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娘のご帰還―振り返って

12月23日から1月5日まで2週間を一緒に過ごしたのだ。

何と楽しい2週間だったことか!

忙しかった。彼らは外で食事をすることがとても少なかったので、それだけでもとても忙しかった。

でも、同時にとても楽しかった!私がキッチンにいる間娘はほとんどずっとキッチンで過ごし、彼はとても付き合いがいいのだろう、一緒にそこに居てビデオを見たりゲームをしたり、その合間にはたくさん話をして―こんなに長い間娘と(あるいは誰かと)話をしたのは何年ぶりだろう。

一緒に住んでいる親子や家族はいつでも話ができると思うせいか、意外と会話をしていない。夫とだって、どれだけ話をするかというと、週に一度大事なことをまとめて話せばいいほうだ。

この2週間私は実にたくさんしゃべった。娘も聞いてくれた。彼も聞いてくれた。

私が作る料理を彼らは喜んで食べて、外出しても食事は「ママの料理」が良いと言って帰って来て食べた。こんなに喜んで食べてもらったことはない。夫は食べること事態が大変なひとなので、私が何を作ろうと、義務的に食べるだけで、それでも食べればいい方で、「食欲ないから」とパスしてしまうことさえ多い。息子は食欲旺盛だから、彼が居る時には確かに作り甲斐があるけれど、外食も大好きなヤツなので、ここまで1日3度3度「ママの料理」にこだわったりしない。

楽しんで作って、楽しんで食べてもらった。嬉しかった。

仕事が午後から夜ラストまでなので、帰宅するのはいつも夜遅くなるわたしを、彼らはいつも起きて待っていてくれた。夜遅く帰ってきて二人でソファーに並んで座って待っている姿を見た瞬間に疲れが飛ぶ気がした。私が一人で遅い夜ご飯を食べるのを彼らは楽しそうに傍で見ているのだった。もう遅いから見てなくていいのに、と言っても、「ママが食べるの見てるの楽しい」と言って、傍から離れなかった。

もう一度娘を、子供の娘を取り戻した気がした。17歳で一人でアメリカに送り出して以来あきらめていた「わたしのベイビー」が帰ってきた気がした。しかもあのころの娘よりもずっと幸せだということがよく分かった。彼のおかげだ。私は娘を取り戻したばかりでなく、もう一人息子が出来た。

これが幸せというものなんだとしみじみ噛みしめている。これを幸せというのだ。こういうホリデーそこが本当のホリデーなんだ。キッチンでお鍋を洗いながら、二人の子供たちが並んで座っている姿を見て思う。今なら、神様にも仏様にも感謝できる。私に素晴らしい子供たちを取り戻してくださってありがとう。

何と幸せな2週間だったことか。

みんな言う「えー!?2週間も居たの?そんなに長く居たら大変だったでしょう?」と。

忙しかったけどね、でもとっても楽しかったの。こんな楽しいお正月を過ごしたのは何年ぶりかというくらい。

その反動で、居なくなってからが寂しくないかと言われれば確かに寂しい。でもね、あんまり幸せで、私満足してしまって、その幸せを思い出すだけでまた幸せを感じられるくらい、そんなに満足してしまったから大丈夫。私には宝物がある、少し遠い場所に居るけれど、この空が続いている同じ空の下に元気で暮らしていて、喧嘩したり仲直りしたりしながらやっぱり幸せに暮らしていて、今こうしている間にもきっと私のことを考えてくれたりする、そんな宝物の2人がいる。って思うことが出来る。心にぽうっと小さな灯が燈る。

私に素晴らしい贈り物をありがとう。

あなたたち二人の存在がこうして私を幸せにしてくれるように、同じくらいにアメリカのご両親も幸せにしてあげてね。

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娘のご帰還―第15日

今日はアメリカに戻る日。

京都―東京は新幹線。成田エクスプレスで成田空港へ。成田―アトランタ、アトランタ―ブラッドリー(コネチカット)。と乗り継ぐ。家を出てから自分たちのアパートにたどり着くのにたぶん30時間はくだらない。長い一日の始まり。実際30時間以上たっているのに、日付が変わらないんだから、本当に長い一日なんだ…

