho君の個人的な事件背景についてだ。
―ラジオのレポートは、彼が高校時代から英語のアクセント(訛り)でのコンプレックスがあり、そのために次第に寡黙になり、さらにはクラスメートから差別を受けていた事が、事件に関与した一つの要因となっているのかもしれない、と語っていた。

英語が周囲のアメリカ人のようなアクセントで話せない、その事で級友に馬鹿にされる、無口になっていく。それを聞いただけで、私には情景が想像できてしまう。

おそらく経験したものにしか分からないであろう、あの疎外感。英語がうまく話せないというだけで人格までもが否定されてしまうかのような挫折感、劣等感。日本で伝えられる企業のアメリカ駐在員家族のばら色の生活の裏側は、まさにそれなのだ。

今から13年前私たち夫婦は6歳と4歳の子供二人を連れて人も羨むロサンゼルス駐在の暮らしを始めた。仕事で日ごろから英語を使っている夫と、「子育てで忙しいのに英語なんて勉強している暇ないわよ」と居直って中学2年生程度の英語力で中国もアメリカも行っちゃおう!と開き直っていたずうずうしい私。これは仕方がない。自分でまいた種なのだから。だが、子供達は、ほんとに、ほんとに、大変だった!

子供が小さいと、言葉を覚える時期に当たる年齢だと、英語を覚えるのに最良だと言われる。それは確かにそうだ。その子の英語学習ということだけ考えれば。駐在員の奥さん達でも、「子供は良いわよね、すぐ英語覚えて。親よりずっと早く、アメリカ人みたいにペッラペラ~。」などと平気でいう人がよくいた。

じゃあ、お前、その子供の代わりに、子供がいる学校やプレスクールに行って一日過ごしてみろよ!子供がどんな環境にいるか知ってるのか?

と、私は切り替えしたかった。言わなかったけどね。子供のいない大人達には想像つかなかったろうし、わが子が苦しんだ末の適応の結果として「アメリカ人」みたいに英語がペラペラになっていると思い遣れない能天気な親ならば、私は過保護な心配性の親にしか見えないだろうから。

こんな思い出がある。渡米してまもなくの事だ。4歳の息子がプレスクールに入って2週間ほどしたある日の午後、健康診断か何かのためにいつもより早く迎えに行った。時間が早かったので子供達はいろんな遊びの真最中。息子の姿が見当たらなかった。すると、誰かが私の姿を見て"○○!Your Mom is here!"「○○ちゃん!ママが来てるよ!」と別の部屋にいるらしい息子に叫んだ。口々に他の子供達も"○○!Your Mom is here!"と叫び始めた。そして息子は子供達の歓声の中を意気揚々と私の元に駆け寄ってきた。みんなが、息子に"Bye!"と手を振っている。息子はみんなに名前を呼んでもらって嬉しかったのと、私の姿を見て安心したのだろう、赤い頬をして得意満面だった。『ママ、ボクね、ほらこんなにみんなと仲良くしてるんだよ』って言いたげに。

その時だった。同じ歳のコリン君(やれやれ、名前まで覚えている私)が息子の背後で呼びかけた。"Bye, Stupid ○○!"(「バイバイ、ばかの○○!」)と、叫んで天真爛漫な笑顔で息子に手を振った。息子は、嬉しそうにコリンに振り向いて"Bye, Collin!"と手を振った。彼の少ない語彙の中にはstupidという言葉は入っていなかった。

私はその場に一瞬凍りついた。その一瞬に彼のいる場所が、彼の一日が理解できた気がした。コリンは汚い言葉が使いたかったのだろう。よくあることだ。だが、親の見ている前で(これはアメリカ人の子供だと普通しない。わたしも息子と同様英語が分からないStupidだから、と思ったのかもしれない)幼稚園の教室で、他の子が(私が)先生に告げ口でもしたらコーナータイム(部屋の隅で座っている)罰則モノのせりふを、あんな罪のない顔でよく言えたものだ。コリンには、よそ者の息子は英語の分からない息子はstupid以外の何者でもなかったのだろう。子供って残酷だ、平気で思っている事を口にする。

こんなところ(その幼稚園がひどいとことだというのではなくて)に、この子は一日いるんだ。自分が何を言われているか分からなくて、笑顔で言われればそれは良い事を言ってくれているのかと思い、自分も笑顔で答える、ほんとは馬鹿にされているのに。私の見たその空気は一日中この子を取り巻いていて、時にはもっと残酷な事も言われたりするんだ。それを一度も嫌だといわず毎日通い続けてるんだ。息子を車に乗せながら私の胸の中は張り裂けそうだった。

私は彼には何も言わなかった。あの時のことは息子はもう忘れただろう。そればかりか、通い始めて半年ほどは家に帰ってきて玄関で靴を脱ぐなり必ず、「ママ、今日はもうプレスクール行かないね?きょうはおしまいだね?」と聞いて、涙を一粒こぼす儀式があった事さえ覚えていないだろう。

息子も、2つ違いの姉もそれぞれに大変だった。それぞれが、周囲に受け入れてもらうために英語を覚え、英語だけでなく価値観を受け入れ(ここが大事なところ!)、ありとあらゆる面で同化しようと必死だった。本人達の努力と、周囲の援助と、それから幸運によって彼らは自分の居場所を見つけ出した。親が良かったからとは思わない、単なる幸運なのだと思う。

ひょっとして、アメリカ時代の様ざまな経験は、彼らにもストレスとして残っているのかもしれない。あの頃に始まった『努力して周りに認められたい、好かれたい』という強い願いが、(逆説的には、努力しなくて良い結果が出なければ周りの人たちに馬鹿にされるという抑圧感が)、今の彼らの人格形成に影響していないとは決して言えない。

それでもう一度ヴァージニア・テックだ。Cho君があまりにも無口なのである級友は彼が口が利けないと思っていた。ある者は"Go back to China!(中国に帰れ!)"と言い捨てた。ある者は「10ドルやるからHelloって言ってみろ!」と言ったという。これらは級友の証言だ。

そういうことへの憎しみをあんな形で晴らす事を正当化するのではない。あの場で巻き添えにあったのがわが子だったらと思うをぞっとする。だが、私にはそう言われた彼の辛さ、隠れて流した涙が想像できる。

(13年前の息子のあの笑顔が蘇ってくる。)

この事件は人種問題ではない、と当局者は言いたがるだろう。差別があったということになれば銃問題よりはるかに深刻な民族間の分離、対立につながってしまうからだ。多民族国家としては何より避けたいかもしれない。でも、そういう所にも躊躇せずに人々が議論を繰り広げるのが、アメリカのいいところなんだけれどね。この事件、簡単には終わらないだろう。


あー、長ーくなった!

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昨日が曇りなら今日は雨、かな…

アイツは今日もやっぱり元気がない。

2年半ほど前にこんな風にして始まった。時々こんな具合にこれといって理由もなく元気をなくし、そんな日が2、3日続いた後でまた元気を取り戻したように見えて、そんなことが毎月のようにあったと思ったら、ある日を境にしてベッドから起き上がらなくなった。学校に行く事はおろか、ベッドから抜け出したり、食事をする事も自分ではしようとしなくなった。

抗うつ剤やカウンセリングのお世話になったり、休学措置をとってもらってリハビリのための登校をしたり、自分の意識を変えていく努力を積み重ねて、去年の秋からようやく本格的に学校生活に復帰していた。まだ1年経っていない。昔と違って完ぺき主義に陥らないように意識的に手を抜き、気を抜き、運動をし、しっかり食べて、ずいぶん明るくなった。うまく行っているように見えた。

安心するのはまだ早すぎたのかな。

自分でも説明できない『起きて学校に行く事ができない』状態がまた襲ってきている。

ゆっくり自分について、将来について考える時間を遣りたいと思って1年休学しての再スタートだ。学校の年度は9月に始まり6月で終わりだから、あと2ヶ月もすればこの学年を通して頑張れた事になる。ほんとによく頑張ってきたのに。あとちょっとで夏休みなのに。

あとちょっと、というのが重荷なんだろうか。確かにこの時期は彼には忙しいはずだ。
年度末の試験やもちろんSATに向けて緊張する時期だ。そういうプレッシャーがないといったら嘘になるかもしれない。でも、欲張ったスケジュールも、目標も置かずに今までやってきた。今になって急にどうして?というのが率直な私の気持ち。

それでもやっぱりまた繰り返すのかな。ほんの数日ガス抜きしたら、気が晴れて元の生活に戻れる、ってわけにはいかないのかなあ。

正直なところ、もう嫌だ。本人が一番つらいとまわりは言うが、私だって辛い。もう、繰り返したくない。

明日雨のち晴れになるかなぁ…

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ヴァージニアテック大事件の日に。

今朝のラジオから身震いするニュース―アメリカヴァージニア州のヴァージニア工科大での銃乱射、32人もの学生が死亡。

とりあえず、娘のいる大学ではない。

なんてことだ。

人はいつか死ぬ。誰一人例外なく。
でも、こんな死に方を、殺され方をして、犠牲者の子供達の親の気持ちを思うといたたまれない。こんな若さでまるで虫けらみたいに殺されるために、子供を20年も愛しんで育てた親はいない。

我が子がそこにいたら、と思うとぞっとする。

CNNニュースの映像でキャンパスの様子が写る。緑の芝の美しい広々とした敷地に大学の美しいビルディングがたたずむ。こんな事件がなけれは、自由な空気と知性の高揚を求めて、弾けるような若さが行き交うキャンパスロードだ。ちょうどこんな風景を、こんな学生生活を夢見て、我が娘はアメリカに旅立っただけに、とてもよそ事には思えない。

この事件の犯人が同じ大学で犠牲者と同じように寮生活をする学生だ、というのもやるせない。お高くとまった学生達に反感を持つどこかの異常者ではない。銃口の向こうにいる学生たちと机を並べて学び、同じ屋根の下に暮らし、カフェテリアで食事し、きっと授業の合い間にはコーヒーを片手に議論したり冗談を交わしたりしたに違いない仲間の学生だ。

怒りを吐き出すのに、彼には銃が必要だったのだろうか。仲間の学生達を何十人も巻き添えにしない事には嫌いな世の中とさよならできなかったのだろうか。そんなに追い込まれるまでに自分から学校を去る事だって出来たのに、学校の外の人生は彼には考えられずに終わってしまったのだろうか。(犯人の動機も何も、名前さえまだ公表されていないから、もちろん私が勝手に推測しているだけだ。)

どんなに頑張って生きてもたいていの人はあと100年も生きたりしない。たとえこの地球があと何十億年続いたとしたところで、誰の人生もこの一度きりだ。(あの世での永遠の人生を信じている人と、生まれ変わりを信じている人にとっては別かもしれないけど、もちろん。)長くても数十年で、きっとみんなこの世を去る。そんなに急ぐ必要はない。

彼には急ぐ理由があったのだろうか。彼が人生を急いで、30人以上の若者達が道連れになったのだろうか。

娘よ―
人生を急いでいる誰かの巻き添えで道連れになってしまわないようにしなさい、などと母が言っても無駄な事は分かっている。そんなことは防ぎようがないのよ、と言い返されそうだ。その通りだろう、きっと。
でもこれが私の母としての願い。
どんなにささやかでも、たった一度だけ自分に訪れた大事な人生だ。その短い一生の中でできる事なら夢を追いかけて輝いて生きて欲しい。でも、例えばその夢が破れたとして、例えば自分が人に賞賛されるような大きなことも出来ないと気づいたとして、それでもやっぱりあなたの人生は価値あるものだということを覚えておいて欲しい。人類の長い長い命の営みの中であなたに託された貴重な一瞬が人生だ。感謝して大事にしよう。授かっただけですでに幸せなのだから。

それから―
この事件とは関係ないのだけれど、今日ひょっとしてここを覗いてくださっていたら、くみこさんにありがとう。心に染み入る話が出来ました。久しぶりに人と話した気がしました。

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夜明け前の桜

今年は桜の咲き初めからあまり気温が上がらないせいだろう、家の辺りでは今も見頃が続いている。いわゆるお花見というものに一度も出かけたことがない私だが、それなりに満開の桜を楽しんでいる。

今一番の楽しみは夜明け前の桜。人気のない道路沿いの並木を街灯と信号の三色がひっそり照らす。昼間の薄情なほどの華やかさはどこにもなく、奥ゆかしくて美しい。早起きして出勤する私へのささやかなご褒美とありがたく愛でる今日この頃だ。

車の窓越しにだけどね。

いくら花がきれいでも、外を歩くのはちょっと…

花粉症なのだ。桜の、ってわけじゃないのだが、スギに始まってイネ科の仲間の草がダメなのだ。毎年2月から7月までが私の花粉症の季節。梅雨に入って雨が続くと治まるので実際にはもう少し短いけれど。

世の中の人たちはお花見だの、行楽だのと、楽しそうな4・5月、私には憂鬱な季節。もちろん薬のお世話になって緩和はされているけれど、野外は苦手。

夜の桜はいい。どこかの誰かが押し付けがましくライトアップしたのはごめんだけれど、誰も見ていなくてもそこに咲いている桜がいい。

明日もまたその桜たちに会える。

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挫折した本への言い訳

週末に頑張って庭木の剪定をしたのが祟ってしまった。週末といっても金曜日。それから丸二日間、右手と腰を中心に全身が痛かった。2階から落ちなかっただけでも良しとしよう。

そういう中で小難しい本を読んでいると絶対だめだ。寝てしまう。

Ian McEwanのSaturday

おかしいなあ。絶対面白いと思って買ったんだけど。どの書評を読んでも賞賛していたし、今まで読んだEnduring Loveとか、The Cement Gardenとか、良かったから、期待したんだけど、私の好みじゃないみたい。本当に好みじゃないかどうかは、50ページ読んだだけでは分からないかも知れないから、『みたい』にしておこう。

もともと概念を深く掘り下げて、ささやかな日常の現象を異なった角度から検証しながら描写するタイプの作家だから、そこが良い所なのだが、この本では、話がちっとも前に進んでくれない。土曜日の未明に主人公がふと目を覚ましてからというもの、一向に事が起こらない。きっとこの本一冊がその土曜日一日の出来事を綴っているのだろう。タイトルを読めば分かる。
そうでした。

何だか、今は読めない。

こんな風に一度読みかけた本を投げ出す時は、何だかとっても申し訳ない気がする。きっとまたいつか読もう。きっと戻ってくるね、と本に語りかけて『いつか』の本のパイルの上に積んでおく事になる。そういう本も実は結構ある。

そしてほんとに戻ってくる事もあるし、そのまま何年もそこに積まれているのだってある。

でも、きっとこれは戻ってくる、と約束しょう。

言い訳を書いたら、少しだけ気が楽になった。

さて、別のを読むか。

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裏金と、赤ちゃんポスト。

西武球団のアマチュア選手への裏金問題―
西武だけじゃない、他もやってる、っていうのは誰が考えても当然。この際だから、全部出しちゃって欲しい。氷山の一角だけ出して、「反省してます。もうしません。」では済まさないで欲しい。

野球選手への影響ばかりではない。野球ファンを馬鹿にするな!何億というそのお金。どこから出てると思ってんだ!君たちがポケットマネーと思って湯水のごとく使っているそのお金は全て、野球を見に来てくれるファンの懐から出てるんじゃないか!

溜まりに溜まった膿は全部出すべきだと思う。きっと12球団のスーツ姿のお偉い方々は、自分達のところに飛び火してとんでもない責任を背負い込むのを恐れて、適当なところで幕を引こうとしてくるに違いない。でも、そうさせてはいけないと思う。

こういう闇金なしにはプロ野球界は存在し得ない、全部暴いたら、ボロボロ出てくるよ。そうしたら、逆に野球界全体が困った事になるよ。だから事は穏便に、ほどほどに済まそう―なんて開き直られて、納得する?

ぜひとも全球団について徹底した究明をして欲しい。そして公表して欲しい。

この件では裏金を渡していたプロ球団側のみが悪いかのような反応をアマ側が示しているのが気になっているのだが、受け取るアマチュア側の問題はどうなるの?選手本人もだけど、それ以上に許せないと思うのが、選手の周辺の大人たち(親とか、指導者とか)。子供に野球をやらせるというのはお金のかかる事だろうけれども、子供は投資じゃないんだから、そんなところで元を取らないでほしい。いろんな事情はあるんだろうけど。

とにかく異常な事態を、異常と認識しないほど感覚が麻痺してしまっていた球界なのだから、思い切った決断が必要だ。今調査している『調査委員会』っていう人たちは、どこまでやるのか知らないけれど、しっかりしてくれ!

仮に、中途半端な幕引きになれば、ファンはもっと怒るべきだ。選手会がストライキした時に、ファンはもちろん国民こぞって選手会を応援した、あの時のように、今度はファンが、試合をボイコットするぐらいの怒りを示すべきだと思う。(選手は出来ないからね。)スタンドが全部空席とまではいかなくても、少なくとも半分、三分の一、なんて事になれば球団側も考えるだろう。

赤ちゃんポスト―
賛否両論あるけど、とりあえずどんな形でも最後の受け皿は必要だろう。

安易な利用を助長する事になる、という反論はある。でも、そうでもしなければ、所詮意思と能力に欠けた親だもの、いずれ虐待されて殺される事になるかも知れない。望んでくれる里親の元で育ててもらえるのなら、赤ちゃんにとっては救いのポストだ。

現代版『姥捨て』と言った人がいるが、そうかも知れないし、そうでないかも知れない。そうでない理由は、赤ちゃんには未来がいっぱいある、未来をつくる、という点で。だめな親から生まれても、赤ちゃんはだめにはならない。何とかのDNAっていう台詞が流行っているけれども、自分と同じDNAを持っていても、子供は絶対同じではない。必ず親を超えてくれる。

それよりむしろ、私が心配なのは『老人ポスト』。
きっとできるんじゃない?高齢化し生活能力がなくなった親を虐待するよりは、ってなわけで、きっとこういうポストが。

そこで『赤ちゃんポスト』で生まれて『老人ポスト』で死に行く、なんてブラックコメディっぽいけど、何だか切なくなってきた。

家族ってなんだろう?

