アメリカで結婚している娘が2年半ぶりに日本に帰ってくることになった。初めてハズバンドとして彼を連れて来る。クリスマスの時期に戻ってきてお正月まで、2週間も滞在できるというので、私も夫も、実家の親戚たちも彼らに会うのを楽しみにしている。
私は気になっていた日本側の婚姻届、っていうやつを済ませちゃういい機会だと思っている。区役所に電話で聞いたら、海外で合法的に婚姻していれば、それは日本でも当然に有効であること、日本の戸籍上の手続きは、海外の領事館に届出をするだけでいいということも知っていた。娘に何度もそのことは伝えて、折を見てボストンの日本領事館に行くようにいっていたのだけれど、遠いのと、忙しいのと、それに彼女は日本語が苦手なのとでいついつまでも先延ばしにしているのを知っていた。
こっちに来れば、私が区役所に二人を連れて行って、窓口で手っ取り早く手続きしてしまえるから、そうしようね。と娘には伝えていた。
そんな矢先、彼女が電話をしてきた。「ママ、怒らないでね。」いきなり切り出してくる。
うっ、これは嫌な予感…最近ちょっと静かにしていると思っていたら、また何か事を起こしたか?
「あのね、私たちのリーガルマリッジね。去年の6月にやったって言ってたじゃない?でも本当はそうじゃあなくて…」と切り出す娘。
まさか、本当は結婚してなかった、とか言うんじゃないわよね?
「結婚したのよ。でも、ママに話したように2009年の6月末じゃあないの。もっと、前だったの。」
話が見えない。うん、2009年の11月1日にパパとママもそっちに行って、みんなに集まってもらってセレモニーやったよね。それより前、6月末に二人だけでリーガルマリッジ(legal marriage)やったっていうのは前に聞いたから知ってるよ。彼のご両親にも出てもらわずに二人だけで治安判事のところでやったって言うあれでしょ?あの時、彼のご両親が『こんなに近くに住んでるのに、どうして知らせてくれなかったんだ。たとえ法律上だけの宣誓と言っても、知らせてくれれば必ず立ち会ったのに。二人だけでさっさとやってしまうとは!』って、お怒りだったよね。日本にいるママとパパは立ち会えなかったけど、せめていつ入籍するかぐらい知らせてくれても良かったのに…ってあの時大騒ぎしたじゃないの。
「うん、そのリーガルマリッジだけどね、本当はそれより前で、確か4月くらいだったの。」
確か4月くらいって、どういうこと?パパとママが、あなた達の結婚について話しに行ったのが、6月はじめだったでしょ。それより前にリーガルマリッジが済んでたってこと?え?どういうこと?第一、4月ぐらいってどういうことよ?法的に結婚が成立した日ぐらい知らないわけ?
「あのね、彼と結婚したいって(電話で)ママたちに言ったら、二人でアメリカに来たじゃない?でね、ママたちが来たらきっと反対すると思ったんだよね。それで、二人で先にリーガルマリッジして結婚しちゃったの。ママとパパがアメリカに来たときには、もう結婚しちゃってたの。ごめんね!怒ってるでしょ?ごめんね!」
何のことだかわけが分からない…
2009年5月に大学卒業を控えていた彼女は、確かにその少し前4月頃に電話で、彼と結婚したいと言った。それをさかのぼる2008年11月にいきなり私の携帯に電話してきて、彼は娘と結婚したいと言った。あの時は娘は大学4年生をはじめたばかりだったし、まだ21歳にもなっていなかったし、それに、携帯電話で結婚の承諾も何もあったものじゃない、反対も賛成も電話で言う問題じゃないから、会って話をしなければ何もいえないとだけ話した。でも、結局彼らの意思は固く、娘の卒業を待って学生ビザの切れないうちに法律上の手続きを始めたいから、と主張するので、私たち親のほうがアメリカに出向いて二人に会ったのだった。それが2009年6月。
「ママたちが、きっと反対すると思ったのよね。ところがアメリカに来て会ったら、賛成してくれて…黙って結婚しちゃって悪かったなって思ったの…怒ってるでしょ、ごめんね!」
絶句。
絶句なのです。娘の言葉をしばらく咀嚼して、事の成り行きを時系列に沿って飲み込む…
2008年6月―娘はアメリカの大学で3年目を終え、京都に引っ越してまだ1週間の我が家に『友達』を連れてやってきた。彼は大学の友人の近所に住む8歳年上のプログラマーで、単なるボーイフレンドだといっていた。初めての日本旅行(海外旅行)だと言った彼の同伴は、単なる偶然の成り行きで『本当は他の女友達を連れてくるはずだったんだけど、彼女が病気になって旅行が出来る状態でなくなったから、そのピンチヒッターみたいなもの』だった。はず。
2008年11月―いきなり私の携帯に電話してきて、彼は娘と結婚したいと言った。娘はまだ21にもなっていなかったし、大学4年生だし、その後大学院も視野に入れていた(はず)だったし、私は『電話で話し合うことではないし、まだ学生だし、卒業後の進路のこともあるし、会って話をするべきでしょう。この電話で賛成します、おめでとうとは言えないし、反対しているわけでもないし、会って話をするまでは、軽率に動かないで欲しい。』と言った。彼も、娘も納得した。はずだった。
2009年3月、4月―卒業が視野に入ってくる。メールでのやり取りや、時折の電話の様子では結婚の意志は変わっていない様子。学生ビザで就労資格のない彼女が、ましてリーマンショックで息も絶え絶えのアメリカで就職はかなり難しい。加えて、今住んでいるマサチューセッツの田舎町を出たくないのだ。就職大変だよ。大学院も考えてみる…