そういう出発の朝に、何も、今家を出ようって時に、玄関先で喧嘩を始めなくたって良さそうなものだ。この先ママに会えるのはいつのことか、2年先か3年先か分からないっていう、その別れの朝にさあ。娘と彼のことである…

まあこの喧嘩は娘が始めたもので、おまけに95パーセントは彼女の一人喧嘩なので、彼にその責任の一端を背負わせるのは不当ともいえる。でも、何もこんな時に、こんな場所で…

原因は何かというのもあほらしい―スーツケースにいっぱいに詰め込みすぎて、または詰め方が偏っていて、ケースの内側に通っている伸長式の引き手の軸棒(なんていう名前なんだろう?)が曲がりそうだ、というのが娘の言い分なんだけど、それを彼の責任だといわんばかりにイライラと攻め立て始める。そんなに言うなら詰めなおそうよ、時間は十分にあるのだから。ともう一度家に入って、ケースを開けて、入れたり出したりしてみるけれど、そもそもいっぱいに(いっぱい過ぎるほど)入れているんだから、なかなか至難の業である。あまりにもイライラカリカリの娘に、物静かな彼のほうも売り言葉に買い言葉。私は傍でハラハラドキドキ。

何もそんなことでけんかしなくたってさあ…

車に乗って近くの駅まで―車中も険悪…コインパーキングに停めて、荷物を降ろして―お願いだから二人ともそんな顔をしないでよ。今日これから長い道中、二人っきりで30時間―何回でも存分にけんかして、また仲直りする時間はあるじゃないの。今ここで喧嘩しないでよ、最後の朝なんだからさ。ママ泣いちゃうよ。

半べそをかいている私の顔を見てようやく二人の眉間からしわが消えた。

やれやれ…

何とかかんとか無事に京都駅、新幹線ホームにたどり着いて、乗る車両を確認して、えーっと、ここで別れの挨拶をするんだった…と思ったんだけど、なんだか期待したような別れのシーンにはならなかったなあ。新幹線が少し遅れていたのもあるし、さっきの騒ぎのせいもあるし、親らしい忠告とか「またきっと日本に来てね」とか、そういうしんみりした場面にはぜんぜんならないで行っちゃった…別れの言葉は『長い道中何度でも喧嘩して仲直りしなさいね!』だった!

二人を京都駅で見送って、私は帰宅。家に帰ったら、まずは彼らの居た部屋を掃除して、布団からシーツをはずして、洗濯して…大忙しだ。今日は午後から仕事だから出かける前にこの部屋を片付けておこう。居なくなったとたんに、部屋を徹底的に掃除して片付けてしまうのが私流。そしてその日は必ず仕事が入るようにする。息子がアメリカに戻る時にはいつもこうするのだ。身体を動かして忙しくしていないと、子供たちが旅立った後の寂しさに耐えられないから。

選択と掃除に終われていたら娘から電話―成田空港に無事に着いてチェックインも終わって、後は搭乗を待つばかり。あ、コインがもうないから、向こうについたらまた連絡するね!新幹線に乗る前とは打って変わって明るいいつもの娘の声に戻っている。そっか、きっと気が張り詰めていたんだね。彼は日本語が分からないし、新幹線に乗って東京行って、乗り換えて、成田空港に行って―自分がしっかりしなくちゃ、って思って責任感じてたんだよね。無事に成田空港でチェックインまで終わったらほっとしたんだよね。後は自分ひとりしっかりしなくても大丈夫、って思ったら張り詰めてた糸が緩んで気持ちが楽になったんだよね。

全く大人なんだか、子供なんだか…無事に着きますように!

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娘のご帰還―第14日

1月4日。2週間も滞在するなんて長いなあ、と思っていたのに彼らは明日アメリカに戻っていきます。一緒に過ごすのは今日が最後。

最後の日だからショッピングしたり、荷造りしたり、家で一緒に過ごそうかな、って思ってたんだけど、私もしっかり休みを取っていたんだけど、大阪にいる友達ともう一度会いたいから、って二人で出かけていった。『彼女と会ってると、なんだかいとこに会ってるみたいな気になるの。彼女、ママと同郷の出身だからかなあ。何かねえ、頑張らなくてもいいんだ、って気にさせてくれるんだよね。』