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写真集と北欧の春

出張帰りの夫のお土産で、フィンランドの風景の写真集をもらった。お土産といっても、彼が自分で買ったものではない。取引先からの頂き物だ。出張のたびに彼は何らかのギフトを贈られて、我が家には捨てるに捨てられない役に立たないものがごろごろしているが、この写真集は久々のヒットだ。

Google-earthがいくら楽しいといっても、やっぱり風景は地上から見るものだね。フィンランドの魅惑的な地形が気になっていたのだけれど、この写真集でいっぺんでフィンランドのファンになってしまった。それにしても、同じように雪景色なのだが、キャプションではちゃんと『冬』と『春』が区別されているから不思議。

白くて冷たい中にも日差しが少しづつ温かみを増す北欧の春。こんな風景見たいなあ。

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食べたら払おう。

レストランででご飯を食べたらちゃんとお金を払いましょう。

払わずに勝手にお店を出て行ってはいけません。

もし食事をしている途中でお金を忘れた事に気付いたら、どうか店員にそう言ってね。店員さんは鬼ではありません。お金を忘れてきた人に何が何でも払えと脅したりしません。いつ代金を持ってきてくれるか聞きたいのです。

あなたが食い逃げしたその代金を店員が自分の財布から払うわけではもちろんありません。でも、店員はその事で注意が足りなかった(もちろんその通りなのですが…)と上司から叱責を受け、勤務の評価が下がり、長期的には店員個人にとってもマイナスになります。何よりも、裏切られた気持ちでいっぱいになります。

―――――。

今日はほんとにショック。無銭飲食されたのは初めてではない。一人でホールを任されている時間帯に働いているので、怪しげなお客様には特に注意している。でも、忙しいとなかなか目が届かない。広いホールの奥にいたりすれば、悪意がある相手に対してはほとんど無力だ。

今日の人はそんな風に見えなかったもの。正々堂々と入ってきて、その時間帯で一番高いお料理オーダーして、ちゃんと食べてて、ふと気付いたら料理を少し残して、席にいない。「トイレかな?」と思ったけど、なかなか帰ってこないので覗いて見たら、いない…

やられた…

はじめから悪意があったのではなくて(そういう人もいます。店員が少なくて忙しい時間をわざわざ狙ってやってきてどさくさにまぎれてこっそり逃げるって言う悪いヤツも。)、きっと食べている途中でお金を忘れた事に気づいて、それを私に言う勇気がなかったのだと善意に解釈しようかな、って思ったりしたけど、でも、子供じゃあるまいし、それはだめなんです!

今日の私の一日の気分はそれで台無しになりました。

この人、明日もう一回やって来て、昨日はごめんなさい、って謝ってくれるかな…

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誕生日

今日は私の○○回目の誕生日。

もうこの歳になると誕生日は忘れたい。いや誕生日は覚えておいてもいいが、何回目だったかは忘れたい。

本当に忘れてしまいたい事があると人間は忘れてしまう事ができる。現に私は自分が何歳だったかよく忘れる。それは加齢による健忘症なのではなくて、私の持っている数少ないポジティヴな特技の一つ、と信じている。真実いやな事や辛い事は忘れてしまえる。(なんて私は幸せな人だろう。)

何とかのアンケート、とかで年齢を記入する欄があるけど、誕生日から2ヶ月も過ぎた頃には自分の歳が分からなくなる。今年は2007年だからー、とか言って計算する羽目になる。夫が今○○才で、彼とは2才違いだからー、何てすると、月によっては3才違いの時もあるのだからうまくいかなかったりする。(不思議な事に旦那や子供の歳は覚えている。)

歳をサバ読んで少なく書く、という人がいるけれど、私は時々間違えて多く書いたりもする。やれやれ、自分の歳はちゃんと覚えておきましょう。

誕生日はいいものだ。この日に限って暖かいメッセージを添えられたプレゼントなどをもらったりする。所詮物で気持ちが買えるわけではないけれど、覚えておいてくれたらやっぱり嬉しい。

そういう事を言うと、「そりゃあ何日も前から、『19日は私の誕生日』を事あるごとに繰り返してりゃあ、忘れられないよ!分かった、っつうの!」と誰かさんが皮肉っぽく答える。

家族でも言葉は大事。何年一緒に暮らしていても言葉は大事。気持ちがあるなら、態度に出そう。言わなくても分かっているだろう、では伝わらない事も多い。


 

昨日と比べてどれほどの違いがあるか分からないようなささやかな誕生日。
でも昨日よりちょっとだけ、ちょっととだけいい日かも。(プレゼントの分はおいといて。)
明日はきっと今日よりももうちょっとだけいい日になる。

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テレビを見る息子

私はテレビをめったに見ない。(めったに見ないがゼロではないので、たまに好きなスポーツの中継を見たりすることがある。せいぜい年に数回程度だ。これでNHKの受信料を払うのはどうかと思うぐらいだ。)

一昔前ならテレビでニュースを見る、という価値があったけれど、いまやインターネットのおかげでテレビそのものをもつ値打ちもないぐらいだ。

自分が好きではないものだから、子供にも見せずに育てた。(アメリカにいる頃に英語力を伸ばすためにニュース番組とかコメディとか見たのを除いて)

おかげで娘は、テレビとはすっかり無縁の生活のままアメリカ→日本→再びアメリカへと渡り、きっと今後テレビを持つ事はないだろう。好きな映画もラップトップさえあれば見れる訳だし。

ところが、これも成長の過程なんだろう。最近になってテレビに目覚めたのが息子だ。スポーツ中継は週末に限って見て良いことになっているので、それは良しとして、近頃毎日曜見ているのが『ジャンクスポーツ』だか、『スポーツジャンク』だか知らないけれど、スポーツ選手やその周辺の人たちが出てきて内輪で盛り上がっているくだらない番組だ。(おっと失礼!)

私は彼にこれを見るな、といった事はない。それどころかテレビを見るな、といった事さえない。私がテレビ番組を信じていないので、家族で過ごす貴重な時間をそんなものに費やすのが嫌で、習慣的に我が家はテレビを見ない家だっただけの事だ。

今になって息子が何らかの理由で特定の番組を見始めると、それには彼なりの理由があるのだろう。だからたとえどんなにくだらなかろうが、私は見るな、とは言えない。ただ、残念ながらテレビがリビングルームにおいてあるので、いつもなら日曜の8時―本を読んだり、次に読む本を(ネットで)探したり、夫と喋ったり(最近これは少なくなってきた!)する時間だが、テレビに空間を占領されてしまう。ボリュームを上げてみているわけではないけれど、こういう音に慣れていないので、気になって何も手につかない。

仕方ないので、部屋から退散する。

何だか悔しい。もっと値打ちのある番組見ろよ!同じテレビに負けるにしても、こんなんじゃあ…それにしてももうちょっとマシなテレビ見ろよ。人生無駄にしてるぞ…

ほんとに悔しい。

『くだらない』と思うのは私の価値観。他の人にそれを押し付ける事は出来ない、たとえそれがわが子であっても。悔しいのはきっとわが子が自分と価値観を共有しない、しようとしないからか。これも親の身勝手の表れか…

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まだ冷戦

いまだに夫の機嫌が良くならないようだ。拗ねているって言うのが適切な表現かも。別に声を荒げるわけでも、何をするわけでもないが、私の作った物を食べない、というのは彼特有の表現だろう。

拗ねていても、子供達についての情報は聞きたかろう、と思ってわざわざ聞こえるように子供と話してあげたりしているんだけれど、少しは感謝しなさいね。

いつまでそうやっている気か知らないけど、勝手にすれば。って思っていたら、もう10日以上になる。頑張っているのは確かだ。やれやれ…

親達はちっとも成長していないけれど、子供達は大きくなろうとしている。アメリカの大学で2年生の娘はBiochemistory(生化学)を専攻することに決めたようだ。夏休みの時点ではChemistoryにしようか、Biochemistoryにしようか迷ってる、ほんとはBiochemistoryに行きたいけどrequirmentsが多いから大変そうだし、それ以外の他の科目が取れなくなっちゃうし…とか言って悩んでいたみたいだったけど。

娘曰く、「決めたのはずっと前だったんだけど、ママに言うの忘れてたよ。今研究中なのは、carbonic anhydrases(炭酸脱水酵素)」だそうで…頑張ってね、ママにはよく分からないけどさ。

息子も春休みにはバイトをするって言うし。バイトについては初めてじゃないけど、今までのは私の見える所(比ゆ的にではあるが)でやっていたものだった。今度は自分で勝手に求人誌で見つけて応募して、登録して…ま、それも社会勉強だからね。社会に出れば働くことの大変さが分かって800円稼ぐって言うことの意味が分かるでしょ、ってしたり顔で言ったら、案の定、うんざりした顔をされてしまった。

相変わらず同じところに留まっているのは私だけのようだ。

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疲れた!

今週は疲れた!一週間が長かったこと。月曜日には「まだ月曜日?火曜みたいな気がする」と思い始めて、いやー、長い5日間だった。ただでさえ朝早いのに、ほとんど毎日早出。

明日休みだ。よーし、寝るぞ!

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Darwin's God

今日のNew York Timesでちょっと面白い記事を見つけた。長いのでまだ読み終えてないけれど、寝るまでには読めるかな。

Darwin's Godというタイトルで、タイトルが示唆するように、科学―とりわけ進化論―と宗教についての記述なのだが、少し読んでみればそれが今熱い議論を巻き起こしている「進化論vs知的設計論」ではない事が分かる。

議論されているのは、「神が存在するかどうか」ではなくて「なぜ信仰が存在するか」である。だから、これは科学者と宗教者の間の議論ではなく純粋に科学の範疇での議論だ。

「信仰とは初期の人類史において進化した脳構造の派生物である。」
今争点になっているのは、「信仰そのものが適応するもの」だからなのか、それとも「信仰とは単なる進化の副産物に過ぎない=脳の進化における他の適応の結果によるものに過ぎない」からなのか、どうやらこの点にあるらしい。

もう一つ面白いのは、有名なStephen Jay Gouldなどの「スパンドレル」論。もともとはそれ自体適応的な価値を持っていない特徴、すなわち「意図していなかった副産物」であるというもの。

いまとっても面白く(完全な素人として)読んでいる所。

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不機嫌な夫

今週ずっと夫の機嫌が悪いようだ。どうやら、火曜日の朝私がイライラした態度をしていたことが気に入らなかったようだ。「ようだ」というのは、実際に会う時間が限りなく僅かだったせいで、本人に聞いて確かめたわけではないからだ。

彼は私に何か不満があると、直接口に出さずに、
1.家に帰る時間が極端に遅くなる(通常でも遅いけど)。
2.私が料理したものを家で食べようとしない。
3.会っても視線をそらし口をきかない。
というのが、癖である。結婚以来20年間変わらない。

こうして読んでみると、何だ、そんなことなら可愛いもんだ、という気がするけれど、これで結構厄介なのだ。

何より、絶対自分から口をきこうとしない。何日でも持ちこたえられるから不思議だ。私は適当にすぐかっとなったり、イライラしたりするけれど、そんなに長い間同じ感情を維持することが出来ない。仕方がないのでたいていの場合、2,3日もすれば私の方で助け舟を出す、つまり謝ってあげることにしている。

ただ長い間一緒にいると情熱もない代わりに、過度な期待もないので、あまり大きな感情の行き違いは減っていた。歳をとってずるくなったということもある、最近は出来るだけお互いが傷つかないようにしてきた。喧嘩って疲れるでしょ、ほんとに。

ただそうはいっても、長い間の不満というのは溜まるもので、(もちろん私だけが不満に思っているのじゃなくて、彼も不満なことはいっぱいあるだろうけど)、何かの折にふとあてつけがましく出てしまった、のが夫の気に触ったようなのだ。それは私が悪いかも知れないけれど、それくらいのことで、またか…というのが私の気持ち。

それくらいのことでいちいち傷ついてんじゃないのよ、何年一緒にいると思ってんのよ、私の方でまた歩み寄ってくると思って待ってるわけ?ってね、内心私は思っている。

あと何日これを続けるつもりか知らないけれど、今までと同じようにまた私が無条件に謝ることになるのだろうか…

でも、ここだけの話で、意外にもこの冷戦状態って、昔ほどに居心地が悪くないのだ。それってやっぱり歳を取ってずるくなったせいかなあ。私の方は別に話をしてもらわなくてもかまわないよ。一人の時間は好きだし。まあ、同じ家の中に明らかに不機嫌な人が居ると気分が良いとは言えないけど。

しばらくこのままいさせてもらおう。喧嘩するのも、謝るのもエネルギーが必要だし、今の私にはそんな元気が出ないから。

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停滞気味

せっかく良くなりかけた風邪がぶり返しそうな肌寒い日。北国のそれには及びもつかないけれど、仕事をしながら今頃息子はまたゴホゴホと咳をしているんじゃないだろうか、と案じていた。

食欲が少しばかり戻ってきたのは良い兆し。平日はいつものことだけれど、疲れた顔で口数は少なく、元気な時の1/3ほど食べてすぐ部屋に引っ込んでしまった。

明日は今日と較べて暖かくなりそうな予報。きっともう少し元気になるかな。

明日から3月だもの。

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心配しかできないけど…

親が子供に出来るのは心配ぐらいのものだ、と私は常々言っているけれど、ほんとに私は心配ばかりしている。

先週水曜の夕方から今朝まで4日と半日、風邪をひいて高熱を出していた息子は、ドクターに行く時以外一歩も外に出ず、それどころかベッドから出ることさえほとんどなかった。熱は下がったとはいうものの、風邪の諸症状はそっくりそのまま、元気がないままだった。

今朝、私がいつものようにみんなより早く家を出て仕事から帰ってみると、彼は学校に行っていた。

もう子供じゃないんだから、自分の体調は自分で分かるだろう、と分かっているつもりでも、実は心配している。

彼が体調を崩したり、元気のない表情をするたびに私は動揺する。初めの15年間大きな心配をかけることなく成長してくれた孝行者の息子が、この2、3年私を一人前の親にすべく協力してくれているのだろうか、とも思う。

心配したからといって、何が出来るわけでもない。ただ私の心が痛いだけだ。ただ何も言わずに食欲を気にし、足音を聞き、生活の音を確かめているだけだ。

私がこの位の歳の時、やっぱり母はそうしてくれていたのだろうか。私の何気ない言葉や表情に耳を澄まして何食わぬ顔をして、心の中で心配していたのだろうか。きっとそうなのだろう。今になって分かる。

私が掛けた心配を、今度は息子が私に返してくれている。やれやれ…ありがたい事だ。

元気な顔が見たい。元気な声が聞きたい。

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ちょっと早いけど桜…

暖かすぎて気味が悪い。本当に。今日なんか、仕事してて暑かった…

こんなに暖かいと桜が早く咲くと、同僚のおばちゃんが言っていたが、それはもちろんそうだろうなって思っていたら、桜の開花のメカニズムはそんなに単純ではないらしい。

桜の花芽は、花が散ると夏までに形成され、その後休眠に入るのだそうだ。その休眠を解凍するには冬の一定の低温期間が必要で、寒さを経験した後寒さが緩んで気温が上がって来ていよいよ開花となるのだそうだ。『解凍』のために寒さが必要と言うのは面白い。

そういえば、昔理科の時間に勉強した気がする―何十年も前だけれど―日照時間が長く気温が上がれば植物はよく育つわけじゃなくて、種類によって(だと思うけれど)ある一定の短い日照時間や低温を経験した後で発芽したり、花芽が形成される、そんなんじゃなかったっけ?

