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My daughter's wedding道中記-2

例によって関空がどうしようもないので今回は中部国際空港から成田、成田からミネアポリス(ミネソタ州)、ミネアポリスからハートフォード(コネチカット州)と乗り継ぐ。

10月30日金曜日の早朝家を出ると、向こうの同日金曜日夜にホテルに着く予定。

3つもフライトを乗り継ぐのは実際疲れる。イミグレーションも時間がかかるし、だいたいミネアポリスってどこだよ?ぐらいにしか興味も沸かなくなる。6月に渡米したときには、夫がためたマイレッジ使ってビジネスで飛んだおかげであんまり疲れなかったけど、いやー、エコノミーのシートって何でこんなに前が狭いわけ?隣のおばさんはしきりに咳き込んでるし、こんなところで新型フルーにでも感染しようものなら、私(たち)職場の人達にどれほど責められることやら。

アメリカに住んでいるころはあまり思わなかったけど、日本から来てアメリカの国内線の飛行機に乗ると思うことがある。アメリカ人ってほんとにおしゃべりが好きだなあって。行きずりの赤の他人である。ほんとによくしゃべる。疲れた頭にうるさいったらありゃしない。彼らを黙らせる方法はないのかしらん?(偏見に満ちてますかね?)

ようやくハートフォード空港に着く。日没が近い。娘たちが住むマサチューセッツの片田舎の町に一番近い空港と言っても、ハートフォード市は南隣の州コネチカットにあって、そこから一路北に向かってタクシー飛ばして1時間強。結婚式を挙げるホテルは彼らの町からさらに北に向かうので、さらに遠い。1時間15分ぐらいかな?タクシー代が138ドル!チップを入れて150ドル!前に来たときは新緑の季節で日も長かったし、本当に美しい森が広がっていたけれど、紅葉の盛りは過ぎて、葉を落とした木々が寒そうだなあ…なんて思っていたら、いつの間にか熟睡していた。夫に起こされて気がつくと外は真っ暗で、唯一明かりを灯しているのが、私たちの目的地のホテルだけ。

そうか、ここか…へえ、暗くてよく見えないけど、ほんとに何にもないなあ。森の中にあるのか…。ホテルは150年前に操業を始めた、由緒ある、伝統的ニューイングランドスタイルのもの。

こじんまりとしていて、19世紀に迷い込んだのかと思うような外観、内装。個人の住宅のポーチのような玄関を入って、小さなホールを抜けると『リビングルーム』には暖炉の火が暖かく燃えていて、フロントがある。その奥に『ダイニング』があって、この付近で何か食べたいと思ったら、ここ以外にはない。飲み物、食べ物、軽食、スナック、とにかく何か口に入るものを手に入れたかったら、この『ダイニング』に来る以外に何も食料入手の方法はない。

私たちの部屋は―建築的にはなんていうか知らないけど、きれいです。花柄のウオールペーパーとドレープがたくさんかかって、ベッドは背が高く四隅にポールが付いていて、家にもこういうベッドが欲しいわ、と言ったら。「我が家には入らないよ。まず入り口が通らない。」と夫に一蹴されてしまった。アンティークのライティングビューローと、アンティークのチェストオブドロワーズが付いていて、ほんとに19世紀にスリップバックしたみたい。夫は「これじゃ仕事にならないよ」と小さなデスクにおかんむり。旅行の時も必ずラップトップ持って仕事をする彼には、見かけはどうでもよくて、インターネット接続が安定していることだけが重要なのだ。やれやれ…

私たちがチェックインするとまもなく、娘と彼と、娘の友達ジョーがやってきた。一緒にご飯を食べようとおもって。(私たちの支払いでしょ。どうせ。)

娘の親友の彼女にはずっと会いたいと思っていた。好き嫌いの激しい娘の友人でいてくれるというだけでありがたい。彼女のおかげで娘は大学を全うできたのかもしれない。少なくとも4年間のあらゆる休暇を彼女は親友のジョーとその叔母さんの家で過ごした。ジョーがおばさんのうちに居ようが居まいが関係なく、娘は『ジョーのおばさん』の家で過ごすことにしていた。ジョーは私にとっても恩人だ。