そうか、そういうものなんだー。確かに同郷の人と出会ったりすると不思議な懐かしさを覚える。これは都会に生まれ育った人にはわからないと思う。

それから、帰る場所がある人にもわからないと思う。

娘は東京生まれで、中国、千葉、アメリカ、大阪、そしてアメリカと暮らしてきて、ふるさとがない。自分が育った家に『帰る』ことはない。今私たちが暮らす京都には何のゆかりもないので、『ママとパパに会いに日本に行く』ために京都を訪れているのであって、そこが『帰る』場所だからではない。思い出がひとつもない、見知らぬ土地なのだ。

娘にしろ、それから今アメリカにいる息子にしろ、『親が現在住んでいる』場所を訪れるのであって、『帰る』のではないのだ。高校はインターナショナルスクールだったから、同級生の多くはもうあちこちに散らばってしまっている。高校時代を過ごした大阪でさえ、帰る場所ではない。

そういうものなんだよ。大人になっていくって言うのは。育った場所を離れて、新しい場所で、新しく出会って、そこで家族を作って、そこが自分の場所になるんだよ。そうやってみんな大人になっていくんだよ。

とはいうものの、遠い異国でたまたまであった、自分の母親と同郷の友人は、娘にとって特別な存在なのだという。きっと彼女のほうでも特別な思いがあるのだろう。

良かったね!貴重なお友達が出来て。良かったね!本当に。

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最後の夜は遅くならないように、荷造りの時間があるように、と早めに帰宅した彼ら。やっぱり晩御飯はママのご飯。はいはい、そんなことだろうと、用意しておきました!

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娘のご帰還―第13日

おまちかねのお休み。さあ、ようやく家族がそろってお休みです。

みんなでどっか行こうね。でも1月3日だよ。どこか行くって言っても、開いてるのはショッピングモールと、レストランと、それから初詣屋さん、もとい、神社です。

「はっきり言って、どんなに有名なところでも、神社も、お寺も、一つ見ればで十分。みんな同じにしか見えないもん」と娘。これで初詣はリストから外れました。

もっとも、夫も私も、初詣は行かない人々です。信念を持っていかない人々です。当然うちの子供たちも初詣に連れて行ったことがありません。彼らはテレビで見てそれがどういうものかは知っていますし、息子は親戚に連れられてそれっぽいものをした経験があると思います。でも、娘は本当に初詣と言うものは全くしたことがありません。ましてやカトリック教徒の彼を、雑踏の平安神宮に連れて行くことの意味はないよね。

他に…他に…開いているところ…と、探して、信楽に行くことにしました。なぜ信楽かというと、去年の秋に夫と二人でたまたま信楽に行って(単に天気がよくて、見たい映画が何にもなくて、せっかくの休日を二人でもてあまして、それでいった場所が滋賀県の信楽。)、そしたらたまたまその日に陶器祭りをやっていて、以外にもと言ってはなんだけれど、焼き物にたして関心もなかった私たちだけれど、「信楽焼きっていいなあ」と思ったの。実際に工房体験が出来る場所がいっぱいある、っていうのも知って(やってみたわけじゃないけど)、娘と彼を連れて行って焼き物体験なんてちょっといいじゃない?

ネットで調べて、電話して、正月にもかかわらずやってるところがある!って言うので、予約しました。さあー、信楽めがけて出発!家から滋賀県信楽町は意外と近くて、普段なら車で40分もあればつくんだけど、何しろお正月のUターンラッシュが始まっていて。かなり渋滞だったけど、冬晴れの空と雪化粧した山里がきれいだこと。日本の典型的な山里の風景だよー!

工房で、ろくろの前に座らせてもらって身振り手振りで説明をしてもらう。私と夫は娘と彼が製作する傍で見物、撮影、ちょっと通訳。

ろくろなんてやったことないだろう、と思っていたのだけれど、意外にも彼は実は高校時代に学校の授業でやったことがあるという。「どういうものかは知っているという程度」らしいのだが、なかなかどうして上手に扱っている。基本のお茶碗を作った後は、つぼ型とか、変り種のディッシュみたいなものとか挑戦して、こういうところで感性が出るんだねえ。講師の先生は『日本的ではない』個性って言ってたけど。

ろくろは全く初めての娘。普段は『宇宙人』的な個性を発揮する人なんだけど、案外おとなしい作品を作ろうとしている。逆にすごく『日本的』とか言われている。

ふうん、そっかー。面白かったね。この作品の中から2つ選んで焼いてもらって、後で送ってもらうね。どんな風に出来上がるのかなあ。楽しみだねー。

あー、面白かったね!