そんなわけで、桜の開花予想はまだ少し先に出るのだろうけれど、今年は桜前線の北上が例年とは違った形になる可能性があるとか。南の温かい地方の方が、桜の開花が遅れる、というような奇妙な現象もありうるとか。

私は花見には行かない、行った事がないので桜の開花の時期なんかはっきり言ってどうでもいいけれど、気象と生き物の世界は深遠なのだと気付かされる。人間もその一部なんだけれどね。自然を支配し・コントロールしようとしてきた現代文明の恩恵と同時に、そのしっぺ返しも今これから受けようとしているのだろう。人間と共に桜も。

植物界の五輪があるとしたら、あたかも『春』種目にエントリーする日本代表のように言われるソメイヨシノは、まさに現代日本人が国策でテコ入れしてきた強化選手だ。昭和天皇の即位記念や、戦後の復興のシンボルとして選ばれたのがこの花のわけで、もちろん花には何の責任もないが、日本中どこに行ってもソメイヨシノの並木のない地域などないのは不思議な話だ。樹木としての寿命は短いらしく、植えられている所も排気ガスにさらされたりする街路だったりすることが多いから気の毒な話だが、気候・風土が変わろうとしている今、50年前の日本人の心を映すシンボルだったソメイヨシノの時代も終わろうとしているのだろう。

ちなみに私がソメイヨシノで一番好きなのは、秋の紅葉の季節に赤や黄色を交えて色づいた落ち葉である。夜露が朝日で温まって踏みしめる足元から、頭上からかぐわしい桜の香りが立ち上ってくる。日中の熱でからからに乾いた落ち葉を踏みながら帰宅する夕べもまた楽しい。最近では、市街地の落ち葉はきれいに掃き集められてしまって、こんな喜びは減ってしまったけれど。

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いとこ

私には30人のいとこがいる。少子時代になる前の私の年代でも多い方だと思う。大勢いたせいだ思う、今まで彼らの存在を特別に意識したことはなかった。小学校低学年ぐらいまでは親達が行き来するときについて行って遊んだりしたが、大きくなってからは法事か何かで出会うぐらいで、それに30人もいれば年代もかなり開きがあって、顔も知らない人も何人もいる。

だが、我が家の子供達は、いとこと言うものに別の感情を持っているようだ。私の兄夫婦の子供達3人だけが彼らのいとこである。(年齢的にはうちの子の方がちょっとだけ大きい。下の息子が一番年上のいとこと同い年だ。)今の少子世代の中ではいとこが3人だけと言うのはけして少なくないかも知れない。だが、うちの子供達にとっては、『たった3人しかいないんだよ、それも一つの家族だけにしかないんだもん。』そのいとこ達には母親の側に10人以上のいとこがいることを言っているのだ。(確かにうちの夫の弟夫婦には子供がいない。)

我が家は転勤と引越しを重ね、海外に長期間住んでいたせいで、子供達が親戚やいとこと接する機会ができたのは、数年前に帰国して以降のことだ。それまでは、地縁・血縁のない生活しかしてこなかったし、そのことを私は心中喜んでさえいた。子供達はアメリカに住んでいた頃、親戚がないことを時々残念がっていたけれど、私はちっとも真剣に受け止めたことがなかった。田舎育ちの私は、地縁・血縁は面倒なだけだった。夫の病気とか、何かの時に不便だったという点を除いて。

だから、帰国したら、親戚に会える、いとこに会えるということが子供達にとってどんなに重要なことか想像したことがなかった。確かに会いに連れて行ったら喜んでいたから、ものめずらしさのせいかな、そのうち大きくなれば関心がなくなるのかな、と思っていた。

だが、我が家の子達二人は、いとこ達とその家族を今だに気に入っている。何年たっても飽きないようだ。うちの娘は19才で、アメリカの大学に行っているけれど、休みに帰ってくると私の実家にいとこ達に会いに行く。下の息子なんぞは、長期の休みの度に長い間泊まりこんで、彼専用の部屋まで持っている。(義姉にかわいがって貰っていることも、幸運だ。)年下のいとこをかわいがることは半端じゃない。私は何年も姪や甥に会わなくても、息子の話を聞いているので、成長の具合が分かる。

そんなにいとこっていいもんかねえ?と不思議に思うのは私だけ?うちの娘と息子はけして仲の良い兄弟ではない。2歳違いで、いつも彼らはライバルだったからかもしれない。

生まれてこのかた、親と姉弟以外の人間関係は全て自力で築かなければならなかった娘と息子は突然現れた『いとこ』という不思議な存在をとても魅力的に思っているようだ。姉弟のような確執がなく、かと言って全くの他人ではない、無条件に自分の見方、のような存在らしい。

いずれにせよ、彼らはいとこ達が大好きだ。3人しかいないけれど、30人いる私の一生分の『いとこ関係』の10倍以上の付き合いをしている。

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帰省の後

2年ぶりに実家に行ってきた。一泊二日の里帰り。懐かしい風景と、潮の香り、そして懐かしいふるさと訛りの会話。

ふるさとってやっぱりほっとする。

田舎といえども、あちこち開発が進んで風景は変わった。昔私が自慢だった美しい海岸線はもう残っていない。農地・宅地の整理統合が進んで、今母や兄達が住んでいる家は私が育った家ではない。幼馴染みに会うこともない。いつの間にかふるさとで過ごした時間よりも、そこを出てからの時間の方が長くなった。といいながら、それでもまだ、帰ってみると子供の頃の自分があちこちに潜んでいる。人々の思い出話の中に。走り回った路地に。いつも日暮れまで遊んだ砂浜に。

かわいい甥や姪達に手を振って見送られて、あー、もうちょっとだけゆっくりして行けたらなあ…と思いながら、ハンドルを握っていた。ふるさとって、やっぱり一人で帰るもんだなあ、息子や旦那がいたんじゃあ、感慨にふける暇もありゃしない、などと…

でも、家に帰ってくると思う。やっぱり我が家が一番落ち着く。洗濯物や夕食の支度や、いろんなことが待っていたけれど、いろんなことが待っていてくれる家が一番だな、って。ありがとう、待っていてくれて。

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一人でお里帰り

明日明後日と実家に行ってこよう、と思っている。最後に行ってから、もう2年以上になるかな。母にはその間に何度か会っているし、姪っ子も遊びに来たりしているが、私はずいぶんふるさとの空気を吸っていない。

特別な用事もないけれど、家族と一緒に行ったのでは出来ないような話もあるもんね。実の母親ぐらいしか聞いてくれないような、つまんない話だけれど。

ちょっとした遠足気分でいたら、夫も、息子も、それぞれが私と一緒に行きたいと持ちかけてきた。

えっ?行きたいの?うーん、今回はみんなで行くと向こうのうちにも迷惑かけるといけないし、私ひとりでちょっとだけ行ってくるよ。悪いわね。一晩だけだから。ね!

てな訳で、夫も息子も丁寧にお断りした。だって、ほんとの事言うと、一緒に行ったら、私が息抜き出来ないでしょ!

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克己

誰でもうまくいかない時ってある。

天才的なアスリートでも、天才的な企業家でも。私が尊敬するあの人だってきっと不調の日もあるだろう。あのエフゲニー・プルシェンコだって練習で思うように行かなければ自分にイラついて大声を上げるという。

ただ、偉大な人とそうでない人の違いは、偉大な人は決して諦めない、ということか。

ちょっとやってみてうまく行かないからって、自分には到底無理、と諦めてしまったりするのが、私の人生だったけれど、それに気付いてやり直すには人生って何て短いのだろう。

もっと若い時に、欲を言えば子供の頃に、気付いておけば良かった。役に立ちそうにない(実際立たなかった)受験勉強なんかよりも、自分の人生に何を求めるのかというゴール探しをしておくべきだったなあ。受験参考書なんかより憧れのスポーツ選手のインタビュー記事のほうが何倍も心の栄養になる。偉大な業績をなした人の言うことはそれなりに重みがあるなあ。

ただ、この『重み』は、今だから分かる、って事もあるんだよね。20年前ならきっと耳を傾けなかったかも知れない。貴重な経験や、貴重でない経験や、忘れてしまいたいような経験も、その全てが『私』であって、ごたまぜの継ぎはぎだらけの『私』になってみてはじめて、自分の人生にとって一番大切なものを得るにはもっと謙虚に外に心を開かなければいけないのだ、といまさら実感し始めたというわけだ。

例えば自分よりずっと年少の人だったり(それは有名人ばかりでなく)、ぜんぜん違う人生を生きてきた人に対しても、10年前の私は心のどこかで『この人とは人生観が違うから』と一線を画して、心を閉ざすのが常だった(と、今になって分かる)。ようやく最近価値観の異なる人から学ぶ姿勢が自分の中に生まれてきた気がする。

それに気付くのに何十年掛かったんだか。気付いた時にはもう人生半分終わっている…というのも悲しい話だが、仕方ない、これが『私』流って訳で。

で、改めて思う。今の私は残念ながら未来をいっぱい持った子供のように『好きなこと』ばかりは出来ないけれど、自信がないから、って逃げてばかりはいけないと。私の目標ってそういえば昔から『とりあえずあと○○(週、か月、または年)だけ頑張ろう』とかって、ほんとに消極的なものばかり。もっと積極的にならないとね。もっと自信を持って。

自信を持って己に厳しく生きている人は輝いている。たくさんいる素敵な人の中から、この人のインタビューを読んで、やっぱり彼はすごいな、と思う。プルシェンコの雑誌Strong Man)インタビューです。

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いまさら同居?

結婚して20年になるが、姑と同居したことがなかった。夫は長男なのだが、何しろ海外勤務が多かったので、弟が義母と永久に同居するものと思っていた。二人で家も建てていた事だし、弟が結婚しても同居を続けていたし、出来の悪い嫁の私より次男夫婦と暮らすのが良いに違いない、その方が、私たちとしても気軽で身軽でいつでもあちこち行けるし。

ところが人生は私にそんなに甘くなかった。『嫁と姑』という世の難題の一つを永久に私から遠ざけておくほど優しくはなかった。義母は次男夫婦と暮らすのが嫌で仕方なくなっているのだ。何とか仲良く暮らして行ってくれないかと思って、あれこれとりなしてみようとしたけれど、どうやら限界のようだ。

本音を言えば今すぐにでもこっちへ来たいのだろう。でもこっちにも事情があるし、義母も一緒に住める家を探すことが先決になるし、そんなにすぐにという訳にはいかない。

私の本音は―
あんまり嬉しくはない。というか、うまくやっていける自信がない、ってとこかな。もうずいぶん昔になるけれど、義母とやりあった(取っ組み合いではありません!)事もあるし。でも、お互い大きくなって(歳が)、昔の失敗は忘れて歩み寄ろうって事で、今は私は義母の愚痴をこぼすことの出来る相手になれた。たぶん実の息子の夫以上に。その事はありがたいと思っているけれど、やっぱり一緒に住むとなると、大丈夫かなあ。

彼女はほんとに優秀な主婦で、旦那は今でも彼女の家事のやり方こそが『うちの』やり方だと思っているようで、しょっちゅう言葉の端々に出てくる。『うちでは』こうやってた、って。一度もその『うちの』やり方で、我が家を仕切ったことのない私である。もう20年間、私のやり方が『うちの』やり方、『うちの』味なのだ。旦那はいまだにそこが分からないらしい…

だから心配だなあ。気ままにパートに出て、気ままに家事をして、気ままに勉強みたいなことをして、気ままに本を読んで、気ままにネットやって、気ままに昼寝して、気ままに友人と会っている私が、いまさらこの歳で義母と暮らせるだろうか?

何事も修行のうち、これも私の人生勉強なのかなあ…

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休日

何にもしなくても一日が終わってしまった。風邪っぽかったので、昨日は早く寝たのに、または早く寝すぎたのか、夜中に喉が痛くて目が覚めて、今度は風邪薬を飲んでもう一度寝直したら、何てよく効く薬だこと、今日一日中ずっと眠かった。一応起きて、洗濯して、家族に『もっと寝るよ』と宣言して、それからまた寝て、夕方になるまで寝たり起きたりしていた。

明日からまた頑張ろう!

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脳の不思議

今週のTime Magazine(07/2/12付)はちょっと興味深い。脳についての特集である。

私には素人が面白がる程度の読み方しか出来ないけど、これほど専門的な興味が進むことに二面性のある学問も珍しいだろう。なぜなら、世界の多くの主だった宗教が、人間の死後も存続する魂というものの存在をよりどころにしているからだ。

ところで、人間の思考とか感覚とか喜び・苦痛は、全面的に脳組織内の生理的活動によるものらしい。言葉を変えていうと、『意識』は脳の活動そのものだということ。この脳の生理的活動が停止するとその人の意識は生存しないということになる。

よく『臨死体験』などというものが話題になって、肉体から魂が遊離するのを体験するとか言う話があったりするが(死者の魂との接触、などという一世代前のまやかしものも含めて)、こんな現象は、目と脳の酸欠症状に過ぎない。

実際にスイスの脳科学者のグループは、視覚と肉体的感覚が収束している脳のある部分を刺激することによって、この肉体からの遊離体験のスイッチを入れたり切ったりすることができると報告している。脳は、機械的刺激(電気的、化学的)で、どうにでもなるものなんだ!

だから、脳の中のどこかに『自分』という『意識』がいて、感覚モニターを通して監視したり、どこかの筋肉のボタンを押したりしている、というのは間違いで、『意識』は脳内で分散して起こっている色々な事象の大混乱によって形成されるものらしい。

ふーん、そう言えば、そんなものか。そうなってくると、私には直接関係ないといっても、宗教は微妙な立場に立たされるなあ。必要ないとは言われないだろうが、やはり魂の永久性が否定されると、それを受け入れ難い人も多いだろうなあ…

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温暖化と人類の未来

今世紀末までに世界の平均気温が4度上昇すると北極圏のツンドラの半分が消滅する―

IPCCの報告書によらなくとも、Google Earthでシベリア地方を旅してみれば永久凍土が溶けて無数の湖沼が出来ているのが見てとれる。もちろん衛星写真はリアルタイムではないので、少し過去のものだが、それだけにこの虫食いの葉っぱのような、いやむしろ生物の教科書に乗っているアメーバか何かの写真のような、こういう土地がもっと拡大しているのかと思うと不気味だ。永久凍土ではなくて、今や半解凍の凍土である。何十年か前までは荒涼として凍て付いて、およそ人間活動が想像できなかった広大な地帯が、湿地化しようとしているのか。

ツンドラの消滅に限らず、もちろん氷河の消滅、海面上昇、海洋温度上昇、干ばつ、洪水、極端な気象の変化、など温室効果ガスによる温暖化の影響は計り知れない。

この調子だと少子化を待つことなく、人間は自らの犯した地球資源の無駄遣いによって次第に生きる場所をなくし地球から追われてしまうのだろうか?

そう言えばLong Betsという長期的な賭けのプロジェクトがあって、そこでMartin Reesというコスモロジストがこんな予測を立てている。 "By 2020, bioterror or bioerror will lead to one million casualties in a single event." (2020年までに、一度に百万人の犠牲者が出るような生物兵器テロか生物兵器の誤使用が起るであろう。)彼の心配はテログループによる組織的な生物化学兵器の使用のみでなく、例えば今ならコンピューターウイルスをばら撒いているような反社会的な個人をも含む。2020年といえばあと13年。彼の予測に対して、賭けはきれいに2分されている。賛成/不賛成が50/50である。

こんな人もいる。逆にJohn Tierneyという人は "I predict that our civilization will survive until at least 2100." (人間の文明は少なくとも2100年までは生き延びるだろう。)人類は安泰だと言っているのではないので、あしからず。少なくとも、あと93年間は絶滅しないだろう、と言っているだけだ。その理由は、人類は今までにももっとひどい時をも何とか乗り切ってきたし(例えば1918年の、世界で何千万人を襲ったスペイン風邪)、生物化学兵器テロや新種の微生物などへの恐怖は依然あるにしても、それを防止したり過ちを乗り越える道もまた切り開いていくだろう、という希望である。

Long Betsのオフィシャルサイトはここ
http://www.longbets.org/predictions

私としてはTierneyさんの予測の方を取りたいけれど、それを私が生きて確認することはないだろうから、Reesさんの予測が外れればいいな、と願うにとどめよう。

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捏造データと『産む機械』発言

データ捏造のテレビ番組や、やらせ番組は別に今に始まったことではないし、テレビを見ない私には関係ないが、納豆事件では実際困ってしまった。年明けからしばらく、近くのスーパーの納豆コーナーに定番の商品が姿を消したからだ。夕方買い物に行くと、納豆はほとんど売り切れ状態だった。最近納豆の入荷がないのかなあ、ぐらいに思っていたら、テレビで納豆によるダイエットを取り上げていたせいで納豆が爆発的に売れるのだ、と夫が教えてくれた。

日常的に納豆を食べている我が家は、いつものが手に入らなくてちょっとだけ困ったけれど、家族そろってダイエット効果の話は笑い飛ばしてオシマイ、だった。

それが捏造が暴露されたとたん、いつもの納豆売り場に戻ってしまったので、わたし的には安心した。新聞を読んでいたら、これに怒った視聴者の反応が載っていたので、むしろそっちの方が興味深かった。『信じて毎日納豆を食べていたのにやせなかった。お金を返して欲しいぐらいだ!』と。

???

誤解がないように言うと、テレビ(娯楽)番組はデータを捏造していいと言っているのではない。でっち上げはだめだ。でも、こういう『偽科学』番組がはびこったり、『超神秘/オカルト/占い』系番組が花盛りなのは、視聴者の(社会の)批判的に捉える能力のなさを表しているのだ。

何かを食べるだけで痩せるなんてあるはずないでしょ。もしそうだったら、危険だよ。そもそも食品は栄養を摂取するためにあるわけでしょ。白衣の研究者っぽい人が出てきたら、それだけで科学的な気がする、日本人じゃなく英語を話す人だったらなお効果的、って言うんじゃあまりにも哀しい。でも、哀しいけど、それがこの社会の実態だ。

納豆を食べたのは自己責任!!!