トラベルの話や、日本の話、翌々日の結婚式の話で長い夕食。食べたのはサラダ程度だったけど。疲れていてお腹も空いていなかったし。いや、お腹は空いていたけど、食欲がなかった。食事をしていても、まだ耳がおかしくて、体はふわふわするし。あー、私年をとったわ。早くシャワーして眠りたい。

明日土曜日は私たちは何もすることがない。新郎新婦はまだなにやら準備があるらしいから、私たちのことは気にしなくていいよ。まあホテルでゆっくりすることにするわ。このあたりをぶらぶらすることにするわ。何があるかさえ、まったく分からないけど。今日はお疲れ様!

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My daughter's wedding道中記‐1

My Best Friend's Weddingっていう映画があって、あれは私のお気に入り映画の一つだったけど、あれを見てたころは自分の娘の結婚式なんて想像もできなかった。彼女Middle Schoolに通ってたんじゃなかったっけ?アメリカの結婚式って華やかで面白いわね、ぐらいで…。映画だもの、ハプニングも横槍も面白いよね…。

自分の娘の時にはどうぞ何事もなく、無事に終わって欲しいものだ。それでなくても名前問題といい、娘の学校(仕事)問題といい、火種を抱えての船出なんだから。

まだ21歳なのに、、大学卒業後すぐに、9歳も年上のアメリカ人と結婚してしまった。あー、大学に行かせた時にこういう事態を予測しなかかったかと言われると、いつかはそういうこともあるかも知れない、みたいな事がチラッと頭をよぎったこともある。彼女は日本に暮らした5年間母国に順応するのが大変だったし、日本よりもあっちのほうがいいんだろうなあといつも同情していた。でも、もうちょっと大人になってからにして欲しかったな、出来ることならさ。

年齢が若いというだけじゃない。普通の21歳ほどに大人ならこんなに心配しない。それでなくても社会性がない、未熟だといわれ続けて来たあの娘。ほんとに大丈夫なの?それなら彼のほうが十分に大人なんだから、彼女の幼さをカバーしてくれる?ならいいんだけど、どうもそういう感じじゃないんだなあ。つかみどころがない性格って言うか、夫に言わせれば、どうも『頼りない』男。

法的、実質的にはすでに結婚4ヶ月が発っているにもかかわらず、彼らの生活ぶりを目の当たりにしていない私たち親としては、どうにも娘が既婚者であるという実感がない…

いつまでも動揺と憤慨ばかりしているわけにもいかず、今回の旅は親として『諦め』をつけて、『安心』を得るための。ちょっと遅くなった結婚式に向けて、アメリカ・マサチューセッツへ、いざ出発!

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Faith of the Fallen / Sword of the Truth 6 / Terry Goodkind著

6巻になってようやく作者のメッセージがクリアに伝わる。Richardという孤高のリーダーを通じて、自由を求める闘いの普遍のメッセージがストーリーに込められているんだと、ようやく分かってくる。

主人公のRichardがWar Wizardとして成長するまでに時間がかかるせいで、彼が真理に到達するまで読者が待たなければならないからなんだけど。それがクリアになるのが、この巻だ。

とはいっても、少し短絡的かな?と思わせるところはある。Emperor Jagang率いる巨大帝国はスターリン時代の共産主義ソ連で、RichardとKahlanがまとめ上げてきたMidlandsは西側同盟国―自由と民主主義の象徴だよ、って言う風に露骨に見え過ぎちゃうっていうのかな。全体主義と自由主義を真っ向から対立させるんだから、まあある程度の単純化は必要かもしれないよね。ファンタジーなんだしね。

そういうことはさて置いても、私はこの6巻が一番読み応えがあったなあ。Richardがなぜ特別な存在なのかが最もよく描かれていると思う。(ここまでの巻でである。)魔法によってではなく、道理を働かせることによって、真理に近づいていく。うん、この巻がやっぱり一番良かった!