さあ、今夜はお家でママご飯じゃなくて、どっか食べに行こうよ。回転寿司はどう?『回らない』おすし屋さんの方がおいしいんだろうけど、回ってるほうがそれが何か良く分かるし、手が出やすいでしょ。

心配は彼がどれくらい生ものを食べられるか?だったんだけど、結構いけるじゃん。鮭と、魚卵系と、頭が付いた魚がだめなのね。後はまあまあ大丈夫。イカも、貝も、ぶりもOK。娘は水槽から救い上げた生きているアジをさばいているのを見て食欲を失ってしまったけれど。

今日はお出かけもしたし、初めての体験もしたし、外食もしたし、なんだかようやくお正月が来た、って気がしたね。

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娘のご帰還―第12日

正月2日です。私今日もお仕事です。

重ねてごめんなさい!

でも今日は少し遅く出ればいいから、時間もあるし、買い物に行く?すぐそこの食料品しか売ってないスーパーに行くだけなんだけど。娘と彼はすることもないので当然のように付いて来る。なかなか可愛いです。

食料品売り場って楽しいよね。彼にとって楽しいのは、お菓子売り場。キットカットとか、ナビスコとか、もともとアメリカのお菓子だけど、日本バージョンになってるやつもなかなか楽しいけど(食べるわけじゃないんだ、ただ見てるのが楽しい)、一番の魅力は、子供向けのアニメキャラクターのおまけ(実はおまけじゃなくてそっちがメイン)付きの、ラムネ菓子(みたいなの)。

そうなのだ、彼は何を隠そう、日本のアニメやゲームのオタクなのだ。子供時代から大のフィギュア好き、しかもそれを捨てられない性格、どんどんたまっていくばかりのフィギュアたち。どうやら今日もこのスーパーで欲しかったフィギュアを見つけてしまったようだ。そばで眉間にしわを寄せてじっと彼の様子を伺っていた娘が、「埃がたまるだけだからそういうのは買わないように」説得している。「誰が掃除すると思ってるのよ。」「僕がするよ。」「置くところないわよ。」「あるよ。」

狭く静かな売り場で言い争いをされても困る(英語だからさらに目立つ。いやすでに目立っている。)

「いいじゃないの、小さいものなんだし、それぐらい日本のお土産だと思えば。ママが買ってあげるわよ。」と娘にささやいてみる。とりなそうしてみる。娘はひとにらみして行ってしまう。彼は「いいよ、自分で買えるもん。」とレジで126円を何とか払うことが出来た。(よく出来ました!)

しかし、この場面、まるでおもちゃをねだる幼い子供とお母さんの姿なのだ。笑って見てていい…か。30にもなってこの男大丈夫か?娘たち夫婦の普段の生活の一面を垣間見た気分。なんとなく不安になる姑の私。やれやれ…



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娘のご帰還―第11日

新年です。

にもかかわらず、今日も出勤です。シンジランナイ!

みんなごめんねー!ママお仕事です!日本人ってどうしてこんなに働くの好きなんだろう?って思ってる?

今日ぐらい休めないの?って私だって思うんだけどね。今日出勤できる人が他にいなくって…夫はあきれ返ってこのことについては無言を貫いている。ほんとにごめんなさい!

元旦だって言うのに出勤するばかか、お昼過ぎには家を出なくてはならなくて、帰りは夜10時10分をめがけて帰ってくるね!つまり、おせち料理は朝の間にみんなで食べよう!朝からお雑煮って気分じゃない?かも知れないけど、みんな頑張れ!私のために。

しかも昨日から(去年から)の寒波で、雪のある寒い元旦。

夜帰宅して、娘たち夫婦は今日一日どうしてた?か夫に聞いたところ、近くを散歩してすぐに帰ってきて、DVD見てた…そうでした。当初テレビを見ようと努力したらしいけど、それでなくてもつまらない正月番組で、しかも日本語だもんねー。諦めたようで…。

夫は彼らをほっといて書斎にこもって仕事してたらしい…

まあそんなことだろうと思ってたけど。

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