テレビ局側は処罰されるべきだと思うが、きっとこの手のものはヒドラの首のごとく切っても切ってもきりがないだろう。視聴者におもねるのではなく、教育してくれるような良質な番組は期待できそうにない。(広告に頼らないNHKも政治家には弱い。)

テレビばかりではない。我々の周りには、インターネットのおかげでかつてなかったほどの大量の情報が溢れかえっている。ほとんどは役に立たないジャンクだ―このブログのように個人的・主観的過ぎるものも含めて。情報を選択する自由は個人にあり、責任も個人にある。その真偽や信頼性を問う力が備わらない限り、捏造番組はなくならない。

それから、これは捏造ではなくて、ほんとに言ったらしいから(本人が認めているので)、よけい大問題だ―柳沢厚労相発言。

この人は閣僚として資質を欠くので辞めて当然だ。だが、オカシイのは柳沢氏だけではなくて、それを『辞めるほどではない』と思う首相。さらに、こんなオトコが今も存在しているという現実。彼に奥さんがいるかどうかは知らないが、どう思っているだろう。まあ、こんなオトコだとあきらめているだろうか。あんた自身は『生ませる機械、装置』と捉えているんだろうね。

失言というのは、普段からそれを考えているから出てくるわけだから。考えたことがなかったら、何かの弾みに出て来るなんてありえない。わたしは絶対自分の息子を間違ってもこんなことが言えるような人間にしないぞ、と誓う。

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信じている、信じたい、信じている。

人はどういう時に人を信じることが出来て、どうしたら信じられなくなるのだろう。

この顔が嘘をついている顔に見えますか?と言った政治家がいたと思うけれど、その時誰も彼を信じていなかったと思う。顔では信頼は得られそうにない。

よく知っている人ならどうだろう。職場の同僚で1年半ぐらい一緒に仕事をしているが、仕事を良く頑張るだけでなく、快活で人好きのする気さくな人だと思っていた。でも、私の知らない場面では、ちょっとした事ですぐカッとなり暴言を吐いたりすることもあるようだ。

愛する人はどうだろうか?家族は?自分の子供なら?いつでも信じている、はずだ。顔を見れば(見なくても、声の調子や足音だけでも)体調や気分が分かるはずだ。

が、ほんとにそうだろうか?私には自信がない。信じているよ、と言いながら、信じ切れない心のもろさが情けない。苦しみを共有しすぎてしまうのかな。

心や体が良い状態にあるときは信じるのが簡単だ。ベストと言わないまでも、ほんのわずかでも上昇傾向にある時には、それだけで光がさしてきた気がして、信じられるし、待つことが出来る。問題はそうじゃない時。下降気味になった時だ。突如それまでの信頼が揺らぐ。

私は何て疑心暗鬼になっているのだろう。

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後退

確かに私は常々息子に『親を裏切って大きくなれ』と思っている。いや、そんな風に日記には書いている。でも、ほんとに裏切るなよ。しかもこんなに早く。しばらく明るい日々が続いていたじゃないか。もう出口が見えたように思った時もあったじゃないか。

どんな人でも、どんな時でも、パーフェクトはないのだから、それで良いのだと思うことにしようじゃないか。良い日もあれば悪い日もある。悪い日があっても大丈夫なんだ。それでもゼロにはならないし、ゼロに戻さない。リセットはしない。人生は映画を撮っている訳じゃないんだから、NG出して最初から、何てことはしないでおこうよ。誰もそれで君の事を笑ったり責めたりしない。

生きることはそんなにも大変なことなんだろうか。君を見ていると、心は何て傷つきやすいのだろうと、切ない。

明日は良い日になりますように。

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元気でいてね!

久しぶりにマサチューセッツにいる娘からメールが届く。ウインターブレイクにボストンの知り合いの家にお世話になって、その後大学には戻っているとメールがあって以来、梨の礫だった。いつものこととは言いながら、彼女はホームシックとは無縁の人らしい。ありがたいけれどちょっと寂しいような、でも元気そうで何より。

それより彼女はこうして、休みの度にボストンの知り合いの家に行っている様だが、聞くと、同級生の女の子の実家らしい。その同級生とはさぞかし仲がいいのかと思ったら、どうも、家族の方と仲がいいようで、おばあちゃんやら、おばさんやら、複数の家に泊まり歩いているようだ。家族に小さい子供がいるのでベビーシッターしてあげるとお小遣いをくれるし、クリスマスもサンクスギビングもすっかり家族の気分になっている。

一体何をしていることやら心配は尽きないけれど、でも孤独で早く家に帰りたいと思わないのだから、良しとしなければ。

彼女は小さい時からこんな人だったからね。同級生の友達は出来なくて、仲が良いのはずっと年上か、年下か、だった。クラスメートとはいつもトラブルを起こしてばかり。いわゆる人に好かれるタイプの人とは一線を画して付き合おうとしないくせに、一癖ある大人と仲良くなるのが上手だった。数年前までよく家族で旅行したが、飛行機に乗って、一眠りして目覚めると、隣にいるはずの娘は私が知らない間に、近くに座っていた別の家族と楽しそうにゲームをしたり、小さい子供と遊んでやったりしていた!

思った事をずけずけ何でも言うし、それも当の本人の目の前で良いことも悪いことも包み隠さない(陰口が嫌いだからね、っていうのが理由らしい。)ので、世に言う『空気の読めない』人だ。大人びているようで、いくつになっても人付き合いの技術はまるで幼児並みと言われたこともある。

みていてハラハラドキドキする(した)が、一緒に住んでいない今となっては、どうしてるのかなあ、やっぱりあの調子なのかなあ、とボヤいてみるのが関の山。もう19歳なのだし、この歳までに何とかフツーの社会性を身に着けさせられなかったのは親の責任としても、今となっては仕方ない。任せたよ!君自身にさ。

とにかく、元気で無事にいて欲しい。心配してるからね!

そうだ、私もまだ出していない手紙の返事があるのだ。書いている途中で、もっと書きたい気がしてまだ結んでいない。娘にばかり言えた義理ではない…

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珍しくないけど、悪いよ!

家庭ごみについての話なら、主婦ならば自治体の長にも劣らぬ意見を持っていることだと思う。環境問題と大上段に構えなくても、日々ごみについての悩みは尽きない。我が家では―私に限ってのことだが―『ごみ』は最重要課題の一つである。

ごみの分別:家族に周知徹底させること。時々夫も息子もズルをする。

ごみの減量化:市は一度に2袋までしか収集してくれないし、この袋とて有料だ。小さいながら庭もあるのでそれなりにごみも出る。

ごみの資源化:こいつは家族には到底理解してもらえない。資源ごみの日にたまたま私が仕事で留守だったりしても、代わりに出しておこうか、何てありがたいオファーは聞いたためしがない。

ごみを狙う暗黒飛行隊との闘い:いつもうちの周辺をペアで狙っている黒い奴ら。カラスのずるがしこさには参ってしまう。カラス避けに大きなネットでゴミ袋を覆っているのだが、奴らは共同作業でこのネットを外してしまう。追い払おうとしたら、怒ってこっちが襲われそうになったこともある。

まあ、そういうのは自分の努力で何とかするしかないのだが、努力で出来ないことがある。例えば、今日のように―
私が出しておいたゴミ袋の隣にどこかの誰かが、自分のうちの生ごみをこっそりと置いておく、ネットをかぶせて、あたかも私が追加で出したごみであるかのごとく。ところが我が市は指定ゴミ袋以外のもので出しても収集してくれないし、すでに私が2袋出しているのだから、個数オーバーだ。当然、そのまま差出人不明のこのごみは残されていた。

で、私にこれをどうしろって言うわけ?人のうちの気色悪いどろどろした生ごみを我が家に持って入れって言うわけ?外に出しておけば、カラスや猫に荒らされるのは分かっているし。いいかげんにしろよ!と怒りを向ける矛先がなくて、仕方がないので、その時そばにいた息子に愚痴ったら、あたかも哲学者のごとく、『うん、まあ、確かに悪いよ。悪いことだけれど、別に珍しいことじゃないね。』だって。

珍しくないよ。確かに初めてでもないよ。でも、やっぱり悪いよ!

それとか、人の家の門の内側に止めてある自転車のかごをゴミ箱代わりに、通りがかりにごみを投げ入れていくこととか、門柱の上にタバコの吸殻がつまったコーヒー缶を置いておくとか、門のそばにペットの落し物を置いておくとか、そういうのははっきり言って数え切れないほどあるから、珍しくないよ!でも、何度あってもやっぱり、悪いよ!

一体今時道徳はどうなっているんだとか、嘆くべきかもしれないけれど、そんな高尚なレベルじゃなくて、悪いことはしちゃいけないって事が分からないヤツが多いのかなあ。

うーん、書いていたら余計に腹が立ってきた気がする。でももう削除する気にもなれないし。

明日天気になあれ!

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毎日が修行かな

一生懸命頑張って生きてきて、だけど毎日劇的に幸せになっているという手ごたえがあるわけじゃない。今日は昨日の延長線で、明日は多少のバリエーションはあっても、それも誤差の範囲内、同じような日になる。捜し求めている出口は、待ち焦がれている夜明けは、まだまだ遠くにある。そんな風に感じて、毎日の暮らしが重荷な時は―そういう時はしょっちゅうあったが―2、3年ぐらい一気に経ってしまわないかな、って願ってみたりする。数年後の自分と家族が思い描いた通りの暮らしをしていると仮定してのことだ。

将来の自分、それと家族に対する夢はあるのだ。夢と言ってもささやかなもので、頑張れば、着実に努力すれば、叶わないものではなくて、きっと数年後にはそうなっているだろうと言う程度の将来設計である。将来のヴィジョンはあって、その道のりさえ見えている―要するに毎日を精一杯生きるのだ。

難しいのはきっとこれなんだと思う。将来の絵はある。それをつかむ為の力も持っている(と思う。)でも問題は今日と明日をどう生きるかって事なのだ。しんどいよね。目の前の事って。

これが私の欠点なんだなあ、って今頃分かり始めた。それに気付くのに何十年かかったんだか…それもわが子が気付かせてくれたのだが。

息子を見て自分と同じ欠点を持っていると分かる。そうか、コイツは私のせいだったのか、って。

生きるって事は大きな木になることだ。しっかりと大地に根を張って太い幹を持ち、大きく枝を広げて豊かに葉を茂らせる。天までとどく様な大きな木になるためには単に上を見ているだけではだめなのだ。私に足りないのは怖がらず面倒がらずに枝を広げて葉を茂らせることかな。

分かったようで分からない話になったが、毎日の退屈で地道な努力が自分を育てる、だから毎日修行だ。きっと多くの人がそうやって生きている。

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不信心者だけど…

昨日のCNNを見ていたらオプラ・ウィンフリーが4千万ドルを投じて南アフリカに少女達のための学校を創ったという話を紹介していた。

極貧家庭の少女達、エイズで両親を失くした少女達、性的虐待を受けてきた少女達、恵まれない境遇の彼女達のために。それだけの資金があればアメリカの教育を改善するために寄付すればいいものを、といういかにも誰かが言いそうな批判に、オプラは動じない。彼女達の中に未来と希望だけを見ているから。

もちろん、そんな批判こそ的外れなのだ。単なるやっかみである。彼女の勇気と行動力は、幸運にも彼女の学校に入学できた少女達は言うに及ばず、多くの人々に勇気を与え、世界中の良き先例となることは間違いない。

なぜ、オプラの話を出したかというと―
昨日のブログを読み返すと、私が反キリスト教の尖兵のように見えるし、あるいは、宗教そのものに対して批判的に見えるので、それは意図するところではないという事を。むしろキリスト教徒の慈善精神に対しては尊敬の念を持ってますって事を。

(ちなみに、オプラ自身が敬虔なクリスチャンであるという話は聞いていないので、これは単に慈善の精神が浸透した土壌ではこういう篤志家は珍しくないという例にすぎない。ただ、彼女の場合はその規模の大きさと知名度から、世に与える影響が大きいので。)

私自身は不信心者で、普段無宗教を称している(トールキン教です!と言う時を除いて)。そのくせ、熱心に布教活動をしている○○教の人々に『神様についてのお話』をされる時には恥ずかしげもなく信心深い仏教徒になってしまう。

アメリカ時代によくこういう人達の訪問を受けた。'Sorry, but I'm a Buddhist.'というのが、私の逃げ口上だった!こう言えば面倒な神様についての話をされなくて済むから。効果は絶大。いつだって、‘Oh, okay, then.’側で子供達が目を丸くしていた、『ママはいつからBuddhistになったのだろう?』と。

実際は、多くの日本人と同様に仏教的文化的土壌で育ち、このまま特別な行動を起こさない限りおそらく仏教徒として死に行くのだろう。特別に仏のお導きを求めることはなく、極楽浄土を夢見もしないし、涅槃の境地にも達する気配はないが、積極的に退けるつもりもなく、生ある限り善良に生きてその結果浄土に入れてくれるというのなら拒む必要もないので、他のどんな宗教に改宗する必要も感じないわけだ。個人的に宗教の必要性を感じたことはないが、父や祖父母の墓参りにも行くし、田舎の墓地で立ち並ぶ大勢の祖先達の墓の前で、命の営みの繋がりや、輪廻について考えの及ぶ歳になった。

今までもそうだった様に今後とも宗教が私の行動の規範になることはおそらくないが、宗教の存在について否定的にならないだけの寛容さがようやく出来てきたと言うか。

悪口を言った後だけに特にここで言っておこうと思うのだが、キリスト教徒の慈善の精神は世界を変える力があると、尊敬している。彼らはほんとによく寄付をする、と思う。お金がある人たちだけが寄付をするのではない、普通の人たちがいろんなことで寄付をする。お金持ちはうんとたくさん寄付をする。アメリカにいる頃、私もよく寄付をした。つられたのかな。

個人の力で出来ることはたかが知れている。政府がお金を出すべきだ、とか国際的な協力が必要だとか、言い分はいろいろだが、乱暴なのは承知で言うと、日本人は寄付をしない、と思う。日本には個人の篤志家というのはほんとに少ないと思う。

日本の社会事業の歴史を見るとこれが明らかになってくる。例えばイギリスなどの社会事業史をたどると原点はキリスト教の教区単位の救済であり、こういうキリスト教的慈善の精神が日本に根付かなかったのが、日本の近代社会事業を遅らせ、弱者に対する社会的な救済を劣悪なものにし続けてきた要因かと思う。逆を言えば、キリスト教的慈善の精神は客観的に見てそれだけ優れているんですよ、ってことになる。

西欧優性主義の社会のツケを一部の個人で肩代わりしている、と厳しく言われたらそれまでだけれど、それにしても、実際に行動するのは勇気の要ることだ。マザー・テレサはその代表でしょ。彼女の世界観や宗教観について誰もが同意するわけではないだろうが、彼女の行動と人生の前には誰も何も言えなくなる。それは、言うは易し、行うは難しで、どんな偉そうな理論も現実を変えるための小さな行動には敵わないと事を目の当たりにするからだ。

言わんとしているのは、個人的に善意を形に表すことは財力の有る無しが問題なのではなくて、その意図と行動力だってこと。善意を行動にうつす人は美しい。

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科学者に立ちはだかる神

宗教と関係ないはずの場に宗教が持ち出されるのは何も政治に限ったことではない。神の名において他国を侵略し、殺戮を繰り返すのは人類の歴史だ。

日本にいるとつい忘れがちなのだが、宗教と最も遠いところにあるように思われる自然科学もその例外ではない。卑近な例が、米ブッシュ政権の学校教育への介入で、学校の科学の時間に進化論だけを教えるのは正しくないから、Intelligent design(知的設計論)も教えよ、というものだ。カルト集団のイデオロギー以上の論拠などないIDをまじめな顔で高校生に教えている姿など想像も出来ないのだが、嘘でも冗談でもなくそんなことがまじめに国政レベル、地方政治を問わず議論されるのが今のアメリカである。

今のアメリカ、と言ったが、『今』の定義はとても長くしておかなければならない。私の記憶にある限りで20年以上も前、たぶん四半世紀前、にも同じ議論を聞いた。それは私の個人的な経験で、むろん、こういう『創造論』の類はずーっとずーっとあったわけだ。

ここでは私のその20年以上前の記憶から―
学校の教科書以外で自然科学の読み物を手にすることなどなかった私が、故郷の地方都市のとある書店で何気なく触れてしまった、『パンダの親指』。著者はスティーヴン・ジェイ・グールド。彼の話に惹かれて次々と進化論関連の本に手を伸ばす様になった、その運命の本だ。
この本を読んで、心底驚いた。まず第一に、ハーバード大学教授で進化論の論客である彼は、自らの『区ぎり平衡説』を主張するのもさることながら、その前に進化論を否定する者たちと正面切って闘っていた。時は1980年代初めだ。いくら科学とは無縁でも、高等教育を受けたのだ、私だって地球の歴史が聖書に書かれた数千年よりはるかに長いことも、チャールズ・ダーウィンの進化論も知っている。高校生物で遺伝の法則も学んだ。

まさか、アメリカで、日本よりも、世界のどの国よりも科学の進んだアメリカでまじめに進化論に反対する人々がいて、しかもそれが(一部のいかれたカルト集団でなく)科学者達をも取り込んでいるとしたら、それは何と言う悲劇だろうと。

進化論者達はまず、『いかに』進化がなされたか、という科学の本質部分を解き明かす前に、『なぜ』進化が起ったか、そこに『絶対的知性』の存在を認めるか否か、という宗教上の問題に取り組まなければならないのだ、と。

(日本でなら、例えば、故今西錦司氏ならば絶対にそんなことをしなくてもよかったはずだ。)

第二に、この人のエッセイは面白い。難しいんだけれども、面白い。何と言う文章力だ、と脱帽してしまった。それまで、科学エッセイは、面白くない、と思っていた。高校の教科書にあった今西氏のエッセイは何とか読めたけれど(ごめんなさい!)、科学者達が書くものってほんとにつまんない、というのが先入観としてあった。でも、この人は違った。あまり面白いので、その前に出版された『ダーウィン以来』も、『ニワトリの歯』も読んだ。