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プルシェンコは本気だ。

初日のSPでプルシェンコは復帰をアピールした。

1番滑走、は仕方なかった。彼は前年まで休んでいたのでISUでは順位がない。ところが、いきなり非の打ち所のない4回転3回転のコンビネーションジャンプを見せつけ、文句なしのトリプルアクセル。4年前までの彼なら、次のトリプルルッツは失敗なんて考えられないが、ちょっと緊張の糸が解けかかったのか、2回転になってしまう。それでも彼のジャンプは健在であることを誰もが疑わない。あの目の覚めるようなステップワークは、この日は少しスピードに欠ける。さすがの彼でも長いブランクの後の初戦は緊張しているんだろう、ちょっとスケートが重いんじゃないの?全体として、いい内容であることは間違いないけれど、2週間前のロシアでの大会(Perm)で見せたSPの方が動きがいいかな?

SPの得点は82,25―プルシーとしてはけして高得点じゃないけど、まずまずかな。

プルシーは健在であることを十分にみんなに見せ付けたSPだった。だが、同時に彼だってナーバスになっていたことも見せた。彼を4年間待っていたファンは大喜びし、そうじゃない人たちは、懐疑的に「フリーが見ものだ。体力が持たないだろう。もう彼には切れがない。」とか皮肉を言ったことだろう。

そして翌日のフリー。得点的には158,40。前日のSPと合わせて240,65。もちろん優勝。スポーツ欄の見出しには「プルシェンコ快勝」と。

うーん、数字だけではやっぱり伝わらないものがあるかな。この日の彼を『快勝』なんて言葉で表現してはいけないんじゃないかと思う。でも、他に何と言えば?

スポーツも芸術も文字の力でそれを表現するのは限界があるんだ。

SPでのプルシェンコに、仮に一抹の不安を感じていた人がいるとすれば、フリーで彼が一つ二つミスをして、2位以下の他の選手が抜群の出来で逆転して『皇帝を倒す』ことがあるかも知れない、なんてことを考えていた人がいるとしたら(日本にはいたかもしれないけど)、この日プルシェンコのフリーを見て、そういう疑念とも期待(?)ともきれいに決別できたってことは言えるだろう。

このプログラムには彼は4回転を2つ入れていたが、この日彼は4回転をあえて一つにして「完璧な演技」を心がけた。自分自身に対して、観客に対して、そしてジャッジに対して、自信を植え付けるために。

そう、まさしく、彼は一つ一つのエレメントをきちんとこなす滑りをしたのだと言える。取りこぼしをしない減点のない演技。ジャッジの詳細なスコア表からはそれが見て取れる。

でも、それだけじゃないんだ。あのFSはそのうち誰かがYouTubeにアップロードしてくれるだろうけど、本当に凄かった。俺は本気なんだ、ということを皆に見せつけたんだ。

ジャッジの正面で挑むかのようなステップ。何シーズンもやってないからって忘れてもらっちゃ困るなとでも言わんばかりのしぐさ。彼は誰が評点するか知っている。俺が一番だって言っただろ!観客をあおる。観客はすっかり彼の虜になってしまう。それを全部滑りながらやってのけるのだ。

そして何というエンディング。時間一杯にスピンを回るんじゃなくて、「もう今日はやることは終わったんだ。良いスケートだったってことは自分が一番良く知っている、そうだろ?」とでもジャッジに言っているかのようなそぶりで。

これがグランプリシリーズの6つの大会のうちの一つに過ぎない、まだシーズン序盤なんだってことを忘れてしまう。なんて奴が帰ってきたんだ、鳥肌が立つ。

これで皆目が覚めたはずだ。彼は帰ってきた。しかも本気だ。

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Plushenko Back!

ほんとに帰って来ましたよ。あの男が。この時を3年待ってましたよ。きっと帰って来るに違いないと思っていたけれど、ほんとに復帰するとは…復帰すると言いつつも、試合直前にエントリーリストから名前が消えているんじゃないかとか、あまり期待しすぎないようにしてたんだけど。いやーほんとに頑張ったんだー。

ひさしぶりに書きたくなったのは、自分のことじゃなくて、誰あろうエフゲニー・プルシェンコです。トリノオリンピックのゴールドメダリスト、3回のワールドチャンピオン、5回のユーロチャンピオン、ロシア選手権は何回?7回だっけ?これまでに獲得したゴールドメダルは軽く50個を超える、フィギュアスケートのために生まれてきた男。

