娘と彼がホテルにピックにやって来た。今日は彼女の卒業した大学を案内してくれるという。ホテルのある場所は大学まで約20分ぐらい。数少ないモールと点在する住宅のほかは木々しかない。大学の付近だけは様子が少し違って、あ、ここがダウンタウンね、と分かる。
それにしても教会が多い。小さな街でダウンタウンもこじんまりとしていて、でも教会だらけだ。どれも古くて大きくて美しい。レンガ造りのどっしりとした建物があちこちにある。と思ったらいつの間にか大学の中に。大学の建物はどれもこれも赤レンガで緑の木立の中に溶け込んでいる。大学の中には森があり緑地が広がり川が流れている。すでに夏休みになっているので、学生は少なくて、入ることのできる施設は少ない。
ここもやはり木が多いけれど、木が多い、というよりは、もともと大きな森であったところに、建物を建てていったのだろう。そうでもなければこれらの木の大きさ、古さは説明できない。木ってこんなに大きくなるものなんだ…背が高いし、幹が太いし。でもこのあたりの人々はそれを不思議に思わないらしい。「木が」「木が」という私を不思議そうに見ている。
日本でも、カリフォルニアでも、少なくとも人が生活している地帯でこんなに木を見たことがなかった。カリフォルニアは砂漠だしね。
大学の中で娘が最も好きな場所という植物園、4年間頑張ったシンクロナイズドスイミングのプール、結構メジャーなアーティストの作品が多い美術館を案内してもらう。学生数は少ないけれど広大な敷地なので、もっと歩き回るのはあきらめた。時差ぼけでぼうっとしてるし。
早めのお昼ご飯をダウンタウンのどっかで食べようか、と言う娘たちに、食べるよりも例の話をしたいから、どっか座れる場所に行こうよ。カフェでいいからさ。
とはいっても朝10時半に開いている店は少なくて、仕方ないのでダンキンドーナツでもいいか。グループで店に入って、カウンターだろうがテーブルだろうが、注文しようとするときって、その人たちの人間関係がすごくよく分かるよね。娘と彼(それから私たち)との関係もなんかギクシャクして内心おかしかった。
たかがドーナツ買うだけのことで、大げさみたいだけれど。私はいろいろ考えるのが嫌いなので、いつでも一番最初に目に入ったものを注文する。ベーグルだ。アメリカ人はいろいろトッピングとかうるさく聞いてくるけど、私は何も要らない、ということにしている。夫は決めたのかどうかも分からず黙っている。彼は小声で娘に何にするか相談している。店員は私たちが注文するものかどうかじっと待っている。娘は私に似てせっかちなので、うんざりした顔で、私たち3人に向かって早く決めてコロコロ変えないように命令する。自分勝手で人のことなんか気にしたことのなかった彼女が、この場を仕切ろうとしているのだ。
ドーナツ(ベーグル)をはさんで向かい合って、とりあえず食べよーか。黙々と。ドーナツはいつまでも持ってくれないんので、そのうち何か話さなくては…
夫のほうを見たら彼の目は私に訴えている。そうか、やっぱり私が口火を切るのね。はい、はい。
えーっと、それでね、と切り出すと、娘は間髪要れずに「私たち結婚します!認めてください!」だもの。
こう言われてしまってはねー。
夫は相変わらず何も言わないので、私がいろいろ聞いてみる。
卒業後の進路のこと。もともと考えていた進路とは別の方向に進もうとしているわけだし。看護師の資格をとることにしたとか言って、約1年後に学校に入学(編入)しようとしている。大学でとった単位と、この間長期休暇を利用したり、オンラインだったりで必要な科目を履修してきているから、残すところ後1年ほどの実習でRNの資格が取れる見込みという。問題はどこの大学を選ぶかだけど、今までの成績的には問題ないはずだと。問題なのは費用の方で、学生ビザとグリーンカードではスカラーシップもぜんぜん違うと。(それはもちろん知ってるわよ。でも結婚はそのための手段じゃないわよね?)
結婚の法的な手続きは『許してもらえれば』すぐにでも始めたい。A justice of the peace(法務官)の立会いでの結婚式はできるだけ早くして、同時に、ペーパーワークのほうも進める。正式に婚姻届が受理されたら、グリーンカードの手続きに入る。親戚・友人を呼んでのセレモニーは秋か来年の春を考えている。(娘の学校が始まる前に。)
もう彼らなりのビジョンは決まっているのだ。「ここまで決めてるんだもんなあ。現に一緒に住んでるんだし。もういろいろ言っても、既成事実化してるじゃないか。」夫は私に日本語でぶつぶつと。
不満なら自分でおっしゃい!英語ができないわけでもなかろうに!
娘たちも、夫も、3人ともが私をすがるように見つめている。まるで私が運命を決定するかのように。では、少しは親らしいことも言わなくては。アメリカでは離婚率が高くて、日本でも最近はそうする人が増えているけど、私は離婚を認めませんよ。
彼の家系は代々ローマンカソリックで離婚を認めないし、私は日本人だから大丈夫よ。とは娘のせりふ。大丈夫だといいけど。
私たち親の時代とあなた達の時代とでは家庭のあり方が変わっていて、夫は外でお金を稼いで妻は家を守り子供を育てる社会ではなくなっている。現に娘もこれからさらに学校に行ったり、フルタイムで働こうとしている。二人で家庭を築く準備はできているの?