あるいは、先に言った研究の本質に迫る以前に『神』を認めるかどうかが、彼ら欧米の科学者にとって科学者たる大きな試金石となっているがゆえの、この文章力なのだろうかと思ったり…とにかく、科学と宗教がこんなにも切っても切れぬ関係にあるのを、なんとも理解しがたく眺めていたのを思い出す。

あれから、ずいぶんの時が流れて、今も私は科学と遠いところにいるけれど、それでも、God vs. Science(宗教対科学)論争は決着する気配はない。今後もおそらくないだろう。というのは―

『絶対的知性=神』の存在の証明に関わるからだ。(この神がキリスト教徒の信じるイエス・キリストであるか、あるいはオリンポスの神であるか別として。)

何か(A)の存在の証明には、『コレコレであるからAが存在する』というものと、『コレコレだからAは存在し得ない』という証明があると思うが、科学において神の存在を言うには存在を主張する人のほうでその存在を証明すべきである。今までのところ、彼らの証明は単に、『現存の知識や理論では説明の付かないことがあるから、神は存在する』というものだ。最後になると決まって持ち出される切り札だが、これこそは言い逃れだ。説明の付かないことに神を持ち出したが最後、そこで科学者としての立場を放棄したことになる、と私は思う。まず超自然的なもの(自然の法則の外にあるもの)=神ありき、では科学は発展し得ない。科学の発展を支えてきたのは、決してmiracle(奇跡)として片付けず、道理を紡いで来た科学者達の努力だったのだから。

そんなことを思いながら、1月15日付のTime誌のリチャード・ドーキンズ氏とフランシス・コリンズ氏の対談を読んだ。

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人付き合いって

人付き合いは苦手だ。人の心は傷つきやすいから。それが自分のとなるとなおさら痛い。要するに傷つきたくないわけか。

たとえ苦手な人とでも職場では避ける事は出来ないし、仕事なのだ、割り切って仕事に徹するしかない。社交場じゃないんだから、気まずかろうがなんだろうが、自分の仕事をこなすだけ。

ある意味で楽だ。どうしても嫌なら辞めるという手だって残っているわけだし、毎日数時間の我慢で済み、後腐れがなくていい。周囲の人に何を言われるかわからない、という恐怖感は残っているけれど、それだって辞めたら終わりなわけだし。

辞めてしまったら、もちろん今まで何年間か掛かって築いて来たものもふいになっちゃうんだけど。それも社会勉強って事で…。

個人的な人間関係よりもずっとましだ。私はこれが苦手なのだ。人見知りするし。人の心の中に入り込むには自分の心もオープンにしてしまうので。ちょっと言葉が過ぎても足りなくてもそれで相手を傷つけたり、自分が傷ついたり―それこそが人間関係なのだけれど、いい年をして一向に上手にならない。

無論人付き合いは年齢の問題ではない。子供の頃から上手な人はいっぱいいる。会った瞬間に引きつけられるような人っているものだ。ルックスがいいとか、そんなことじゃなくて、大胆でいて、繊細な心遣いが出来る人が。昔から、そういう人になりたくて,憧れてきたんだけどな…

年末からずっと休みなしで働いてきたので、疲れも溜まっている。明日、明後日、久しぶりの休み。ゆっくり寝て、心のささくれを抜いてしまおう。

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2006年終わりです

フセインの処刑で終わる2006年。歴史を振り返ってみた時に、国家の平和への一里塚になるのだろうか、それとも長い内戦の一里塚として記憶されるのだろうか。

17年前息子が生まれた翌朝(かその翌朝)だったと覚えているが、ルーマニアの独裁政権の大統領であったチャウシェスクが処刑された写真が生々しくも朝刊を飾っていた。皆一様に大切にされるべく生まれた命も、こんな風に閉じられてしまう、そんな生き方もあるのだと、生まれたばかりのわが子を胸に遠い国に思いをはせたものだ。あれからそうか、もう17年。

時は流れ、所は違えど、人間は皆似たようなことを繰り返しながら生きているのか。歴史は、人と国の名前が違うだけで実際同じことの繰り返しなのだろうか。人類が地球上に誕生して、文明の段階に達して以降、本当のところ人間の本質は何も変わっていないのだろうか。

人は学習する。個人として経験から学んで洞察力を得る。だが、グループとして、種として学ぶだろうか?それは進化論の分野での疑問かもしれない。私は、そうだったら良いのに、という素朴に思っている。人類が種としての知恵を子孫に受け継ぐことが出来るなら、どんなにか歴史は変わっていることだろうと。(何となくいつかどっかの映画でみた集団的に人工培養された未来の赤ん坊保育箱、みたいなのを想像しちゃうとちょっと気味悪いけど。)

今年の良かった記憶を最後に残して―
昨日のなみはやドームのAll Japan メダリスト・オン・アイス。高橋君良かったです。さすがに体も心も充実しているのが良く分かりました。村主さんは全日本の時よりずっと良かったです。

来年もいいことがありますように。

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それから、犬神家の一族

昨夜全日本フィギュアについて中途半端に書きかけたので、その続きをしておこうかな―

昨日のブログの後で、高橋のLPを見た。やっと彼のベストのパフォーマンスが出来たね。昨年から今年にかけて期待倒れに終わることの多い彼が、ようやく、という感じがするが、これで一皮むけたのだろう。ステップもヨタヨタすることはなく、4回転も何とか降りたってことではなくて、クリーンな出来で、見事だった。本気で世界を目指して欲しい。去年のように自分の力も分際もわきまえずに言うただのハッタリではなくて。

浅田真央については言い尽くされているので会えてコメントする必要はないが、いつも辛口なので今日は褒めておかないと。今シーズン力が出せない続きだった彼女がようやく普通の力が出せて(普通に出来ることが至難の業なのだけれど)、彼女もこれでずいぶん成長したね。

全日本の中継を見ていて収穫だったのは若い選手を何人も見ることが出来たって事。来シーズン以降もっともっと伸びて来るんだろうな。やはりここで感じるのは世代交代。村主・恩田のような味のあるベテランももっともっと見ていたいし、一方で武田、沢田、とか太田(この人は復活をかけているんだけど)の様なこれからっていう人達にもうんと頑張って欲しい。

明日のなみはやドーム『All Japan メダリスト・オン・アイス』が楽しみ。実は行くんです。チケット取れなかったとあきらめていたら、夫が手に入れてくれました!横浜にも、長野にも行けなかった私にクリスマスプレゼントのつもりでしょう。ありがとう。

いつもはハリウッド映画一辺倒と言っていい私が、今日は『犬神家の一族』なんて懐かしい映画を見てしまった。実は金田一ファンなのだ。一番は古谷一行かな。

石坂・金田一も悪くはないよ。むしろ若い時より味が出たかもね。

昭和22年という時代設定を忠実に再現しようとしても無理がある。忠実すぎると見ている側は理解に苦しむだろうし、宿屋に泊まるのに米持参なんて今の若い人たちには解説が必要かもね。時代に忠実に、って言ったって感情移入できるぐらいにとどめておかないとね。それは分かっているんだけど、それにしても女中役の深田恭子って、メイクとかあまりにも現代的過ぎ。

あー、今日はもう満腹ッス!

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よけいなクリップ流す暇があったら男子SPやって!

全日本フィギュア女子―まずは浅田真央が危なげなく首位か。今シーズンを通じて成長してきたなあ。子供っぽいのはどうしようもないけど。安藤も、ほんとに今シーズンは気持ちを入れ替えてすべっていて頼もしい。うまくなったなあと思う。

個人的な好き嫌いは別問題。安藤のスケートは、衣装・メイクから振り付けに至るまで趣味がいいとは思えない。うまくなったと思うし、点が出るのだろうが、何も心に響かない。

私は単なるスケートファンなので、もしスケートを見に行くとしたら、安藤や、浅田真央がセットで出ている競技会があったとしても、村主が一人出ているショーがあればそれを見に行きたい。

でも、日本にこういう有力選手が何人もいる時代になったのは嬉しいことだ。テレビをはじめとしたメディアの姿勢は日々悪化していると思うが。一部の選手だけをアイドル扱いして彼らにだけスポットを当てて注目したがるテレビ番組って、見るたびに嫌気がさしてくる。今日だって2時間半の枠を持っていながら、安藤・浅田真央だけをクローズアップして余計なクリップを入れまくって時間を使いすぎ。その時間で、昨日の男子SPをちょっとくらい流せよ!って言いたい。

テレビで観戦すると、こういう余計な映像を見せられるのに加えて、解説(コメンテイター?)にも我慢しなければならない。オリンピックチャンピオンの荒川はいいとして、あの八木沼の気取った鼻にかかった解説は勘弁してよ。それと、フィギュアの時によく出てくるこの国分は一体どんな資格があってそこに出てきて、「真央ちゃん」を連発して品格のなさを露呈しているの?視聴者に親しみやすいよう同一レベルの人を持ってきていると考えているとしたら、国民の知能のレベルは低く見られたもんだ!好感度は松岡と同レベルである。この二人抜きにフィギュアの中継をやって欲しい。

プロ野球中継だと、テレビの解説者が低俗な時は、(誰とは言わないけれど、よくいるでしょ、居酒屋談義でもやってるの?と思わせるようなオジサンたちが)、音声を切って見たりする。ラジオの中継ををオンにして。フィギュアでもこれが出来たらいいのだけれど、いかんせんラジオ中継はなし、それに音を消してパフォーマンスを見てもぜんぜんつまんないよ。やってみたから知ってるけど。

今年の前半戦だけで見ると、あ、これはフィギュアの話ね、女子、男子共に注目の海外選手がまだ最高のレベルに来ていないなって感じ。ジュベールを除いて。彼は今年向かうところ敵なしでしょう。プルシェンコがいなくて、ランビエールが不調で、という中で、一人勝ち。得点のみを取り上げればNHK杯で高橋が出したのが、今季最高得点でジュベールを抜いているんだけど、高橋の得点は(NHK 杯の得点全体は)あまりにも高く出しすぎていて、そこまで出すと露骨でしょ、って程だったので実力的にはジュベールが抜きん出ている。

ここでも又日本のメディア批判になっちゃうけど、日本のメディアは視聴者受けするからって日本人選手ばかりを持ち上げすぎ。どこの国のメディアだって自分とこの選手を贔屓するのは当然だろうけど、今の高橋・織田選手のスケートがあたかも世界のトップであるかのように言うのは行き過ぎ。高橋選手は彼のパフォーマンスの中ではステップが特徴であるということは正しいかもしれないが、それをあたかも世界に彼をしのぐステップが出来る人がいないかのように言うのは間違い。現に今年彼のステップは難度を上げて得点を出そうというのか、華麗とは言いがたいヨタヨタとした動きになっている事がよく見られる。『ステップ王子』はよそうよ、恥ずかしいから。(ハンカチ王子だって十分に恥ずかしかったけどさ)

思いっきり競技を中心にしてへんなおべっかを使わないテレビ中継は見られないのだろうか。昔のNHKみたいな。(今のはだめです。それにNHK杯は上記のように得点の疑惑に加えて日本の選手が勝つようになっていたのが×)

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息子は小人の靴屋?

年の瀬である。大掃除嫌いの私だが、一応主婦なので、外周りとか、窓拭きとかキッチンとかきちんとしとこうかな(しゃれのつもり)という気持ちはある。気持ちはあってもいかんせん胸が痛いので動けない。仕事は無理して出来るのだから、たぶんこれも無理すれば出来ないことはないと思うのだが、家に帰ったとたんに動けなくなる。ま、いいか、やめとこ。痛くなくなってからやろう。

と思っていたら、息子が窓拭き、外の掃除をやってくれた!感動!それなりに責任の一端を感じているのだ。全部やってくれるのかな、と期待したが、半分くらいで今日は終わり。彼は明日から出かけてしまうので残りは年明けか、私が元気になってからってことになりそう。でも私が寝込んでいる間にやってくれるなんて、ひょっとしてこれは小人の靴屋である―貧しい靴屋が夜寝ている間に小人さんたちが来て靴を作っていってくれるあの話。

今年一年私にいろいろと心配をかけまくった挙句、年の終わりに極めつけの(骨折という)プレゼントをくれたわが子は、それなりに反省しているのだ。

気をつけて行って来いよ!そして私の分も親戚の皆さんに孝行して来ておくれ!

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風邪薬か、鎮痛剤か

鎮痛剤の威力はすごい。今朝は息も普通に出来るし、歩くだけなら大丈夫だった。短時間ながら仕事もした。痛くないわけではなかったけど、昨日よりだいぶまし。

意外に早く治るかも、と期待しかかったが…

そんなはずはなかった。

昨日何時間も病院のベンチで待たされ、痛いのを我慢してあっちを押さえられ、こっちを押さえられと、クタクタ。周りはマスクをかけ、ゴホゴホしている人がウジャウジャいて嫌な予感はあった。そしたら、風邪をひいてしまった。熱が出てきた。風邪なのか、ケガによるものかは分からないけど、風邪だと思って、お昼に一度鎮痛剤の代わりに風邪薬を飲んだ。そしたら効果てきめん!いやその反対。痛み止めが切れてまた痛くなってしまった。今日は呼吸が出来ると喜んだのも束の間、今は浅い息であえいでいる。

風邪の方にはしばらく待って貰うとして、痛みには敵わないので、鎮痛剤に頼ることにしよう。まるで闘病日記のようになってしまった

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肋軟骨折れてるみたい

金曜からずっと胸が痛い、痛いと思っていたら、肋間神経痛どころか、肋軟骨骨折。でした!

軟骨はX線に写らないのでその可能性って訳ですが、痛みといい、場所といい、そうなんでしょう。呼吸するだけで痛いんだもの。

処方してもらった痛み止めがようやく少し効果を現し始めたかな。痛みを含めてボーっとしてきた。

明日仕事がんばれるかな。

肋骨とかその軟骨とか、意外に簡単に折れるものなんだ…

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クリスマスに娘は帰らない

クリスマスイヴである。米マサチューセッツ州にいる娘は、大学は休暇に入っているけれど帰って来ない。休みは短いし、空港は混雑するし、セキュリティーは厳しいし、何しろ遠いので乗り継ぎに時間がかかるし、それに彼女は乗るたびにスーツケースがなくなる人なので(この確率はすごい!)今年の冬は(去年もだったけど)帰らない。

だから残った家族3人で鍋を囲む―今頃○○はどうしてるかな、ボストンの友達の家で何してるのかなあ…とか話しながら。

宗教と関わりなく、この日は遠くにいる家族や友人を思いやる日でもある。近年日本ではイヴと言うとまるでバレンタインデーのごとくカップルの為の日のようになっているが(しかも若者だけ)、奇妙な話だ。まあ、もともとキリスト教と無関係に商業主義のみで広まってしまった日本のクリスマスだもの、どんな風に過ごそうとどうでもいいし私には興味がない。

日本のクリスマスで寂しいのは、やはりクリスマスツリーだ。

アメリカで6度のクリスマスを過ごしたが、クリスチャンでない私達はこの季節をどう過ごすかでひとしきり悩んだ末(少なくとも私は)、大勢の文化的キリスト教徒(これはたぶん私の造語)のアメリカ人と同じように、ちょっとだけ商業主義に乗っかってそれなりに楽しく過ごした。クリスマス‘マイナス’宗教って事で。

で、その最たるものは、クリスマスツリー。毎年家族でツリー売り場に行って7.5フィートの樅の木を買い、4runnerのトランクに積んで、大騒ぎをして家に運び入れる。デコレーションは子供たちと私の合作で手当たりしだいという感じだった。何しろ木が大きいのでちょっとやそっとじゃ飾りきれない。見栄え良くするにはインパクトのあるオーナメントが要るのだが、手作りのや、プレゼントされたものや、思い出のを飾っていくとモールに飾られたツリーのようなわけにはいかない。

樅の生木を毎年たくさん切り倒すのは果たして人道的に正しいのか、とか、環境が問題にされている時に国際的に非難を浴びるだろうとか、いろんな議論を夫婦でしながら、それでも毎年樅の木を買い続けた私達。一番大きな理由は、生きた木の生命力とその力強い香りがたまらない魅力だったからだ。

部屋の中に生きている大きな木があるっていいなあ。(切り倒しててごめんなさい!)あの香りが懐かしい。

クリスマスは家族のためにある。遠くにいる家族が帰ってくる、帰って来れない人がいるときはみんなでその人の健康と幸せを祈る、それが我が家のクリスマス。

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胸部痛と伊丹空港

昨夜から胸が激しく痛くて、『ひょっとして肋間神経痛かしら?』と、勝手な自己診断をして朝寝を決め込んでいた。今日は休みだったのでちょうどいい。しかし―

『おい、今日は空港へ行くぞ!』と息子がズカズカ部屋に入ってきた。『空港』とは伊丹空港、目的は飛行機の撮影である。奴は飛行機マニアで、大阪に越してきて以来、伊丹空港には何年も通いつめている。以前はもっぱら私が車で連れて行ったものだが、最近は一人で電車とレンタサイクルとを乗り継いで行くことの方が多い。私の休みと彼の休み(それに気分)、それから天候とが合致することが多くないからである。

ところが今日は、そいつがうまく合ってしまったらしい。奴は勝手に空港行きを決めてしまっていた。私が起きる前に。

仕方がない。行くか。久しぶりだし。実はちょっと嬉しい。胸は痛いけれど。

ほんとに痛かったんだよ。今も痛いし。(でも気のせいか昨夜より少しマシかなあ…)左胸が(ちょうど心臓の辺りがすごく痛い。ちょっと深く息をしても姿勢を変えようと動いても、寝返りをしても、咳なんてもってのほか、痛い。これってやっぱり肋間神経痛?