トリノの後、競技から遠ざかって、もっぱらアイスショーでしか彼を見ることがなくなってどんなにさびしかったか…彼のいなくなった男子フィギュアスケートはもはや4回転ジャンプを必要としない世界になってしまっていた。このままだとバンクーバーで4回転を跳ぶ選手はひょっとしていなくなるんじゃないだろうか。ジュベールは跳ぶだろうけど。

2002年のソルトレークの頃なら4回転を二つ入れるとかは当然にあったのに、今や4回転ジャンプなんて必要ないかのようになっちゃったし。競技としての面白みがないよね、これじゃあ。とか一人でぶつぶつ文句を言っていた私。

かつてのプルシェンコを髣髴とさせるような意気のいい選手は出てこないのかな、と待っていたけれど、本人が殴りこみをかけてきました。スケート競技界に。

今週のロシア杯を前にPermで行われた国内の競技でプルシェンコ復帰です。コーチのミーシンさんが常々言っていたように「アマチュアに復帰すると言うのは、そういっているだけでは復帰ではない、練習を始めているだけでは復帰ではない、実際にアマチュアの試合に出て、初めて復帰だ。」
で、正式に復帰です。この大会での得点は彼自身が認めているように、ボーナスみたいなものでしょう。国内大会ですし、3年ぶりの彼へのご褒美でしょう。でも、この映像を見ると、彼は本当にやる気です。

http://www.youtube.com/watch?v=a9J0wwyHv08&feature=player_embedded#

彼の悪口を言う人は、プルシェンコは3年前とまったく同じ、その間に高橋も、織田も、ウイアもスケートを進歩させている、プルシェンコはトリノの時と同じじゃないかと言います。でも、そのトリノでも、それ以降でも、誰もプルシェンコのレベルには来なかったのです。

それに映像を見るとプルシェンコはトリノと同じじゃないです。ジャンプでも今度は2種類の4回転を飛びます。彼自身LPで2つ4回転を入れたのは2003年か、その頃の試合だけです。ジャンプのレベルをトリノのレベルに戻す、ではなくて、さらに向上させようとしているんです。相当にウエイトを落として、もうちょっとで昔のシェイプになるところまで絞り込んでます。あと数週間のうちにはきっとエッジの重い音は消えているでしょう。

まだまだ改良の余地ありで、SPにしてもLPにしても、もっと磨き上げないといけないでしょう。特に最後のスピンは明らかに力がなくなっているので、これは課題です。ステップシークエンスにしても、彼の生を飲むような足技はもっともっと冴えてくるはずです。コリオグラフィーの問題かも…

音楽は悪くありません。エドヴィン・マートンの手によるものです。SPではショパンで、LPはマートンの作曲でタンゴ。と思ったら、ショパンはやめ?あ、戦場のピアニストが良いかな、って言う話だったけど、変更したようです。SPはアランフェスですと。

 

SPだとトリノの時のトスカがあまりにもプルシェンコに合っていたので、もうトスカといえばプルシェンコ以外にないほどに素晴らしかったので、新SPは楽しみな半面不安もあったけど、うーん、こういう曲を力強くドラマティックに、しかも芸術性を持って滑るのがプルシェンコの極意です。

LPのタンゴは、彼はずっとタンゴをやりたかったようなので良いのかな…正直言って…どうしてみんなタンゴをやりたいのかな?…プルシーは、どんな曲もこなします。クラシックだろうが、ロックだろうが、過去にはフラメンコやったり、タンゴに合わせて滑ってたこともあったし。でもねー、個人的には、タンゴならステファン・ランビエールだと思います。ランビエールはジャンプがちょっとね、なんだけど、スピンは人間業と思えないほどうまいし、彼のスケートはうっとりします。

あ、ランビエールのことを書くはずじゃなくて、プルシェンコでした。本人がやりたいのだからそれが一番。競技で高得点をたたき出すためのスケートと、見て楽しい、っていうのは違うので、曲を表現しながらさらに点を取りに行かないといけない難しさ―もっともっと滑り込んで磨かれたタンゴを楽しみにしましょう。必ずそうしてきますよ。

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