もちろんです、分かっています。彼は本当に口数が少なく物静かだ。目の前にいるのでなかったら、そこにいるのを忘れてしまう。(ちょっとその言い方はひどい、我ながら。)言葉は少ないけれど、その真剣さを信じるしかない。
それなら、認めましょう!と言ったら、二人の笑顔がはじけた。二人とも相当緊張してたのね。当然と言えば当然だけれど。幸せそうな笑顔を見るとこれ以上何を望むんだと言う気がする。一方で、不安は消えない。娘はまだ21歳で彼は30歳。人種も、宗教も、生まれ育った環境もずいぶん違っている。
第2日午後
幸せそうな娘たちとは裏腹に、私も夫も心配の灰色雲に覆われてしまっている。Congratulations!の言葉は白々しくもある。
じゃあ、あなた達のアパートを見せてちょうだい。
一週間前に同じアパート群の一室から引っ越したばかりと言う新居へ。2階建ての建物が広い芝の中に点在して、木立を背景にして環境的には申し分ない。建物
そのものは古そうだ。彼らの部屋は、縦割り長屋的ないわゆるコンドミニアムと呼ばれている形式のもので、中は階下にダイニングキッチンとリビングルーム、
デン(小さめの書斎程度の部屋)トイレ、階段上がって2階は行かなかったけれど上に3つのベッドルームとフルサイズのバスルーム。広さの点では京都の我が
家より大きい。家の周りは広い芝生に囲まれていて(ここはパブリックスペース)、ダイニングの吐き出し窓を開ければそのまま外に出られるし、この開放感は
日本のどこにもない。
引っ越したばかりだからあちこち箱があったり出しかけだったりと、忙しそうだが、それなりにきれいになっている。ここまではプラス。
マサチューセッツ州は日本で言えば北海道と同じくらいの緯度のようだが、冬は寒くて雪が降ってしかも長い、のに、夏蒸し暑いときている。で、エアコンがア
パートの中に1つしかない。しかも、そのエアコンときたら建物を同じぐらい古いんじゃないの?彼に向かっては言えないので娘にそっと聞いてみた。「あ、あ
れ?もう動かないんだよ。」
あ、そう。どうせ飾りなら、もうちょっと新しそうなのがいいよね…あのさ、エアコン買ったげようか?壁に穴開けたりとかできないの?
「窓枠とか古いから、曲がってるし。いろいろ取り付けると建物壊しそうなの。大丈夫。夜になると気温が下がるから、窓開けて寝られるし。木が多いから鳥が多くて、朝早くから鳥の声で起こされちゃうけど。」
エアコンはあきらめよう。
あれ…洗濯機は?ないの?集合住宅は洗濯機を各部屋に置いてなくて、共同のランドリーがあったりするけど、ここはそもそもないの?
「隣のブロックの小さなモールにコンビニとコインランドリーがあるから、そこに行かないといけないの。隣なんだけど、重い洗濯物かついで歩いていくと結構大変なのよ。」
うん、うん、あれは大変だと思う。たぶん10分はかかると思う。洗濯物って重いから大変そう。いつもクオーターコイン用意しておかないといけないし。洗濯
機さえ置けないのか…置く場所ならいくらでもありそうなのにね…あ、アパートのレントに水道代込みだから、洗濯機が置けないようになっている。なるほど…
それにしても、レントって高いんじゃないの?これだけの広さと部屋数があると。いくら古くってもさ。
「ベッドルームが一つ余るから9月から一人ハウスメートを置くことが決まってるの。そうすればレントも1/3負担してもらえるし。」
え?新婚なのにアパートに間借り人?
「うん、きれい好きな人手ね。最近離婚したから隔週の週末だけ2歳の子供が会いに来るのよ。週末は子供がここを走り回ることになるの。ダイニングキッチンとか片付けとかないとね。」
え?間借り人プラス2歳児?
だめだ…頭がぐらぐらしてきた…どういう生活するんだろう?この人たち…
しばらく彼らと一緒にアパートにいたら、眠くなってしまって、いつの間にかソファーに座ったまま夫と二人でうたた寝をしていたらしい。時差ぼけ。
まだ外は十分に明るいけれど、時間は遅くなっている。緯度が高い地方である上に今夏時間だから。
晩御飯はコリアン。メニューの相談でまたギクシャクするのはいやなので、男たちを待たずに娘と二人で適当に選ぶ。夫はどうせたくさん食べられない人だし、
彼も大して食べないだろう。(これは見かけから。実際そうだけれど、食べ物の内容は相当許容範囲が広い。何しろ娘の作ったものを食べている。)
食事はおいしかったし、みんなが食べられない分私が頑張って食べたけれど、スパイシーすぎたかも。じんましんがひどくなってしまった…
今夜はホテルに娘のための部屋も予約して、部屋間移動ができるようにドアで繋がった隣の部屋を取ってある。と、思ったら、何のことやら、ぜんぜんだめじゃ
ん!昨日ちゃんと確認したのに!もう他の人を入れてしまっているんだもん。娘は結局上の階の部屋に泊まることになり、これじゃあ、彼女の部屋を取った意味
ないじゃん!夫はむくれているけれど、不機嫌の原因はこれだけじゃないから。
娘と話をするどころか、夫は部屋に入るなり寝てしまった!娘のほうも、さすが親子、しかっり寝てしまうし。まあ明日もあるさ。
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