でもまあ、何とか運転できそうだから行くか、って訳で、行きました、伊丹に。最初は、滑走路北側から離陸する飛行機を撮る。つぎに、滑走路南側にある下水処理場から、着陸機を撮る。途中でお弁当を食べて、と。ちょっとにおいが気になるけれど、特に風の向きとかで強いことがあるけれど、ここは下水処理場、市民生活に欠かすことの出来ないお仕事をやってくれている大事な施設、においで文句を言ったら、罰が当たる。匂いさえなければ、飛行機はよく見える、広い芝生の上でのびのび遊べる、グラウンドもあるので野球も出来る。駐車場も広くて、文句のつけ様がない、いかんせん臭う(しまった、又言っちゃった!)

この下水処理場の上にこんなものが出来る前は、滑走路脇の細い小道に勝手に車を止めて何時間でも飛行機を見、撮影したものだ。休日になると飛行機を眺める車の列が滑走路の長さ分伸びていた。難点は空港敷地の外側に張り巡らしたフェンス。こいつの高さが微妙で、写真のフレームにちょっと入ってしまう、というのが、息子の悩みだった。(フェンスの脇に一箇所、用水路のコンクリートの水門があってそこに上るとフェンスを気にせずに撮れる、というスポットがあって、当然ここは他のマニアにとっても憧れの場所で、早い者勝ち、いつもここを確保できるわけではなかったが。)

思えば2001年9・11以前はうんと恵まれていた。空港ターミナルの展望デッキがせり出していて、ゲートを離れてタクシーウエイに入っていく飛行機や又帰ってくる機を本当に間近に見ることが出来た。ここまで近くに飛行機を見られる空港ってそうないんじゃないかな、息子は狂喜していた。まあ、それも今は昔、あのデッキへのゲートが開けられる日はもう来ないのだろう。

とにもかくにも、空港周辺にはマニアが大勢いる。マニア以外にも、飛行機を見に来ている人たちが大勢いる。私もそうだけれど、飛行機を見て楽しむ、って一体なんだろう。青い空に吸い込まれるように飛び立って行く飛行機を見て胸躍るような気持ちになるって一体何なんだ?それで心が落ち着くってどういうこと?

飛行機だけではないかもね。息子と一緒に過ごす時間は確実に着実に少なくなっている。その限られた時間を一緒にいられるから、より貴重なのかな。彼にとっての喜びの時間と空間を共有する喜び。今日一日にありがとう。(しかし胸は痛いなあ…)

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やめる事は簡単、続ける事は難しい

『やめる事は簡単、続ける事は難しい。』―よく言われる台詞。今日これを言っていたのはABCラジオの某番組で福本豊さん。ロッテのジョニー黒木投手についてだったけど。

スポーツ選手でなくても、それはどんな人についても同じだと思う。

私もつくづく同感―やめる事は簡単、続ける事は本当に難しい。

しんどい時は『やめてしまおうかな』と思う。本気でやめようと思うことも何度もあった。

でもやめたらそれで終わり。もう少し頑張ってみよう。あと少しだけ。せめて今週終わるまで。なんて、自分を励ましているんだか、ごまかしているんだか。

それで何とか続いてきたのだから、あと少し頑張ってみよう。続けなければ成長できないのだから。

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明日いいこと…

体調の悪い日が続いている。持病なので仕方ない。悪い時があればいいときもあるさ、と思いながら何とか我慢しているけれど、そろそろドクターに行かないといけないかなあ。でも、行ったからって急にどうにかなるわけじゃないし…明日の仕事、大丈夫かなあ…

明日はいいことありますように。

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Daltonは良い

ティモシー・ダルトン(Timothy Dalton)は気に入っている俳優だ。

なぜ今ダルトンかと言うと、昨夜テレビで彼の007-リビング・デイライツを放映していたから。

ちょっと前半部分を見逃したけれど、楽しく見た。ブロシュナン/ボンドと違って、時代がかっていて(映像も、秘密兵器も)、アクションシーンも単純でストレートな力強さがあって、良かった。

ハンサムで何につけてもスマートなブロシュナンとつい比較してしまうのだが(ボンドの中ではやっぱり彼が一番カッコ良かった)、二枚目だけれどどことなく無骨さなダルトンだが、彼のボンドの方がスパイらしいと思うのだが、これはむろん贔屓目である。

実は、私がダルトン贔屓なのは別にボンドシリーズで、ではない。『ジェーン・エア』である。

言わずと知れたシャーロット・ブロンテのあの『ジェーン・エア』。ダルトンがロチェスター氏を演じているのはBBCが連続ドラマ化したもの。この作品は何度も映画化されていて、そのいくつかを見たことがあるけれど、私の一番のお気に入りは映画バージョンではなくて、このテレビドラマ版。

原作と違ってダルトン/ロチェスターはハンサムすぎるきらいがあるが、ロチェスター氏のいかつくて陰のある神秘的な魅力をよく表している。ダルトンのロチェスターがあまりにもいいので、彼以外のロチェスターは考えられないし、又ダルトンも常にロチェスターなのだった。何ヶ月かに一度は見直すことにしているお気に入り。

『ジェーン・エア』に出ているぐらいだからひょっとして…と思ったら、やっぱりね。『嵐が丘』にも。

ハイ、次は彼がヒースクリフを演じている『嵐が丘』を見ることにしましょう。amazonのレビューで絶賛されてますから、期待大です。

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息子に―誕生日おめでとう

息子に―
誕生日おめでとう。今日で17歳。

君は幼い頃から大人びた子供だった。物静かで、周囲をよく観察していた。年齢にそぐわないほどの洞察力を備えていて、同年代の子供達の幼い興味や遊びは君には魅力がなかったのだろう。いつも大人の世界をのぞいていた。

君の世界はいつも輝いていた。頭の良い子、おりこうさん、だったからではない。君の一瞬、一瞬はいつも新しい知識や発見を求めて、世界に向かって開かれていた。いつでも何かに夢中になっていて、その徹底した集中の仕方は、常に知り合う大人をタジタジとさせた。不安を知らない、自由な、自信に満ちた幸せな子供だった。

最初の15年間は君にとって人生は優しかった事と思う。時々に辛いことや困難なことはあっても、難なくこなしているものだから、私を含めて周囲の者達はそれを当たり前のごとく思うようになっていた。この1年余りは、君にとって人生最初で最大のつまづきであった(今後これ以上のものがないという保証はないけどね)と同時に、私にとっても人生観を世界観を大きく変える挫折だった。

君は何を学んだだろうか。

私はね―
親子であっても、いくら愛していても、君と私は別の人格、君は君の人生を歩むのだということを、本当に当たり前のことだけれど、学んだよ。いまさら、って言わないでよね。これは大事なことだったんだ。建前でなく、君の人生をすっかり君に任せたよ、っていう気持ちになるのはそんなに簡単なことじゃない。
親だから無条件に君を愛する。それは見返りを求めない愛情だ。私達親の期待に沿わなくて、親を尊敬してくれなくて、時に裏切られたりしても、それでも私達の愛情は変わらない。静かにじっと君が帰ってくるのを待っている。

君は洞察力があり、理解するのに優れているが、これはきっと分からない。親にならなければこれは分からない。それでいい。

君は君の人生を生きるのだ。それこそが私の、私達親の望むことだ。

誕生日おめでとう。

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プル様、何で来るの?私が行けないのに。

今年はもう日本には来ないのだとあきらめていた。競技にも出ないのだし、3月の世界選手権が東京であるというのに、彼を見ることは出来ないのだとあきらめていた。

それなのに、なんだよ。横浜で『クリスマス・オン・アイス』に出るの?―行きたいです。でもそんな時に休みは取れません。

年明けに長野だって!これなら何とか無理すれば休みが取れるかも。も一つ頑張れば、始発の新幹線で名古屋行って、それから『しなの』に乗って、日帰りで翌日早朝の仕事にも間に合うし。チケットもスタンド席で端っこの方に残ってないことはないだろうけど。

いろいろ考えるとやっぱり無理…
だって、長野だもん。自分の身体的なこととか、交通費だってばかにならない。

大阪にも来いよ!いえ、来て下さいな。お願いですから。お願いします。遠いところは辛いのです。大阪に来て下さい。

そんなわけで、大阪であるフィギュアのショーはナイカイナ、と思ったらありました。「All Japan メダリスト・オン・アイス」とかって。これなら行けます。なみはやドーム。近いし。家族ぐるみでいける。プル様はいないけど。

と思いきや、チケット完売!あらら。

年明けの『スターズ・オン・アイス』。ヤグディンも来る。これも完売。

プル様のいないショーはホントのところ興味がない。

それよりも、なんでー?来ないんだ、と思ってあきらめていたのに何でー?君が来るんだったら、もっと早く計画を立てておかなきゃいけない事があるんだから、早くそう言ってくれればいいのに。全く自分勝手なんだから…支離滅裂。

あきらめよう。どうせあきらめてたんだから。

私の夢は2月のスイスに行って『アート・オン・アイス』を見ることだ。プル様は毎年出ている。行きたいなあ!―でも、きっと叶わない。叶うわけがない。叶わないままがいいかも知れないと思うぐらいの憧れである。

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最後のレッスン

私の最後のレッスンが終わった。最後まで指導していた生徒が大学に合格し、彼女の高校最後の定期試験が終わるので、英語教師としての私の役割も終わり。

若い柔軟な知性と共に過ごす時間はとても楽しくて、彼らの人生に何かを残したくて夢中だった。英語は好きだし、教えるのも悪くはなかったけれど、受験英語にはホントのところ飽き飽きした。これをいい区切りにもう受験生を教えるのはやめようかな、って。

しばらくは、店員としての商売の方に集中しよう。こっちだって別に楽しいわけではないけれど、緊張感のある職場は私の人生修行の場、かな。

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頑張ると良い事ある…?

冷たい雨が降っている。

職場のトラブルで始まった今週はあと一日。納得いかないまま週末を迎えそう。それでもとにかく早く週末になればいいのにと思わずにはいられない。

あと一日頑張ろう。

一生懸命頑張っていれば、いつか良い事があるというのは、本当のようで嘘である。少なくとも、私の経験では自分で頑張ってるなあ、と思い始めるとろくな事はない。それはきっと本当に的を得た頑張りではないから、なのかも知れない。自分ひとりいい気になって本当は空回りしているから、なのかも知れない。

こういう時に限って何か水を差すようなことが起る。職場で、友人と、あるいは家庭の中で。自分を見つめ直せ、謙虚になれという、サインなのだろう。

力むのをやめて、あれこれ考えずになんとなく過ごしていると、思いがけずに救われることがある。妙に評価されたりして。変だなあ。これで差し引きゼロってところか。

この秋ずいぶん力んだので、そろそろ疲れが出てきたのかなあ。

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嫌な日を忘れよう

嫌な日だった。不愉快だった。

でも、もう忘れてしまいたい。出来ることはしたし、言えることは言ったし。この次アイツに会えばまた嫌でも思い出させてくれるだろうが、それまでは考えたくない。考えるほどの値打ちもアイツにはない。

こんな時は(こんな時も)、私は本を読む。本は逃避の場所である。今日はTolkien。

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高橋と織田

NHK杯。壮絶な1位争いで高橋の勝利。4回転ジャンプをはじめ全てジャンプは成功させたとは言うものの、終盤には体力を使い果たして、得意のステップもヨタヨタしていたし、スピンに至っては、いつもの面影すらなかった。特に、先に滑った織田のスピンと較べてしまうと、お粗末な感じさえ受けた。

とは言うものの、ビデオで見ると最後にはぜーぜーと息も停まりそうな表情になっているし、フィギュアって見た目では想像もつかないほどハードなスポーツなんだろうなと、つくづく思った。よく頑張りぬきました!

本当に今日の織田は良くて、スケートアメリカの時より断然良くて、得点がそれを証明しているけれど、1年で成長したなあと思う。スケートのスタイルの好き嫌いは別として、自分の持ち味をフルに発揮して滑っているという点ですばらしいと思う。それに、アメリカ大会ですでに1位になっているという自信というか、余裕というかあって、貫禄の滑りだった。

高橋は、きっと、このアンバランスさ、この未完成さが彼の魅力の一つなんだろうと思うが、この次が楽しみ、というか、この次は有無を言わせぬようなパフォーマンスしろよ。何はともあれ、ほんとに良くがんばりぬきました。

我が息子の体調は、昨日よりはまし、というところ。ほんとコイツ弱っちいなあ。強い男になれよ!

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スケートよりも我が子

昨日フィギュアスケートNHK杯のことを書いている時の予定では、『明日はLPだな。』って思っていたのだけれど、いやーそれどころじゃなかった、今日は。

数日前から高校生の息子が全身にジンマシンが出ていて、―コイツは以前にもそういうことがあった―かかりつけのドクターがたまたまその日午後休診だったので、別の内科医に行ってステロイド系の内服薬と非ステロイド系の塗り薬をもらっていた。若干良くなったかな、という気がしたのも束の間、昨日夜には又悪化。

そしてなんと今朝は、唇や目の周りなど顔を含めて全身赤らんでいて、もちろん皮膚は空いたところがないほどジンマシンが出ている。おまけに、喉が痛い、息がしにくい、お腹が痛い、全身が痛い、と言う。

もちろんこれは緊急事態である。あわてていつものドクターに連れて行って、―今日土曜日でやってて下さってありがとう―点滴治療を受けた。外皮だけでなく、体内の粘膜にもジンマシンが出ていて、喉にも出ているという!呼吸がしにくかったわけさ。

ジンマシンはいろんな原因で出るし、出たことがある人はいっぱいいるから、珍しくない。皮膚の表面に出ている以上は痒いだけで(それとて後論辛いけれど)命に別状はない。だが、危ないのはまさに彼のように、呼吸器などに出ている時。呼吸困難に陥るからだ。『こういう時は、点滴でないと間に合いません、急を要するので』と言われた。

あー、危なかった!今日は手遅れにならず、ぎりぎりセーフ。

感染症の薬(風邪をこじらせてしまってすっかり体力も落ちていたんだねぇ)と、アレルギーを抑える薬をもらって、夕方にはかなり元気になってきた。(まだ節々の痛みや全身の腫れは引いた訳ではないけれど。)数日ぶりに見るきれいな顔色に、今までずーっとしんどかったんだなあ、と改めて認識。

元はと言えば、風邪に始まった。高熱の後で咳が続いていたのにやせ我慢してどうしてもドクターに行かずに治すんだなんて言って、結局こうなった。奴は『風邪も馬鹿にすると怖いねえ。まいった、まいった』とか、いい気なもんだ。散々人に心配かけといてさ。

このまま順調に治っておくれよ。

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NHK杯女子SPに

フィギュアスケートNHK杯。

技術からしてSPで浅田真央がトップに立つのは順当なところ。
彼女はジャンプをはじめとして各要素の力はダントツなので辛口批評になってしまうのだけど、なぜか彼女のスケートを見るたびに子供が滑っているような気がしてならない。そして、あ、そうかまだ16だったっけ、子供なんだ、と納得する始末。でもね、他にも16歳の選手は何人もいて、彼女達の場合は年齢のことを気にしたことがない。つまり、他の18とか20歳の選手と同じ目で見ていられる。なぜか浅田は子供に見える。表現力がない、と一言で言ってしまえるけれど…

インタビューとか見ても(これはマスコミがそんな風にしちゃったんだろうけど―「真央ちゃん、真央ちゃん」って―)ホントに子供っぽい。余計なお世話に決まっているが、『かわいい』が売り物になるのは日本だけの話で、海外に出ると完全にマイナス。なんだか人格が未発達というか、平べったく見える。

村主がかなり良かったのでもっと点が伸びるかと思ったけど。彼女は、いつも思うけれど、ホントに何のためのスケートなのかという事をアピールしながら滑っていて、観ていて楽しい。ジャンプだけなら若い選手の方が強いけれど、アートとしてのフィギュアスケートは彼女が群を抜いて素晴らしい。

中野ははじめのスピンでつまらないミスをして得点伸びず。でも良いパフォーマンスだったよ、個人的に『Sayuri』は好きではないし、コスチュームやヘアスタイルも趣味じゃないけど、中野のスケートは個性があっていいと思う。やっぱり何か取り柄のある人っていいなあ。LPで取り返しましょう。

明日のLPが楽しみ。村主の『シンデレラ』には期待している。

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Google-Earthに病み付き

昨日も書いたけれど、Google Earthは本当に病み付きになる。気付くと平気で1時間は経っている。

見知らぬ土地に行って見たいが、路地を歩いたりするのってなんだか覗き見趣味的なところがあって、(そんな風に感じるのは私だけか…)土地の人々の暮らしなど垣間見たいけれど、じろじろ見るのってなんだか気が引けてしまう。

Google Earthで人々の暮らしがじろじろ見られるかといったら、さすがにそこまでは行かないけれど、かなりの線で迫っている。民間にここまで提供しているのだから、さぞアメリカの諜報部はキワドイ映像を手にしているのだろうと思う。映画であるみたいに、衛星を使って誰かさんが犬の散歩をしている様子とかまで細かに捉えられるのだろう。

無数の写真を合成して作っている以上限界はあるものの、なかなか楽しい。昔住んでいた家や通り、今娘が居るはずの見たこともない街の様子など、家族と一緒に見ると本当にそこを訪れているかのような錯覚を覚える。地図も一緒に開いたりしてね。あ、ここ。ここでピアノのレッスンしてたんだよ。ここのレストランはいつもおいしかったね。とかね。庭の木まではっきり見えるじゃん。裏庭のプールも…隣のだけどさ。とか。率直に、我が家って小さいね…なんて。(これはアメリカのレジデンシャルエリアの話。)

