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The Appeal / John Grisham著

またしてもGrishamらしい意表を突いたテーマで、展開の速さ、綿密に組まれたプロット。読み始めたらもうとりこになってしまう。後半は一気呵成である。やっぱりGrishamってうまいなあ。

そうか、(州)最高裁判所の判事を選挙で選ぶというのはこういうことなんだとようやく納得する。もちろん著者があとがきで念を押しているようにこれは全くのフィクションだけれど、こういうものなんだ、と納得してしまう。投票が作意と資金を持った一部の人々(階級)によって買われてしまう、というのは民主主義国家にあっては許しがたい犯罪だけれど、現代では銃や金(アメとムチ)を使わなくても合法的な世論操作を使えば何のことはない。

 

この世論操作もGrishamは上手だ。彼は実際にどこかの選挙参謀を綿密に取材したんじゃないかしら?操作されている一般の人々は自分たちが踊らされているとは知る由もないので、現実にそうされていたとしても不思議ではない。

 

ふーん、アメリカの裁判主義ってこういうことに行き着くのね、なんて他人事だと思っている場合じゃない。私は今まで最高裁判所の裁判官の信任投票にろくすっぽ関心を持ったことがない。選挙公報のどっか目立たないやつに裁判官の皆さんの略歴みたいなのが載っているよね。あれを読んでも―読んだことはあるんだ―出身大学ぐらいしか見ないもんね。法律のことはよく分かっている方々がうまくやってください、ぐらいにしか大抵の日本人は思ってなかったよね。ようやく最近でしょ、裁判員制度が始まって「それってなによ!?」式に国民が声を上げ始めたのは。

 

それはそれとして、この本は面白い。クライマックスでこういう事件が起こるんだろうな、という予感はGrishamファンならきっと付いているだろう。それでも面白い。むしろエンディングは意外な感じ。勧善懲悪ものではないにしても、ビッグ・カンパニーの大富豪を少し痛い目にあわせるのかと思っていたから。

 

そうしなかったあたり、著者の「完全なフィクションだけれど、現実もまあこんなもんでしょ」という声が聞こえる気がする。できることなら、この次の作品では悪役をぎゃふんと言わせてほしい…

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こんにちの大山崎

は京都では交通の要衝で、少なくとも私にとっては、ここが京都の入り口だった。大阪から引っ越してくるにあたって、名神で大山崎まで行って、京滋バイパスに乗り換えるか下の道をとるかはその日の交通量とお財布の重さで決めたものだ。高速の高架が交差する桂川と『大山崎』という地名。これこそが京都のイントロダクションだった。

その大山崎で日本画家の山口晃さんが「さて大山崎展」なんていう変なタイトルの展覧会をしてらっしゃるのを知って、ぜひ行かなくては、と思いながらようやく行ってきましたよ。昨日。

アサヒビール大山崎山荘美術館。
春の第一日が訪れたかと思うようなうららかな陽に山荘の庭も期待に満ちていた。

去年の秋NHKの番組で狩野永徳の特集をやってた番組で、永徳の『洛中洛外図』に刺激されて山口さんが現代の「洛中洛外図」を描いていらっしゃった、それを見てぜひ山口さんの展覧会に行きたいと思っていた。

その作品も含めて彼の作品の、その線の何と繊細なことに感動した。繊細でいて動きがあって、そこここにちりばめられたユーモアのセンスに思わず顔がゆるんでしまう。

(そういえば子どものころから安野光雅さんのファンなのだけれど、安野さんの絵にも同じように顔を緩ませる、あの感じ。)

それにしても、蘭の花を戦闘機に見立てるとか、路地からの住宅街の一角が軍艦に見えたりとか、彼の「見立て」は楽しい。平凡に見えるもの、同じ物を見ていても、そこに違うものを見ているんだね。

3月8日までやってます。

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