2009年4月―卒業後はマサチューセッツ州立大学か、あるいは近郊の大学でregistered nurse看護士の資格を取得しようかな。今のアメリカで確実に就職口がありそうなのが医療分野だから。普通なら4年かかるコースだけれど、accelerated courseっていう1年半のコースを取ろうと思う。でも、今企業への就職が出来るのなら、どうしてもnursing schoolへってわけでもない…
卒業したら一度帰国するつもりでいたけど、先のことがはっきり決まるまでは帰れない。
というので、じゃあ、ママとパパがそっちに会いに行くわよ。大学の卒業式もあることだし。(実際新型インフルエンザ騒動があって、渡航制限がかかってしまい、卒業式には間に合わなかった)アメリカ行って、顔を合わせてから、将来の話をしようじゃないの。
2009年5月末から6月はじめ―ママとパパで渡米。本人たちの結婚の意志が固いのを確認して、とっても不安だったけど祝福して、彼のご両親にも会って快く祝福してもらって、結婚式までのスケジュールをみんなで確認した。
娘の学生ビザが残っている間に(2010年9月まで有効)、リーガルマリッジをする。これだけで結婚成立なのだが、両家の家族と友人たちの前で祝福してもらっての結婚式を10月か11月ごろに行う。娘はグリーンカードの申請をしつつ、nursing schoolの願書を出して年明け早々の入学を目指す。
2009年7月―その後の近況などを聞こうと電話した時に、娘から6月末にリーガルマリッジを済ませて入籍が終わったことを告げられる。彼のご両親の出席もないままに、二人だけで治安判事の立会いの下で行ったと言う話に驚く。私たち日本サイドはともかく、あちらの家族は立会いたかったに違いないのに…娘を叱ったが、『彼が話したとばかり思っていた』というばかり。
案の定、しばらくして彼のお母様が自分勝手にことを進めている二人に対してやるせない気持ちを切々と綴って手紙をよこす。リーガルマリッジのことは終わってから3週間もたってから聞いた。(本当は3ヶ月も前に終わってたんですけどね。彼らも私たちと同様に6月末に行ったと聞かされていたので)知らされていたら何としても出席して祝福したかったのに!と。
2009年11月―結婚式。あー、大変だったなあ…いろいろあったなあ。これからも前途多難だけれど、子供が結婚してどうするんだよ!ってぐらい子供子供しているけれど、おめでとう!
20010年1月―願書出していた州立大学のnursing schoolに無事に合格して娘は本気で看護士を目指す。学校と実習と半々で、病院実習は12時間シフト。土曜日も学校の補習授業。何しろ通常の3分の1の時間しかないんだから。朝5時に家を出るから、新婚の彼とは日曜日に会うかなあ…だそうだ。それから、彼らのアパートにはなぜか同居人がいる!この同居人、隔週末に2歳と3歳の子供が会いに来ていて(普段は別れた奥さんが子供たちと暮らしている)、隔週末には、家の中を子供たちが走り回っている!なんて新婚生活をしているんだ…
2010年―アメリカでの結婚は法律的に有効となったけれども、日本サイドでも婚姻届って言うやつをしとかないといけないよ、と言うままのアドバイスをなかなか実行しようとしない娘である。第一に領事館のあるボストンへは車で3時間はかかる。当初免許を持っていない彼女はバスを乗り継いでいくしかなかったから、たどり着くのに4時間はかかる。ちょっと日帰りでは大変だ。それでも、何かの折にボストンに行ったときに領事館に寄って書類だけは手に入れたようだ。ただ、必要な書類とか、日本語での説明が難しすぎて、(分からなかったら、ママが教えてあげるって何度も言っているのに)、いつかそのうちと先延ばしにしていた。
12月―学校の休みが4週間近くあるから、彼もクリスマス休暇を取れるし、みんなの顔を見に帰国するよ。と言ってきた。それは良いわね。おばあちゃんたちも大喜びするわよ。そうそう、あれほど領事館に行って結婚届だしときなさい、って言っておいたけど、どうせやってないでしょ。日本語が難しい、とか何とか言ってさ。こっちに戻ってきたら、区役所行って出しましょ。ママが一緒に行ってあげるから、必要な戸籍謄本とかそろえておいてあげるから、そっちの結婚証明書だけ持ってきてちょうだい。
ははあ…ここまで時系列に沿って回顧してようやくの見込めました。娘の心の動きがね。区役所に行って婚姻届を出す時に、ママが居てくれるのはありがたいけど(居てくれないとどこの窓口に行って、何を言えばいいのかさえ分からないけど、マサチューセッツ州の婚姻証明書の翻訳もママがしてくれないと実際困るんだけど)そしたら、本当のリーガルマリッジの日付がばれてしまう!6月末ってことになっているけれど、実際にはそれより2ヶ月も早い4月に入籍していることが、婚姻証明書でバレバレじゃない!どうせいつかばれるんだから、日本に戻って区役所の窓口で大騒ぎをするよりも先に言っちゃって気分を軽くしよう!
娘の思考がようやく飲み込めてきた…
それでも、やっぱり、言葉が出てこない母でありました。
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