日本だと、我が家の辺り、結構細かく分かって、屋根で自分の今の家が識別できます。近隣で一番小さいのが我が家。向かいの家の4分の1くらい。(あー寂しい。)アメリカの住宅地ほど細かくは見えないけど、数ヶ月前まであった池が開発で埋め立てられているのを見たりすると、意外にも最近更新された写真だって事が分かる。

そんなこんなで今日も楽しんでしまった。

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暖かい冬は北国へ行こう、Google Earthで。

すっきりしない天気が続いている。もうすぐ師走だというのに変に生暖かい。昨冬は寒かったことを思い出すが、今年もそのうち寒波が押し寄せるのだろうか。それともやはり気象庁が長期予報していたように、暖秋から暖冬のままなのだろうか。

暖かい冬は好き。雪の多い地方に育ったから、雪には慣れているはずなのに、今は通勤に車を使うので雪は苦手。いくら寒くてもいいから路面さえ乾いていてくれれば、と思う。

Los Angelesに居た頃は日本で言うところの冬が実質無かったので(彼らはそれでも‘冬’と呼んでいた)、季節は秋からそのまま春になるような感じだった。強いて言えば、秋の後12月から2月が雨季にあたり、年によってだが、豪雨をもたらしたりした。(この季節以外は雨がほとんど無いので、水源地では貴重な雨であった。)

そこで6回冬を経験したが、雨以外のものが降ったのは片手で数えるくらい。一度はフリーウエイを走っている時に雹が降って、コイツは怖かった。友人達と一緒にSan Diegoに向かっていて、車に分乗していたが大粒の雹が降りだした。75マイルぐらいで走っていたのでさすがに怖くて、速度を落としてレーンを移ってチンタラ走っていたら、友人の車はどんどん先へと行ってしまっていて、落ち合うのに一苦労した。

まあその程度のなまっちょろい‘冬’に慣れて、その後帰国しても所詮大阪なので、寒さも知れているってわけで…ああ、本当に寒がりになってしまった。

ただし、帰国して最初の冬はきつかった。夏の暑さにも参ったけれども。日本の家屋って寒いんだ。暖房は基本的に部屋単位だから、廊下やトイレ、玄関、洗面所と、暖房の無い場所がたくさんあって、おまけに人の居ない部屋はしっとりひんやり寒いのなんの。同じ家の中で暖かく乾いた場所と寒くて高湿の場所の差が極端だということを思い知らされたのだ。冬でも屋内ではTシャツ一枚で過ごしていた子供達は、重ね着をすること自体を嫌がった。動きにくいもの。この冬、子供達は二人ともインフルエンザにかかった。

そんな思い出はさておき、いくら地球温暖化が進んでいるとはいえ、北国の暮らしってどんなだろう。半端じゃないんだろうなあ。当たり前だけれど。体力に自信が無いので、きっと無理だけれど、北欧やロシアの北の町の冬をちょっとだけ体験してみたいなあ。ほんのちょっとだけ。今を去ること17年前になるけれど、一冬を過ごした北京の冬も寒かったよ。寒い日は日中でもマイナス10度ぐらいに下がったりして、雪はたまに降る程度、あまり積もることの無い細かなパウダーのような雪だったっけ。当時1歳になったばかりの娘をモコモコに着せてベビーカーに乗せてその周りをキルトで囲って、でもちゃんと散歩してたから、そのくらいまでなら耐えられるぞ。

とか威張ってみても、今の私は本当に寒がりである。北欧の旅、とか言ってないでGoogle Earthで神の気分で空からの旅を楽しむことにしよう。

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Tolkienは宗教

The Lord of the Ringsのファンである。J.R.R.Tolkienの。

初めて出会ったのはアメリカ時代で、当時小学校の2年生だった息子が本を読みまくり、Michael Crichtonに傾倒していたので、『小2の子供にはちょっと…』とか思った担任の先生が推奨してくれたのがTolkienのLOTRであった。(ScholasticsのセールでHobbitを序章とするLOTRのシリーズ4冊セットで12ドルぐらいだった。)

買っては見たが、息子は意外にも興味を示さず、(表紙のイラストが悪かったのだと信じている)息子の半分くらいの英語力しかなかった私が読むことにした。

これは運命だったと思う。 もともとファンタジーはそれほど好きではない。娘が夢中になっていたC. S. LewisのThe Chronicles of Narniaだって読んでみたけれど、ライオンが出てきて喋り出したあたりで嫌気がさして読み終えるまで苦痛だった。(ただし、前半は良かった。ワードローブの扉を開けて冬の世界に入っていくあたり、木々の枝葉の感触や雪の冷たさまでもが伝わってくるほど素晴らしかった。)

私にとってはファンタジーは子供の頃読んだ佐藤さとるの『コロボックル物語』で完結していたのだ。

だから以前から『指輪物語』の存在は知っていたけれども、[ファンタジー]の大作と言われていたので手にとってみた事もなかった。単に『積読』のはもったいないという理由でページを開いただけのことだった。

これは[ファンタジー]ではなかった。世間的にはそうジャンルされているけれども、単なるファンタジーではない。Middle-earthという美しいくにの創世記である。壮大さ、包括性、緻密さ、表現力、どれをとってもTolkienが生涯をかけて魂を注ぎ込んだMiddle-earthの叙事詩にかなう文学はないだろう。

以来何度も読んだ。ノートを取りながら。地図に書き込みながら。Hobbitsが歴史に登場する以前のMiddle-earthを知りたさにThe Silmarillionを読んだ。そのために又地図を描いた。

(LOTRが映画になったとき、おそらく多くのTolkienファンがそうだったと思うが、あまり期待していなかった。本と映画は別物と割り切っていた。でも最初のThe Shireの映像を見て思ったが、監督は本当にこの本の世界が好きなのだと分かった。細かい点はさておき、いい映画だったと思う。)

今もちょうどそうだけれど、折に触れて読み返す。病気の時、こころが休息したい時、勇気を出したいとき、私のそばにはいつも変色して擦り切れたTolkienのペーパーバックがある。

外で木枯らしが街路樹の落ち葉をさらっていくのを聞きながら、Bilbo Bagginsの居心地のいい穴を思い、Samの育てた美しい庭を想像する。そしてそれを捨てて未知の旅へ、危険と孤独の旅へと旅立って行ったFrodoを思う。

この世で与えられた使命を果たして寿命を全うしたらば、私もきっと海を越えてValinorに旅立っていける、そう思えば勇気が出てくるのだからこれはもう立派な宗教である。

その日が来たら私とともにこの本を埋葬してもらうことにしよう。

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天才の引き際

また一人スポーツ界からスターが引退。イアン・ソープ(Ian Thorpe)。

若き天才は24歳の若さで引退を決意した。5つのオリンピック金メダルと、11個の世界新記録も彼にとってはsecurity blanket(精神安定剤)である水泳を追求した結果に過ぎないとは。彼の記者会見コメントを聴くと、納得すると同時にやはり寂しい。

魚雷(torpedp)と掛けてThorpedoと呼ばれた天才スイマー。新しい人生に祝福あれ。

イリーナ・スルツカヤも引退してしまったし、寂しいなあ…プルシェンコは競技に復活してくれるよね。是非とも彼のバンクーバーオリンピック金メダルが見たい。どんな形でもいいから。この際アイスダンスでもいいから。(そんなこと言ったら、アイスダンスの人に叱られそうだけど。)

天才は10年の間に他の人の2倍、3倍の人生を生きているのだろう…

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君の誕生日に

19年前の明日、夜明けに君が生まれた。19年前の今頃、たった一人で夜中に荷造りをして病院へ向かい、たった一人の薄暗い部屋でその時を待っていた。長い夜。初めての出産。不安と痛みと、どうにでもなれという開き直りと、それからやっぱり心細かった。

陣痛の間待機していた部屋の壁の上方を小さく切って、申し訳程度の窓があった。その窓からやがて夜明けが訪れた。冴え渡った冬晴れの空に、葉を落とした落葉樹のこずえが凛と美しかった。

つい昨日の事のような気がするけれど、あれからもう19年。

幼い頃から型破りな言動で周りを驚かせ、私をやきもきさせ、『自由人』である続ける君。君を通じて、私は『初めての経験』をずいぶんとさせてもらった。楽しい経験ばかりではなかったけれど―他の子供の親や教師に謝って回るとかね―君が私の世界を広げてくれたのは間違いない。人にはそれぞれ自分の生き方がある、それぞれの価値観があると。幼くても、生れ落ちた時からすでに独立した個性を持っていて別の人格なのだと、君は事ある毎に教えてくれた。

私の元を離れて一人アメリカに行ってしまって、2度目の誕生日だね。

私の子供として生まれてくれてありがとう。
元気で、それから、時々顔を見せて。

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私と暗雲と平和憲法

目前に暗雲が立ち込めていて出口が見つからない時、問題の存在を感じているけれども直視したくない時、遠く離れた国の困難に思いをはせ、社会全体の将来を憂うことの方がずっと容易い。

現実逃避である。

問題は私の中に在る。

自分が一番良く分かっている。


それでも、やっぱり言ってしまおう。
北朝鮮の核の脅威に対抗して、日本が核武装するとか、その可能性を議論するとか、臆面もなくそんな話をする政治家はどうかしている。

核不拡散条約(NPT)の下で、何十年経っても依然核兵器の脅威は減ることなく、核の力による抑止がいずれは地球上から核兵器そのものを無くすことに通じるとかいった幻は、幻でしかなかったことは明らかなのに。(非保有国に核は持たせないよ、持ってる僕達は作り続けるよ、実験し続けるよ、ってな訳で、アメリカは核実験したいほうだいして、地球汚染物質をバラマキ散らしているのも許されないけど。)

広島・長崎から後60年にわたって一度も核兵器が使われなかったのは、それはNPTのおかげなんかじゃない。広島・長崎のこころを受け継いだ人たちが、再びこの惨禍を繰り返してはならないと叫び続け、それが世界に届いていたからだ。押し付けられた憲法だと改憲論者は言うだろうが、心底平和な世の中を待ち続けた日本国民が待ち望んだのが、『再び戦争の惨禍が起こることのないように決意し』た平和憲法である。そしてその日本国民の精神を、世界が、アジア諸国が認めてくれたからだ。

核兵器を持たず、作らず、持ち込ませずの『非核三原則』があればこそだ。

最近まで、日本の非核は当たり前のように思っていた。
なんてことだ。歴史を学んでいないのは高校生だけじゃなかった。襟にバッジをつけたオジサンたちもそうらしい。

歴史の中で、人間は常に力に対して力で立ち向かってきた。報復の歴史だ。この報復の理論だと、暴力はけして終わることはなくどんなに時を経ても子孫へと受け継がれてしまう。

ありがたいことに、日本は『押し付けられた』憲法のおかげで、報復の理論を捨てさせられてしまった。広島・長崎に原爆を落とされて、報復する代わりに『再びこんなことを起こしてはならない』と非核の立場に転換できたのだ。

もう一度言おう。何度でも言おう。忘れてしまわないように。
『日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と正義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。』
―世界に誇る日本の平和憲法。


それから、明日はもっと私自身にも誇りが持てるように…

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『ライザチェック』じゃないよ、『ライサチェック』だ

英語の発音を日本語で表記するのは難しい。
そのいい例が"r"の音である。日本語の『らりるれろ』はローマ字で"ra, ri, ru, re, ro"と表記されるが、英語的にはどちらかといえば"la, li, lu, le lo,"の方が近い。(同じではないけれど。)

名前に"r"が入っている人がアメリカに行ったりして―例えば『りさ』ちゃんにしておこう―自分の名前をRisaと書いたとしたら、巻き舌のRの音で(『ゥリサ』みたいに聞こえる)呼ばれることだろう。日本語の名前らしく呼ばれたければ、パスポート表記のRisaではなく、Lisaにしておかないと、呼んではもらえない。(現にそう使い分けている人は大勢居るけれど)

他に、"h"と""についても似たようなことがあって、以前クラスメートに日本人で『ふみこ』さんがいて、彼女は"Fumiko"とスペルして自らは"Humiko"と名乗っていた。(日本語の発音は、Humikoである。)これも混乱を生む名前で、彼女の名前を発音するたびにアメリカ人は目を白黒させていた。

日本人が海外で自分の名前をどう表記しようと、自分でどう自己紹介しようと、それはその人の自由である。しかし、外国語の名前を(人名であれ、地名であれ、本来外国語で表記・発音されているものを)カタカナで表記する時に、日本語のメディアでどう表記されているかは大きな問題となる。特にそれがテレビや新聞のような影響力の大きなものでは。

もともと日本語でないのだから、それをカタカナで表すということは相当難しい。正確になど出来るはずがない。正確さを図るのであれば国際発音記号(International Phonetic Alphabet)に従うほかはない。カタカナで表記する以上、かなりいいかげんであることを前提としなければならない。

それは承知の上で、今の(今までの)日本語のカタカナ表記、カタカナ英語はあまりにもいいかげん過ぎると思う。

私がこの話をすると、私の家族は『そんなんどうでもええやんか。日本人の英語がどうなったって、そんなんあんたの人生に関係ないやんか』とくる。家族以外には言わない。知ったかぶりをしている、と嫌がられるのは分かっているから。

余計は事と分かっていても、あえて言うのは、そういうことの積み重ねが、英語の習得にもにも大きく響いていると思うからだ。

例えば―
フィギュアスケーターのEvan Lysacek。れっきとしたアメリカ人である。アメリカ人の実況中継、コメンテイター、競技場のアナウンサーは皆『ライチェック』と呼ぶ。なぜ日本では『ライチェック』なのか?テレビ、新聞、皆統一して『ライチェック』である。彼が自ら日本の報道に対して"It's z-a, not s-a."とでも言ったのだろうか。不思議で仕方ない。

しかも日本人は"s"の発音が好きで仕方ないのに。"z"と発音すべきところでも、いつも適当に"s"でごまかしているではないか。阪神タイガースのJeff Williams投手は『ウイリアム』であるが『ウイリアム』と呼ばれ、新聞にもそう書かれる。女優のKate Winsletは『ウインレット』だが、『ウインレット』と。
要するに日本人は"s"と較べてのどの奥の方を共鳴させなければならない"z"の音を出すのが苦手なのだ。

苦手な"z"の代わりに"s"を使う。これにはこれで理屈がある。常にそうする限りにおいて便利ですらある。当の外国人も気にしないだろう。(分からないけど…)

だが『ライチェック』とは…どうして逆なの???

本人は気にしないだろう、日本でどんな風に呼ばれていようと気にするはずがない。

私が気にしているのは、日本人の方である。日本人は、カタカナから、ローマ字から外国語に近づいて行って、学んでいる(人が多い)のだから、そのカタカナ表記は大問題なのだ。laptop(ラップトップコンピュータ)も, wrap(サランラップ)も, rap(ラップミュージック)もおなじラップという表記は、一気に変えることは難しいとしても、『』と『』はそんなに大変なことではないはずだ。

と思うけどね。

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米中間選挙、イラク、それから

アメリカ議会の中間選挙。僅差の2州の上院を除いて結果は出揃った様子。僅差だとrecoutと称して票の数え直しがあるから、面白いというか、そんなに何回も数えなおしをするとは、一度で正確に数えられないってわけ?と、可笑しいやら、イライラするやら…は2000年の大統領選挙の時に思ったことだった。

風向きのせいで大躍進の民主党(Democrats) だけれど、焦点のイラク戦争については、実のところ大胆な処方があるわけではないようだ。とはいっても、ブッシュ大統領がどんなに強がってみようとも、メディアが、どんなに駐イラク軍兵士を美化しようとも、イラクの内戦状態が鎮静化して統一国家への道が見えてくる気配すらないという事に米国民が気付き始めた以上、政策転換は否めないだろう。

自衛隊が撤退して以降、日本のメディアからは、イラクの文字が薄れている気がするけれど。

もちろん日本には日本で差し迫って大事な事がいっぱいあるから。学校でのいじめをはじめとして。

こういう問題が表面化すると、一体今の学校はどうなっているんだ、今の子供達に何が起きているんだ、と騒いで見るけれど、子供社会に起きている異変は大人社会の反映なのだ。

善悪の判断よりも、他の人たちがやっているから、みんながそうだから、というだけで追従する、自分の意見を主張することを避け他人任せにしてしまう。周りがそうだから、みんながやっているから、良いのか?多数の意見に同調しておけば集団の一員になれて、それで良いのか?

おそらく感受性が乏しいのだ。自分の感情には敏感かもしれないが、他人の感情を思いやることのない鈍い感性。判断しようにも、材料となる知恵と経験が足りないのだ。情報は溢れていてもそれを吸収する力はなく溺れてしまっている。

この社会は着実に貧しくなっている。子供達が警告している。

バグダッドでは、今も内戦で犠牲になる人の数は連日100人を数える。

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ありがとう、黒田投手!

やっぱりこうなると思ってました。と言うか、こうなって欲しいと願ってました。でも、本当に黒田さんがメジャー行きたいのなら、いっぱい応援してあげたいけど、って。

黒田博樹投手ってカッコいいよね。こんな事書くと、昨日のFA しないで広島に残留宣言でのにわかファンみたいで嫌だけど(熱烈なファンかと聞かれると、テレビでは応援するけど、はるばる広島球場に応援に行く程でもないので、隠れファンぐらいかなぁ)。

昨シーズンセリーグ最多勝利、今シーズン防御率トップ、という数字の面での成績もさることながら、彼を見ていると試合にかける熱い思いが伝わってくるエースの中のエースです。

今シーズン前に、監督がブラウンさんに代わって、黒田を含めて先発投手は100球まで、中4日での登板、と宣言した時に、ハッキリ言って黒田は今年その持ち味を十分に発揮できないんじゃないか、彼の魅力である『勝つまでマウンドを降りない』的なところはもう見られなくなるんじゃないかと、ひそかに心配していました。黒田って完投してこそエースだという見本のような人だったし。決して球数少ないピッチャーじゃなかったし。コントロールも悪くはないけど、特別いいほうじゃなかったし。ところがどうですか。

ブラウン:ヘイ、クロダサン、100キュウマデネ!
黒田:(そうか、100球までしか投げられないって事は余計なボールを投げないようにして、100球で9回終わればイイんだ!)アー、オーケイ。

ってな成り行きだったかどうかは知らないけれど―まさかそんな訳はないでしょう―黒田投手は球数少なく完投する術を身に着けて行ったようです。そして、こと黒田に付いて言えば、ブラウン監督は自身のアメリカ流『先発100球まで』主義を曲げてまで試合を黒田に任せるほどになった。彼は新境地を開いたようです。

黒田さんの残留宣言でチームはきっといい影響を受けるでしょう。若手の投手達もずいぶん発奮してくるでしょう。(大竹君も頑張れよ!)投では黒田、打では前田の二人のキャプテンが引っ張って来シーズンは本当に優勝争いして欲しい。

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青いボールペンの謎

昨日の続き。

何しろハンガリーからの郵便物です、それだけで、わくわく。今までの人生の中で、ハンガリーと関わった経験は(アメリカ時代にクラスメートにアラン君というハンガリー少年がいただけで、その彼も2週間しか居なかったし)、ゼロに近い。

おまけに、ディスクが入っていた封筒には、差出人(レコード会社)も、受取人(私のあて先)も全て青いボールペンで殴り書きしてある。あ、これでも丁寧に書いたつもりかなあ。

何しろ最近私信を除いて(それさえもほとんど無いけど)手書きの表書きなんて出会った覚えがないので、ちょっとびっくり、妙な感慨に浸ってしまった。ひょっとしてすごい家内工業的な会社なのかなあ…と。手書きでもらうってレトロでいいかも…とか。

で、早速開けてみました。すると、CDジャケットと、DVDに入っているカードに、『Edvin Marton 2006』と読めるサインが。

そういえば、彼のサイトでオーダーした時、『ただいまご注文いただきますとMartonの直筆サイン入り!』ってふれこみでした。もらっといてこんな事言うのは何だけど、私は今までの人生の中でサイン目的で何かを買ったことは一度も無いので、この手の特典を特典と思わない人である。

だからこの時も、『あっそうだった、サインね。』で終わりのはずが…

やっぱりハンガリーから来たってことで、愛しさをこめてじっと見る―マートンのサイン―

青いボールペンなのだ。それも、どう見ても封筒の宛名書きに使ってあるのと全く同じに見える。

これは単なる偶然で、会社の事務に使っているペンと、マートンさんがサインしたのだがたまたま同じ青いボールペンだった、というう最も素直で善意の解釈に始まって、我が家では諸説入り乱れる展開となってしまった。

シナリオその1
クラーク(事務担当者)が、『マートンさん、注文があったので、コレとコレ、サインしてください』と言って、自分が持ってた青いボールペンを差し出す。マートン氏『はいよっ。』と言ってサインする。クラーク君、そのCD&DVDを封筒に入れ、表書きを同じ青いボールペンで書いて、郵便局に持って行った。

シナリオその2.
近頃オンライン注文が多くて、予てから用意していたサイン済みのCD がなくなってしまった。マートン氏は忙しい。演奏活動が優先である。なかなかつかまらない。クラーク君はマートン氏のサインを真似てみた。持ってた青いボールペンで。結構いけるじゃない!って訳で、そのまま封筒に入れ、宛名書きをして郵便局へ。

シナリオその3.
マートン氏は本当に忙しい。演奏活動の傍ら、商品販売にも自ら携わる。オンライン注文があるとすぐ自ら、サインして、宛名書きして、郵便局へ。こうなるとこの封筒も直筆ってことで、貴重品である。ありがたくって粗末には扱えない。アーティスト自ら送ってくれたんだよ。(?)

シナリオその4.
ハンガリーでは青いボールペンがスタンダードである!(?)私信だろうがビジネスだろうが、メモだろうが、ラブレターだろうが、当然サインも、みーんな青いボールペンで済ませる。ペンの種類も1種類しかない。(ハンガリーの皆様ごめんなさい!)

というようにこの疑惑の青いボールペンをめぐってさまざまに憶測し、楽しい時が過ごせたのだ。

で、本当はどうなんだろう?

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ハンガリーから、MartonのCD&DVD!

着いちゃった!着いちゃった!はるばるハンガリーから。Edvin MartonのCD&DVDです。CDはStradivarius, DVDはEvgeny Plushenkoとの共演Live On Ice

音楽との出会いなんて不思議なもので、プルシェンコのスケートに興味を持ったから、そこで使われている曲が気に入って、その作曲者であるハンガリーのヴァイオリニスト、マートンに興味を持った。プルシェンコのスケートと言ったが、正確には彼のTribute to Nijinski(ニジンスキーに捧ぐ)である。

この曲を知らなかったら、彼のスケートを知らなかったら、ニジンスキーという20世紀が産んだ偉大なダンサーのことも知ることはなかったろう。(ニジンスキーについては、いくら偉大なダンサーであっても数枚の写真を除いて、彼のバレエを写した動画は現存しないのでもはや誰も見ることはない。ただその伝説と、写真とスケッチだけが想像力をかきたてるのだ。)

DVDの圧巻はやはり『ニジンスキー』。2004年ユーロのエキシビション。

確かこのシーズン、というか、もっと言うと、2002年のソルトレークオリンピックでヤグディンに負けて以来2006年トリノでゴールドを取るまでの4年間、、プルシェンコはたった2回だけ負けていてそのうちの一つがこのユーロで、ジュベールにゴールドを譲ったのだ。

それはそれとして、ここでのニジンスキーと、その後のアンコールと、マートンとプルシェンコは本当に素晴らしい。YouTubeでも何度も見たお気に入りの一つだけれど、やっぱりDVDだと嬉しいなあ。

ちなみにここで画像が見れます。

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DNAは余分でしょ

スケートアメリカの中継を見ました。安藤美姫が大健闘でしたね。Well come back!

それにしても気になるのが、テレビ中継のあり方。

○○の遺伝子とか、○○のDNAとかわけの分からないコピーは何とかならないのでしょうか。エミリー・ヒューズ、織田信成です。所詮テレビ朝日のやってることなので気にするまいと思うのですが、やっぱり気分悪いです。

あーNHKの何にも小細工してない中継が見たいなあ。

試合の内容については、シーズンも序盤だし、まあこんなもんか、ってことで…

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世界史と現代史と。

各地の高校で必修科目の世界史が履修されていなかった件が議論になっている。富山の学校に始まった事件は調べてみれば全国の教育委員会に飛び火し、さらに波紋を呼びそうだ。

学校側とすれば週5日制の導入でただでさえ時間が少ないのに、生徒によっては入試に必要なければ世界史に時間と労力を注がせたくないのだろう。受験に必要な科目に絞って勉強させます、と言えば生徒や保護者への受けもいいものね。

生徒の側では、少なくとも入試科目として役に立つと思わなければ、膨大な時間と労力を必要とする世界史の勉強をする意欲は湧かないかも知れない。

いろんな意見があることだろう。

例えば:
そもそも学習指導要領が矛盾しているのだよ、本当に世界史はそんなに大切かい?

いやいや世界史は大事だよ。今の高校が大学受験の予備校化して、受験偏重の教育をしているからおかしいのだ、
とか…

私自身が高校教育(母校は県内有数の受験校だった)を受けたのはざっと100年ぐらい前になるので(?)この時代の人にしか通用しないけれど、地理も日本史も世界史、ついでに言えば倫理社会も、必修だった。私は地理と世界史が好きだったのでこの2科目をセンター試験(当時共通一次試験と呼んでいた)で使った。地理は勉強の的を絞りやすかったが、世界史は分量が多いのと論述式試験に対応するために相当の時間と労力を費やしたっけ。

それでも受験が終わったらほとんどきれいに忘れてしまった!

高校時代の社会科で一番記憶に残っていて、勉強したという充実感があって、しかもそれによって大学でも学ぶ意欲をかきたてられたのが、実は倫理社会。2年生の時たった一年間しか履修せず、受験にも使わず、古代思想から現代哲学、資本論までカバーしなければならなかった。今は呼び名も違うのだろうか。この教科の先生が好きだったのでさえない。この先生は教壇で教えるということをしなかった。すべて生徒に調べて来させ、生徒に発表させ、生徒に質問させ、それが授業のほとんどだった。

常に大きなテスト、小さなテストに追いまくられていた進学校の生徒たちにはこの自ら調べ、学んでくるタイプの授業ははっきり言って負担が大きかった。他の科目の宿題・予習・復習の合い間に、図書館でくそ難しいヘーゲルを何冊も借りて何日も何日もそれと格闘したのを覚えている。難しかったけれど楽しかった。言われたこと、教えてもらったことを覚えるのでない自ら求めて学ぶ、という事をこの時初めて教えてもらった。

ただこのスタイルの勉強法は本当に時間がかかる。指導者も大変だ。当然受験勉強とは性格を異にする。今のテスト偏重の学校では無理だ。

 

さて、高校社会科の必修科目だが、私にはひとつの提言がある。ずっと思ってきた。ぜひ、現代史(日本史と世界史を含めて)を高校で教えてもらいたい。アメリカで生活している時、私の周囲の日本人がうつむいて言った。私たち日本人はあんなに高校で歴史の勉強をし、受験して高等教育を受け、ちっとも歴史を知らない、と。歴史の中でも、現代。第二次世界大戦後。今。

おじいちゃん、おばあちゃんの時代以降の日本と世界のかかわりをちっとも知らない。アジアの国々の人と話していて本当に恥ずかしい。私のおじいちゃんの世代の人たちが、おじいちゃんが何をしたのか、おじいちゃんは語らなかったし、先生たちは時間が足りなくなっていつも駆け足でさらっと教科書を繰って(この頃っていつも3月、年度末だよね)、他の国の歴史どころか日本のことも知らない。

エジプト文明のこととかローマ法王庁の話は別に知らなくても困らないけれど、太平洋戦争や、靖国や、憲法がどうやって出来たのかは知らないと外国の人とは話が出来ない。

10年前にアメリカで出会った中国人の年配の女性が、(私たちは数ヶ月間クラスメートだった)『日本が来る前は幸せな家族だった、日本が来て私たちは引き裂かれた。あなたを責めているわけではないけれど知っていて欲しい。』と、語った。私は『私の国があなたたちにしたことを申し訳なく思う。』と言うのが精一杯だった。傷つけられた人達は忘れない。傷つけた者達はその何倍も長い間忘れてはいけない。忘れること、もっとひどいのは知らないことだ。知らないから仕方ない、では許されない。知ろうとしないのは罪だ。

歴史は後世の歴史家が判断するのではない。今を生きている私達が判断するのだ。

現代史、教えて欲しい。検定教科書なんて使わずに。

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沈下度3

子供が具合が悪くなると、とたんに私までも沈み込む。これは母親の常である。今日の沈下度は1から5のスケールで3(5が最大として)。

毎日仕事から帰ってきて、まず玄関先の自転車置き場を見る。息子が起きるより早く家を出る私には、帰宅するまで彼のその日の様子が分からない。

息子が元気ならば、自転車で学校に行っているはずなので、この時間に彼の自転車があるということは、何かの異変を意味する。この時点で私の気分は一気に4まで下降。胃の裏側あたりを冷たい手で掴まれたような気分。足が文字通り震える。

またあの日々に逆戻りするのではないか、せっかく出口が見えたと思っていたのに実はまだ暗い森の中にいたのだろうか。また暗い日々に逆戻りするのではないかという恐怖は、実際の困難に増して害がある。その辛さを知っているだけに、同じ道を辿る事は考えただけで身震いしてしまう。

家に入って彼の顔を見るまでは決め付けるのはやめよう。

何かの理由で自転車に乗らなかっただけかも…

登校したけれど何かあって急に帰ってきたのかも…

今日は風邪を引いてしまったのかも…

そんなかすかな希望を抱いて息子の部屋へ―

―どうやら本当に具合が悪そうだ。(妙にほっとしている。)この間から疲れた様子をしていたから、そろそろ体調を崩す頃ではと案じていたけれど。

とりあえず学校は正々堂々とお休みして病院行こうか。ゆっくり休んだら又元気になるさ。息子にというよりは、私自身に言い聞かせている。

息子が少し体調を崩しただけでうろたえてしまう自分が情けない。


明日は少しだけ良い日になりますように。

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MAKSIM

今日のBGM はMAKSIMでA New World

アルバムの写真からは、ちょっと引いてしまうくらいのハンサムボーイ。キャットウォークのモデルばりのルックス。

聴いてみるまでは、実はもっと情熱的でパワフルなピアノを期待していた。
聴いてみて、あれっ?って感じかな。

正直ちょっと軽すぎるんじゃない?って。

例えば、ドヴォルジャークのあの壮大な新世界がなんとも軽やか…

例えば、私はプッチーニのトスカはもっとドラマチックな方が好きだなあ。

でもね、何度か聴いているうちに結構ハマってきたから不思議。
メロディの美しさがよく分かる。やさしくて切なくて美しい…

彼のラフマニノフが評判になっているというのだけれど、あの美しいドラマチックな曲をどんな風に弾くんだろう?

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私は傷ついていた

長い間苦しみ続けていたのに、それを口に出すことはなく、自分でもあえてその重さを認めようとせずにいた。誰にも言わずに私は苦しくないふりをしていた。

他人から見ればこれはよくあるひとつの挫折ストーリーに過ぎない。

だが、ある日、それは配慮を欠いた不注意な誰かのせいで、大勢の人の目に触れることになった。しかも不特定多数の大勢ではなく、私と家族を個人的に知る多くの人の目に。

これはむろん『責任を取るべき、配慮すべき誰かさん』のせいなのだ。その人に電話して私は怒った。

普段の私なら、誰かを責めたりはしない。私は人を責めるのが嫌いなのだ。怒りの感情を表にあらわすこともしない。怒りを口にするとその感情は増幅されて持続力を増し、逆に自らを蝕んでいくのを知っているから。他人には『やさしい』からだと言われるが、実は自分の精神衛生上その方が自らを守りやすいからに過ぎない。私は臆病なのだ。

ただこれだけはどうしてもそのままにしておけなかった。自らと家族の挫折をさらけ出したままにしておけないと思った。

相手に話しているうちに涙が流れた。電話は終わって理性はこれで決着しようとしているのに、涙はどうしても止まってくれなかった。今まで私はつらかったし、今もその苦しみは消えていないということを相手が分かってくれたからだ。誰もいない部屋でしばらく声を上げて泣き続けた。

そして初めて自覚した。自分がどんなに傷ついていたかを。今までそんなふりをして来なかったからなのか、誰も言ってはくれなかった。辛いでしょう、とは。いつも頑張れ、と言われた。頑張らなくてはいけないと思って、隠れて涙をぬぐった。

今初めて自覚した。誰かにこの苦しみを分かって欲しいと思い続けていたことを。私の怒りを受け止めてくれた誰かさん、ありがとう。話を聞いてもらえて少しだけ楽になりました。

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男もすなる日記

『男もすなる日記といふもの』を女のふりして書いた紀貫之ではないけれど、数多の人のやっているブログというものを私もやってみようかな、と思ったわけです。

はじめまして。

日本人の平均寿命を基準にすれば、私も人生の折り返し地点に来ているわけで、心の中、頭の中でくすぶっている思いはちょっとだけ整理しておいてもいい時期かなぁ…と。

果たしてどんなひとりごとが出てくるのかは我ながら不明なのですが、読んだ本のこと(英語の本が多いです)、映画のこと、などを中心にしたいなあと思っています。

早速ですが、今日『16ブロック』を観ました。特にこの映画が観たかったから、というわけではなくて、近所のワーナーマイカルシネマズで1000円で映画を観られるというので、

それでは何か観なくては!

というだけの実に消極的な理由で観ました。(ごめんなさい。)
でもその割りに良かったです。(ひどいなあ、この誉め方は。)
かなり良かったです。公開されたばかりなので、ネタバレ無しってことで。

ブルース・ウィリス主演です。ダイ・ハード時代から大好きな俳優です。今でも、彼の映画は安心します。
共演のモス・デフ君、良かったです。
忘れてはならないのが、デイヴィッド・モースさん。私はこの人の演技が好きなんです。好きな脇役さんの一人です。

最近の日本の映画館って、昔みたいにハリウッド映画一辺倒じゃなくって、邦画が多くなってきて、それはそれでいいことだと思うんだけど、私はこういうアメリカ流の勧善懲罰もの(しかもかなり自己陶酔している感じの)が時々見たいなあ。

アメリカ流の、自分は決して完全じゃないし、正しいことをやって来なかったかもしれない、でも俺(たち)にはそれを自ら認め、正していく力が備わっているんだ、って叫んでいるような。現実にそういう国民だと自分たちで見ているんでしょうね。癪に障るような、羨ましいような。

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